メガネとポニーテール
ある日の朝、私は環状線の満員電車に乗っていた。
3分間隔で電車が来る大阪駅環状線のプラットフォームには、今日も大勢の人が立っていた。
学生服やブレザーを着た学生達と一緒にオレンジ色の車両に乗り込んだ。
窓側に立った私は流れる風景を見ていた。
私の横には、揃いのブレザーを着て赤い鞄を持った女子高生が二人で話をしていた。
「大きくなったら何処で暮らしたい?」メガネを掛けた女の子が言った。
「私ね。田舎暮らしに憧れているの。」ポニーテールの女の子が言った。
「どうして?」
「空気が綺麗だし。自分で野菜を作って生活するのよ。」
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都会を出て、山村や漁村で生活する人々が増えているとテレビのコメンティターが言っていた。
『田舎暮らしセミナー』や『林業をしませんか』と書いた車内中吊り広告も目に付く。
慌しい都会を離れ、晴耕雨読の生活を求めて田舎に移り住む人が増えている。
高齢化が進み、生活する人が減り、財政難の地方都市もその人達を受け入れる施策を考えている。
『20年間住めば、土地や家屋を無償で譲渡します。』と訴える広告もある。
高速道路も整備され、近隣に飛行場もある地方都市に人気があると聞く。
『田舎暮らしか』私はポニーテールの考えに同調した。
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「私は田舎暮らしは嫌だわ。」メガネの女の子が言った。
「どうして?」
「だって、繁華街もないし、遊ぶところもないし。出会いもないし。つまらないと思うの。」
メガネの女の子の考えも一理ある。
田舎暮らしに憧れた人もその生活に満足できずに、再び都会に戻るケースもある。
定年後、終の棲家として地方都市で生活を始めた夫婦が、生活利便性を求めて『田舎暮らし』を諦めることもある。
老化していく自分自身の身体を考えた場合、医療機関が近隣にないことは大きな不安材料になる。
また、話しやすい友人、助けてもらえる知人や心が通う人々が近所にいなければ、毎日の生活が寂しいものとなる。
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高齢者になっても都会暮らしを望む人も多い。
高齢者を対象にした賃貸住宅や有料老人ホームも都会に多く建設されているのも、それが原因だ。
「自分で栽培したイチゴで、美味しいスィーツを作るの。
パティシエになって、自分で経営するケーキ屋さんでそれを売るのが私の夢よ。」
ポニーテールは言った。
「行列が出来るケーキ屋さんになってね。私もクルマを運転して買いに行くわ。」メガネは言った。
「任しておいて!」二人は楽しそうに笑っていた。
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オレンジ色の電車は、ゆっくりと京橋駅を通過していた。
『田舎暮らし』と『都会暮らし』のそれぞれの良さを考えながら、私は朝日を浴びる大阪城を見ていた。
文章:Kamino Masahiko