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ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
目覚まし時計が鳴る音が聞こえた。俺は頭の上あたりを探ると固い物が触れて、スイッチを押すと音が止んだ。
「…………なんか変な夢見たな」
妙にリアリティのある夢は初めての事だった。
上体を起こすために右手を置くと……ふにゃっと、弾力のある、マシュマロのような柔らかいものに触れた。
「んっ……はぁっ」
「……」
横を見るとそこには、花帆が寝ていた。そして一時間前のやり取りが夢じゃないことを思い知らされる。
それにしても柔らかい……
(いやいやいや、堪能してる場合じゃない!)
右手で触っているものからゆっくり離して、花帆がまだ寝ていることに安堵する。
「それで終わりですか兄さん?」
「うひゃああ!! 起きてたのかよ!」
「兄さんがどんな反応するか確かめたかったのです」
「そっか……一時間前の花帆か」
まだ認める気が無かったけど、花帆の言動であの花帆だと分かり落胆。
「このキャラは兄さんのお気に召しなかったですか? 昨日のキャラが良かったですか?」
「どっちもキャラなのね。素の花帆ってのは?」
「素の私ですか……?」
右手人差し指を顎に当て、何かを考える花帆。そしてさっきまでのジト目からパッチリした目になり、笑みを浮かべる花帆の姿へ。
「おはようございます。 そして、初めましてかな? 賢人さん? 素の私って家族の人以外に見せないんですよ? 賢人さんは特別です♪ えへへ♪ これが素の私です!」
「それが、素の花帆?」
「そうですよ? もしかしてこっちの方がいいですか?」
あまりの豹変っぷりに驚く。
「……」
「賢人さん? どうしたんですか? あまりの可愛さに身悶えてますか? もう頭の中は花帆でいっぱいですか? そろそろ射しますか?」
「今、不穏な字があったよね!? それより、なんでキャラなんか作るんだ?」
「色んなキャラで演じたいからです」
「それって、演劇部とかの練習なのか?」
「違いますよ。個人的な趣味です♪」
「さいですか」
昨日のキャラといい、今日のキャラといい、どっちも良かったけど、素の花帆の方が可愛くて、魅力的だと感じた。
「どうですか? 惚れましたか? 今夜は私ですか?」
「下ネタは素でも言うんだね」
「幻滅ですか? 軽蔑ですか? 凌辱ですか?」
「最後のは違うだろ!?」
素の花帆でも俺は振り回されるのは変わらなかった。
タッタッタ
階段を上る足音が聞こえてくると、俺の部屋の前まで来ると……
トントントン
と、ノックする音が聞こえてきた。
『賢人さん? 起きてますか?』
その声は花帆の姉の香梨だ。
「あ――!?」
声を掛けようとした瞬間、花帆に口を塞がれて、起こしていた上体を再び布団へ倒れこみ、俺の上へ花帆が乗ってくる。
「メインヒロインの登場です。ここは何かイベントを発生する場面ですよ? 妹の私に迫られる兄の賢人さん、そしてそれを目撃する幼馴染のお姉ちゃん。この後に待っているのはバットエンド」
「はっおえんおいいてとおう!?(バッドエンドにしてどうする!?)」
『賢人さん? 寝ているのですか?』
「実はお姉ちゃんも変人ですよ?」
花帆の言うことが本当か、嘘か、分からないけど、この状況はまずい。女の子の甘い匂いが鼻孔をくすぶり、頭がくらくらする。それに……意外と花帆は胸が大きかった。
「あっ……賢人さんのえっち♪」
「おぉい!?」
あろうことか、ギンギンの東京タワーが花帆の太ももに当たり、楽しそうな笑みを見せる花帆。
『入りますよ?』
「ふぁっえぇ!?(待って!?)」
ガチャ
ドアが開く音がして、香梨の姿が現れる。
「賢人さん?」
香梨からは、俺と花帆が抱き合っている姿を目にしているに違いない。
しばらくして硬直状態が続く中、最初に動き始めたのは香梨だった。
「賢人さんは……そんなことする人だったの?」
俺の口を塞いだ手を離した花帆だが、まだ密着したままだった。
「待ってくれ! これは誤解だ!」
「…………賢人さんは花帆の事が好きなんですか?」
「ちょ!? ちょっと落ち着いてくれ! 花帆とは何もない!」
「まるで妻に浮気がばれた夫の構図ですね。言い訳もそっくりです」
誰がこの状況を作り出したと思っているんだ?
「おかしいです! 花帆はメインヒロインじゃないですよね! 私が攻略対象でしょ?」
この姉妹はギャルゲー脳かよ!
「花帆! この状況をどうにかしてくれ!」
「分かりました。お姉ちゃん…………今は私のルートに入ったばかりなの、お姉ちゃんのルートはこのゲームには最初からないんだよ? 私のルート一択なんだよ」
「おまっ! いつ花帆のルートに入ったんだよ!?」
「一時間前に突入したばかりだよ?」
「何時の間に!?」
あとこれはゲームじゃないと付け加えておく。
「…………調教します」
「……は?」
「賢人さんは私だけを見ないとダメなんです! 最初っから好感度MAXの私だけを見ないとダメなんです! だから賢人さんを調教します!」
「か、香梨さん!?!?」
俺が思い描いていた香梨像まで粉々に崩れた瞬間だった。
今年は美少女とお話しできれば良かったと思っていた。
両親が海外旅行に行き、霞家にお世話になることになり、いきなり美少女姉妹とお話ができるイベントが発生したと……夢がかなったと思っていた。
大人しくて純情無垢な香梨。人懐っこく可憐な花帆。
俺が思い描いていた姉妹像が、変人な姉妹へと変わったのだった。
「賢人さん? 勝手に終わらせないでくれますか? まずは爪を全部剥ぎますね?」
「待て待て待て!!! 香梨怖いよ!」
「では頑張って下さい兄さん」
笑みが消えて、パッチリした目からジト目に、キャラを変えた花帆は俺の部屋を出てく姿があった。
薄情者と目で訴えるが、ドアが閉まって、香梨と二人となる。
「か、香梨? 話せばわかるでしょ?」
「賢人さんも私の気持ち分かってください!」
「い、いや……いきなりそんなこと言われても……な?」
香梨が言うことはやっぱり、そう言うことなのだろうか?
「でも……昨日会ったばかりでしょ? 気持ちは嬉しいけど……」
「……? 賢人さんは何を言っているんですか?」
「え? だから、香梨が……俺の事を?」
「爪剥ぎますか?」
満面な笑みを浮かべて、恐ろしいことを口にする香梨が怖い。
「別に、私は賢人さんの事何とも思ってないです」
「そう……なの?」
ちょっと残念だと思う俺もいた。
「私が好きなのは花帆ですから。だから、花帆に近づいた賢人さんを調教もとい拷問するんです」
言い換えた方がもっと酷くなっている。
「好感度MAXでは?」
「賢人さんに対しての好感度はマイナスMAXです」
「マイナス!? メインヒロインだよね!?」
「賢人さんは、ギャルゲー脳ですね」
香梨には言われたくないことだ。
「取り敢えず、早く起きてください。ごはん冷めますから……それと」
表情は笑みのまま……
「変態のくせに、変人だって思われたくないです」
姉妹揃って心を読む能力でもあるのだろうか。
「幼馴染の心を読むのはデフォルトでしょ?」
姉妹揃って同じセリフを宣うのだった。