プロローグ1―雨と傷と眠り姫
午前12時過ぎ。東京都内。
普段なら酔っ払ったサラリーマンや
少々素行の悪い若者達などで
賑わいをみせる時間だが
夕方から降りだした
大雨の所為で皆、早々と家路に着いたのか
その姿は殆ど見られない。
そんな閑散とした街を
金髪の少女を背負い
手にお菓子やおにぎりや弁当などが一杯に入った
二つのコンビニ袋を両手にぶら下げ
全力で走る男の姿があった。
男の方は顎には不精髭が生え
首の辺りまで伸びた白髪混じりの黒髪はボサボサ。
額から右目スレスレを通り鼻の辺りまで傷があり
長身で体格はがっしりしている。
少女の方は男に身を預け
起きているのか眠っているのか
目を閉じ身動き一つしない。
しかしその整った顔立ちから
中々に愛らしい顔をしている事が想像できる。
「ついてねぇなー。
たまたまぶつかった野郎がメランの奴なんて」
奇妙な事に男と少女は
全く濡れていなかった。
「何か」が二人を雨から守っている。
バシッ!!
1mほど前にあった自転車が
バラバラに吹っ飛ぶ。
かと思うとバラバラになった自転車の部品が空中で止まり
男めがけて
物凄いスピードで襲い掛かって来た。
「…ちッ!!」
男が地面を力強く蹴ると
これも「何か」の力なのか
ビル5階ぶん程の高さを
軽がる跳ぶと
そのまま空中に浮いた。
ガッシャァァァ!!
けたたましい音をたて
自転車の部品がアスファルトを破壊する。
「参ったな…こいつさえ目を覚ませば何とかなるんだが」
額の傷を人差し指でなぞりため息を吐く。
少女が目を覚ます気配はない。
「へっへっへっ。何で逃げるんだよ〜?おっさん」
突然
背後から甲高い男の声がした。
「!?」
男が振り返る。
そこには青年が居た。
赤く染めた
短い髪を立たせ
右目にドクロマークの
入った黒い眼帯をしている。
青年も男と同じように
「何か」の力によってフラフラと
不安定ながらも浮いている。
しかし身体は男達とは
正反対にびしょ濡れだ。
「お前こそ何で追ってきやがる。
まさか俺とぶつかった所為で腕の骨が折れたから
慰謝料払えなんて言うんじゃねーだろな?」
「へへっ。何でだろうな〜。わかんねぇけど
追わなきゃいけねぇ気がしたんだよなぁ…」
青年はニヤニヤ笑いながらも
どこか困惑した表情を浮かべている。
「ふん。しかし派手にやってくれるな。
自転車の持ち主が
あれを見たら大泣きするぜ」
男の口振りから
先程の自転車からの襲撃はこの青年の仕業らしい。
「なぁ…おっさん
あんたも俺と同じなのか?」
「だったらどうした。
あと言っておくけどな
俺はおっさんって呼ばれる歳じゃねー。
お兄様と呼べ」
男はおどけたように言う。
「へ…へへ。だったらよ〜おっさん。
教えてくれよ…さっきから俺の頭ん中で流れてるわけわかんねぇ
「映像」と
このわけわかんねぇ
「力」の事。
……それと…なんでっ……」
青年の体が小刻みに震える。
表情からニヤついた笑みと困惑が消え
怯えへと変わる。
「何で…何で…」
ザワザワと風が騒ぎだし
雨が青年の周りで
バシャッバシャッと弾かれる。
「何で…俺はあんた達を
殺したくてしょうがないんだぁぁぁぁ!?」
叫びと共に青年を中心に
風が激しく吹き荒れる。
まるで竜巻が発生したかのようだ。
「「未覚醒」でこの
「力」か…
「覚醒」されたら厄介だな」
「な、何なんだよ〜
一体どうなっちまったんだよぉ…俺。
教えてくれよぉ…」
自分の内部で起きている
不気味な変化に恐怖し
今にも泣きだしそうな声を出す青年。
「まだ間に合うか?
「暗示」は苦手なんだけどな…しゃーねぇ」
男は額の傷を引っ掻くように数回なぞると
それだけで人が殺せるのではと思うほどの視線を
青年に向けた。
「っ!?」
男の視線に射られた
青年は体を硬直させ
段々と目が虚ろになっていく。
竜巻も徐々に納まっていった。
「よーし。いい子だ…。
いいか今日の出来事は
全て夢だ。
その
「映像」も
「力」も
俺たちへの殺意もぜーんぶ夢だ」
俺はぐする子供をあやすかのような口調で青年に語りかけた。
竜巻はすでに消えている。
「わかったか?
つーかわかってくれ」
青年は動かない。
男の額からは脂汗が滲む。
雨は止み。
雲の隙間から満月が覗く。
静寂。
青年の首が微かに
縦に動こうとした。
その時。
「父さん!!」「えっ?」
地上から声がした。
男は驚き
反射的にそちらを見る。
声の主は金髪の少年だった。
左の前髪を目が隠れる程に伸ばしている。
少年は二人を見付け
安堵したのか
笑顔を見せていたが
二人に起きている状況を
察知するとそれは消えた。
青年の身体がビクリと動く。
「あっ…やべ!」
慌てて男は青年へと向き直る。
しかし時すでに遅し。
「おっさぁん。
今、俺に何しようとしたぁ〜?」
「暗示」の解けた青年からは竜巻がまた渦巻き始めようとしていた。
「お前こそコレ―自転車―で
二人に何をしようとした?」
ひどく冷めた声が
青年のすぐ後ろから聞こえた。
「なっ何!?」
青年が振り返ると
少年が青年を冷めた瞳で
睨み付けていた。
「何をしようとしたって
聞いてるんだよ?」
この少年も
「力」の持ち主らしく宙に浮き
破壊された自転車の残骸が少年の周りを取り囲んでいる。
少年の声はあくまで冷静だが
ガチャガチャと音を立てて震える自転車の残骸が
年の怒りを表しているかのようだった。