第4話 1粒1万円のいちご
1粒1万円のいちご
モルタルとかいう物で塗り固められた洞窟はまるでトンネルだ。
おまけに、床まで舗装されている。
暗くて中まで見えなかったが、入り口にブレーカーのような物があり、思い切ってスイッチを入れてみると、一気に明るくなった。
思わず後ろを振り返った成実だったが、村の方からは見えないようだ。
明るいのは天井にある電気、LEDというやつだろう。
「なんか、すごい事になっているな」
何年振りかで来た洞窟のトンネルを抜けると、バスケットコート程もある広い空間に出た。
軍が食料を置いたというのは、おそらくここだろう。
最奥が小部屋のようになっていて、明り取りの天井が見える。
見上げると、当たり前だが青い空があった。
「あれ? この上はうちの山あたりのはず、だよな」
小部屋から広い空間に戻った成実が、ふと足を止めた。
振り返った成実にとって、裏山はよく知っている場所だ。
しかし、そこに穴があったという記憶が無い。
しばらく首をひねっていた成実だったが、
「とりあえず上ってみるか」
そう言いながら梯子を取りに戻った。
ところが……。
縦穴から顔を覗かせた成実が見たのは開けた空間だった。
それも、ジャングルにぽっかり空いた草原、そんな風景がそこにあった。
数メートル離れたあたりに丸ツゲのような茂みがいくつかあるだけで、グランドほどの空間を経て密林が広がっている。
ジャングルとの境にある緑の壁が、ほぼ円形の空間を作り出していていた。
「何処だ? ここ」
裏山にこんな場所など無い。
成実にとってはガキの頃からの遊び場で絶対ないと断言できたし、まだ春先だというのに夏のような暑さがそこにあった。
だが、それよりなによりジャングルがあり得ない。
ここがどこか別の場所なら、いや、間違いなくそうなのだが、そうだとすれば、この縦穴が別々の空間をつないでいる事になる。
そんな馬鹿なと言いたいところだが、それ以外にこの状況を説明できない。
じっとしていても汗が噴き出してくるのはセーターのせいばかりではなく、成実は洞窟に戻った。
「日本軍にこれを作り出す技術が有ったのなら、戦争に負けなかっただろう。 となると、見つけたという事になる。 だけど、いったい何に使ったんだ? ……まてよ、これだけ暑いなら農場が出来ないか? ひょっとして、ここは食料庫ではなく生産施設だったのかも」
自分の言葉にはっとなった成実は、家に飛んで帰ると草刈り機を持ち出した。
セーターを脱ぎ、タオルを頭にかけ、麦藁帽で押さえた。
草刈り機を担いで梯子を上り、とりあえず下りてはみたが、草丈は胸を通り越して首近くまである。
まずは近くの丸ツゲまで道を作った。
予想通りというか、その丸ツゲは丸太小屋にツタが絡まった物だった。
更に、緑の壁も丸太の防護柵だった。
さすがは日本軍と言うべきか、農場というより砦と言った雰囲気だ。
こんな場所がある事を誰も知らないとは、軍事機密とかいうやつだろうか?
敗戦で軍が解体し、さらに知る者がいなくなった、とか。
つまり、ここの存在は誰も知らない。
「誰も知らない、俺だけの農園。 こりゃ面白くなってきた」
成実はもう1度辺りを見渡すと、ニヤリと笑って梯子を下りて行った。
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「いい噂になりましたよ、町長」
「まったく、福井さんの手腕には感心しました」
「いえいえ、これくらいお安い御用で、ささ、もう1杯」
「こりゃどうも」
過疎の町の唯一の料亭『うなぎ屋、源氏』
町長がやっている店の一部屋で宴会がおこなわれていた。
「若者の熱意と町長の決断が過疎の町を救う。 成果が選挙に間に合わなくとも、宣伝効果はバッチリですよ」
「だと、いいんですがねえ」
「大丈夫です。 おそらく、これで対抗馬は消えたでしょう。 妨害工作があっても押さえて見せますよ」
「頼りにしてますよ」
「任せてください」
「では、御返杯と行きますか」
「いただきます」
前回の町長選挙で対立候補の陣営にいた福井社長を取り込んだ町長だった。
来年の町長選に向け、実績を積み、選挙を有利にする陣営構築に余念がなかった。
過疎の町でも、政治家は政治家という事だろう。
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「洞窟でいちごを作ることになった」
とは、夕食時に白川さんの言葉だった。
「あら、そう、よかったわね」
と、おばさんも無邪気に賛成し、
「ゴクン、私いちご大好き」
口いっぱいのごはんを飲み込んだひとみが騒いだ。
しかし、世間話を装ってはいるが、明らかに成実に話しかけている。
「実際に洞窟で農作物を作っている所もあって、それなりの実績を上げているんだ」
「へーっ、そうなんですか」
成実が関心を持つとは思えない、社交辞令というやつだろう。
「低温にならないので保温するためのお金が少なくて済むし、LEDだから電気代も安くなる。 スポンジ状の土と液肥なので無農薬のうえ、年中出荷が可能だ。 どうだ、すごいとはおもわないか?」
「そうですね、それはすごいですね」
白川さんが熱っぽく語るので、そうとしか答えようがないがない。
「いちごはは1粒1万円で売られている最高品種だ」
「すっごーい、私手伝う」
ひとみはやる気、いや、食べる気満々だ。
「水耕栽培という最先端の技術で、初期投資はデカいがいちご試験場の名目で町役場が負担するし、軌道に乗るまでは指導員もつくから何も心配いらない」
やはり、成実がやる事が前提のようだ。
しかし、考えてみるとこれはラッキーかも知れない。
砦に行ける場所を独占できるし、毎日行っても不自然じゃない。
「俺でも出来ますかね?」
「ああ、任せておけ」
白川さんもほっとした表情で請け負った。
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台所には白川夫妻が残っていた。
成実とひとみは隣の居間に行ってお勉強中だ。
ひとみの部屋に行かないのは、ウサギのぬいぐるみと遊んで勉強しないからだ。
「随分と急なお話だったんですね」
「ああ、町長がいやに乗り気でな」
「成実君はそうでもないみたいですけど」
「そうか? いや、そうかもな。 都会に憧れる年ごろだしな」
「白川のおじいさんにはお話されたんですか?」
「ああ、『全て任せるからよろしく頼む』と泣かれたよ」
「成実君は既にうちの家族だと思っているんですから、いいですけど」
「けど、何だ?」
「無理強いには反対です」
「分かってるよ。 成実君にとってもいい話に成る様にするさ」
「何かあったら、私はあの子に味方をしますからね」
「分かっていると言っているだろ。 それより自動車学校の方はどうなった?」
「それは……」
「それは?」
「それは、あれです、ほら、なんというか」
「ははは、それは、はて? 何と言うんだい?」
「それはやる気というか、ご褒美が欲しいというか」
「ご褒美?」
「ええ、車はもう1台欲しいでしょう。 軽トラはオートマじゃないし……」
「それは、まあ、そうか」
「ねっ、そうなのよ。 でも高いし……」
「買えるのか?」
「買ってもいい?」
「うーん、1つだけ」
「なに?」
「俺のお小遣いは減らさない事」
「努力します」
「ったく、この」
「あん! 子供たち、まだおきてます」
「ほっといて、もう……」