第5話 マムシ
マムシ
白川さんがいちごに決めたのは、いくつもの条件が重なっていたからだ。
1つは適正温度。
いちごは15度~25度と春から初夏にかけての気温を好む。
洞窟はライトの熱だけでその温度を保つので、冬場でも保温する必要が無い。
高温でも駄目だが、洞窟内は夏でも涼しい。
1つは病気対策。
いちごは水を好むくせに、湿度が高すぎると病気になりやすい。
だが、洞窟は縦穴のおかげで程よい湿度となっている。
1つは多年草で育てやすい。
ランナーと呼ばれる茎を横に伸ばして根をはり、子株孫株と増えてゆく。
1つは種でも増える。
例えば、スーパーで買ってきたいちごをプランターで増やすことも可能だ。
観葉植物の要領で、冬場は室内に入れればいい。
つまり、たとえ1粒1万円のイチゴでも、手間を惜しまなければ毎年苗を買うより安く済むというわけだ。
いちごにたどり着いたのは、白川さんの努力の賜物といえるだろう。
水耕栽培なんたらかんたら、町営の洞窟菜園が出来上がり、成実は町役場の臨時職員となった。
いつ辞めてもいいし、出勤も病院に行く前にちょっと立ち寄るだけでいいらしい。
砦の草刈りはゆうに3日かかった。
耕運機が持ち込めないので、畑は10メートル四方程度にした。
肥料は刈り取った草に牛糞を混ぜ込んで発酵させた物、米ぬかに蜂蜜水を入れた物を用意した。
水やりは、機密保持の為、毎回井戸からホースを引く。
土の質が何か違うようなので、スイカ、サツマイモ、トマト、キュウリ、トウモロコシと、少しずつだが、手当たりしだいに試す。
こっそり苺も植えたようだが、これは暑すぎて無理かもしれない。
種類が多い為、けっこう手間がかかる。
出荷のない土・日にまとめて世話をしたいところだが……。
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「お母さん、行って来まーす」
「邪魔しちゃだめよ」
「はーい」
今度はひとみがいる。
昔からそうだったが、何所に行くにも後をついてくる。
両側に畑が広がる農作業用の砂利道は、並んで歩くには不自由しないが、軽トラだとぎりぎりで、帰りは『根性バック』で戻る羽目になる。
そんな田舎道を、腕を組むというよりぶら下がりながらついてくる。
「卓球部に入ったんだろ、練習ないのか?」
「土日はお休みでーす」
良くは知らないが、オリンピック選手は1日10時間以上練習しているらしい。
比較するのもどうかと思うが、強い部ではなさそうだ。
「ナル兄ちゃん、洞窟までかけっこしよう」
「また転ぶぞ」
「卓球で鍛えているから大丈夫、3つ数えてよ、よ―いドン」
「ったく、いーち、にーい、さーん」
ひとみは勝手にスタートするが、いつも3つ数えるハンデがある。
しかし、少し早かったようで、ひとみが振り向いた。
「ナル兄ちゃん、早いよ。 キヤー」
そして、見事に1回転して、尻餅をついた。
「うえーん、痛いよー」
「ったく、全力で走りながら振り向く奴があるか」
文句を言いながらも駆け寄ると、肘をすりむいているだけで問題はないようだ。
「どこが痛い?」
「おしり~、ぐすん」
「どら?」
見るが、兎のパンツは破れてはいない。
「打っただけだ、大丈夫だ」
「うん」
昔からそうなのだが、成実が大丈夫だというと、泣き止む。
痛くなくなるそうだ。
腰に引っ掛けたタオルを取って涙を拭き、肘の具合を見る。
すりむいて少し血がにじんでいるが、けがのうちには入らん。
「洞窟に救急箱があったから行くか?」
「うん、行く」
しゃがみ込み、おんぶしてやる。
成実の背中はひとみのお気に入りで、泣き止むし、機嫌も良くなる。
「ふに~」
意味不明な言葉だが、気持ちいい、らしい。
「すご~い、明る~い」
「ああ、全部LEDらしい」
「そうなんだ~」
洞窟に入っただけで感動するひとみにつられて、成実も笑顔になる。
「うわー、すご~い、きれい」
水耕栽培はきちんと区画され、一斉に咲いたいちごが白い花畑を作り出していた。
「耳元でデカい声出すな」
「ナル兄ちゃん、花工房の社長さんみたい」
聞いちゃいない。
「おりる~」
「消毒が先だ」
まずは救急箱のある棚にむかい、傷口に消毒液をかけてやる。
手ぬぐいにもかけ、肘を縛って出来上がりだ。
待ちかねたようにひとみが走り出し、いちご畑の周りを走り回りながら騒いでいる。
「すご~い、きれ~。 ナル兄ちゃん、こっち、こっち」
何があるのかと行ってみると、
「ここから見ると綺麗でしょう?」
それだけのようだが、ひとみが言うと、そう見えるから不思議だ。
「ああ、そう言われると、ちょっと待て、あっちはどうだ?」
「どこ、どこ?」
花工房というのがあるのかどうかは知らないが、ひとみといるとこんな感じで振り回される。
成実もまんざらでもなさそうだし、いいコンビなのかもしれない。
しかし、はしゃぎまわる分、飽きるのも、つかれるのも早い。
「おんぶ~」
結局、帰りは昔からおんぶ。
「もう、痛くないだろう」
「いたい」
「ったく」
そう言いながらも、しゃがみ込んで背を向ける成実だった。
「ねえ」
「うん?」
「ひとみ、かわいい?」
「その質問は何回目だ?」
「いいから、どっち?」
「あー、可愛いよ」
「ほんと?」
「本当だ」
「へへ~」
「もう」
「ナル兄ちゃんは可愛い子が好きだもんね」
「ああ……そうだ、最近少し変わったな」
「えっ? どう変わったの? 可愛い子嫌い?」
「そうじゃない。 成績が良くて可愛い子が好きになった」
「えーっ、おバカでも可愛いよ」
「だめ。 俺が馬鹿だから、女の子は賢い子がいい」
「…………」
「頑張っても顔は変わらないけど、成績は変わる。 そう思うな、俺は」
「……うん……がんばる」
「えらい、えらい」
成実は、首にしがみつき、顔をうずめたひとみの頭を撫でてやった。
片手でおんぶでもびくともしないのは、幼いころから手伝った農作業の賜物だろう。
機嫌の戻ったひとみは、幸せそうな顔で辺りを眺めていた。
「あっ、マムシ」
「どこだ?」
「左、木の根元」
ひとみの声にすぐに反応した成実が立ち止まった。
目をやると、縞模様がとぐろを巻いている。
「何で、こんな所にいるんだ?」
「枝、取って来る」
マムシは夜行性だし、日光浴をする事はあるが、水辺ややぶの中が相場だ。
まあ、遠巻きにしている限る危険はない。
背から下りたひとみが枯れた枝をかかえてきた。
細い枝を折り、1メートルほどの棒にする。
枝の部分を利用して、先端が少し二股にしてある。
近寄ってみると、お腹の部分がかなり膨らんでいる。
大物を飲み込んだため、こんな所で消化するはめになったらしい。
鎌首をもたげ、尻尾を震わせ威嚇してくるが、成実は無造作に近寄ると、棒を横手から振り込み、あっという間にマムシの頭を地面に抑え込んだ。
マムシは胴体をうねらせ、棒に撒きついて止まった。
成実は左手で棒を持ったまま、右手でマムシの首のあたりをつかみ持ち上げた。
もう少し小さければ、踏みつけて頭としっぽを持って捕まえるくらいだから、棒が有れば楽勝だ。
「よし、帰るぞ」
「うん、お土産できたね」
「ああ、マムシ酒でも作って爺さんに飲ますか」
「焼酎あったかな?」
「泥を吐かすのに1カ月はかかるから、後で買いに行けばいいさ」
「うん」
田舎の子供達はたくましい。
「最近ネズミがうるさくなってきたから、天井裏にでも置いとくか」
そんな事を言いながら帰ってゆく二人だった。