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「…………さん」
身体がゆさゆさと揺らされて、誰かに呼ばれる。
「…………にいさん」
俺を呼ぶのは誰だろうか? 目覚まし時計にボイス機能があっただろうか? でも身体を揺らされるのはなぜだ? 俺は訳も分からず疑問ばかり浮かべる。
「もう………」
ようやく諦めたのだろうか、しばらく何も起こらなかった。俺は再び深い眠りに就く……
ドスッ!
「ぐえぇ」
お腹のあたりに強い衝撃が加わり、潰れたカエルのような声を発する俺。そもそも潰れたカエルの声ってなんだ?
「兄さん、早く起きてください」
一気に目が覚めて、目の前にはじとっとしたジト目に両サイドの髪を括ったツインテールにした女の子が俺の上に乗っかっていた。
誰だ?…………と、昨日から霞家にお世話になった事を思い出し、そして目の前にいる少女が京華さんの娘――花帆だということも思い出した。
しかし、何か違和感を感じる。
「やっと起きましたか、朝食が冷めないうちに降りてください兄さん」
兄さん? 昨日は確か“お兄ちゃん”と呼ばれていたような気がした。それに雰囲気も、昨日の甘い感じが無くなっていた。
「花帆……だよな?」
「まだ寝ぼけてるんですか? 早く起きてください兄さん」
「それだよ! 昨日はお兄ちゃんって呼んでただろ? なぜ今日は兄さんなんだ?」
「今日はそういうキャラですから」
キャラ? 昨日も言っていたけど、どういうことなのだろうか? 花帆の中ではルールがあるのか? 俺にはよくわからないけど……こんな花帆も可愛い!
「ところで花帆よ……降りてくれないか?」
今はこの状態がまずい。花帆が乗っている位置はギリギリ大丈夫だけど……これ以上、後ろに下がられると当たってしまう。
「……後ろに下がる?」
「待て待て待て! 心の中読んだろ!? 取り敢えずそのまま降りてくれ」
「んしょ」
「ストップ!!!」
花帆は俺の胸板あたりに両手を着くと、何を考えたのだろうか、そのまま後ろに下がろうとした所を止めにかかる。俺の声に首を傾げる花帆。
俺のあそこには、未だに収まることのないスカイツリー……いや、そんなにでかくないから東京タワーくらいかな? だからって小さくない、一般的な標準サイズがある。花帆にこのことがばれたら何を言われるか。軽蔑だろうな。
そろそろ降りてほしいのだが……花帆は俺のお腹の上を跨ったままで動く気配もない。
「……」
「……」
お互い無言のまま、数分が勃つ……もとい経った。
「い、何時まで乗ってるんだ?」
「兄さんがストップって言いましたから、このままの方が興奮するのかなって」
「だから動かないのかよ!? というか興奮って何のことだよ!?」
「そういう性癖だと思ったので」
「どういう性癖だよ!? とにかく降りてくれ」
花帆ってあっちの方面に免疫があるのだろうか?
「んしょ」
「待った待った待った!!!」
後ろに下がろうとする花帆を再び呼び止める。これはわざとやっているのだろうか、と俺は花帆を訝しむが、花帆は首を傾げるだけだった。
「えーと花帆? なぜ後ろに下がるんだ?」
「逆に聞きますが、なぜ後ろに下がっては駄目なんですか?」
「いや……あれだよ……ま、まずいんだって」
それを説明するのは難しい。
「私は兄さんに気持ちよくさせようと思ってるんですよ?」
「いやだから…………………は?」
「兄さんに気持ちよくさせるんです」
「いやいやいや、何を言ってるか分かってる!?」
花帆ってそんなこと言う娘だっけ?
「兄さん、今更善人ぶっても駄目ですよ。昔から公園で下半身露出する遊びしてたでしょ?」
「昨日会ったのが初めてでしょ!? てか下半身露出する遊びってなんだよ!? やったことないよ!」
「でも夜は遊んでるでしょ?」
「あそん…………待て待て!」
男なら誰でも夜は遊んでいるものだけど……
「まず落ち着け花帆」
「落ち着くのは兄さんじゃないの?」
それはごもっとも
俺はベットで寝たまま、花帆はお腹に乗った状態で一時休戦。
「花帆、今何時だ? そろそろ起きないといけないだろ?」
「はい」
花帆は俺がセットした目覚まし時計を手に、見えるように見せてきた。時計の短針が下に、長針が上を指していた。
「まだ6時じゃねぇか!?!?!?」
「朝食まであと一時間ですよ」
「えー…………なんでこの時間に起こしに来たの?」
「兄さんと漫才するためです」
そんなの当たり前と言わんばかりに、しれっと答える花帆に辟易する。
「寝ていいかな?」
「寝ている間なら良いんですか?」
「寝ている間に何するの!?」
朝から疲れることばかりだ。それに俺が思い描いていた花帆像が崩れていく朝だった。
これって夢じゃないのだろうか。夢だったら早く冷めてほしい。
「ところがどっこい、これが―――」
「そのネタは良いから」
「甘いですよ兄さん。これから会う美少女は変人ばかりですから、タイトルそうですよね?」
「え? そんなことないよな? 俺は普通の美少女とお話ししたいだけなんだ!!!」
でも美少女なら変人でもいいのでは? そもそも花帆でもありでは?
「このゲームはお姉ちゃんのルート一択ですよ? 私は攻略対象外です」
「ゲームじゃないからね? それにこれってハーレムルートだよね?」
「兄さんはツッコミの才能がありますね」
いい加減疲れてきたし、あっちもそろそろ萎えてきた。
「あ……萎えてきましたか」
「そうだな……そろそろ降りてもらえるか?」
「仕方ないですね。一緒に寝ますか兄さん」
「それはいくらなんでもまずいだろ!?」
隣に花帆が寝ていると思うと逆に寝られなくなる。
「さっきから俺の心読んでないか?」
「妹は兄の心を読むのがデフォルトですよ?」
いや、その理屈はおかしい。