第3話 自動車学校
自動車学校
市販されている車のほとんどがオートマ車の為、運転免許にはオートマ限定というのがあり、講習料も安くなるから人気も高い。
成実の場合は軽トラがマニュアルなので選択の余地はなかったが、由香さん達は、新しい車を狙っているようだ。
そして、そんな話がマイクロバスの後方で繰り広げられれば、成実がその輪の中に入れる筈もなく、1番 前の席で運転手と顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
「君が岡野君かな?」
「はい」
「俺は、ほれ」
指差す先のダッシュボードの上に『近藤勇』のプレートがかかっていた。
「すごい、近藤勇さんですか?」
「いさむ、だがな」
悪戯っぽく笑う近藤さんは爺さんと呼んでもいい年だが、話し相手がいるのはありがたい。
「タクシーで来るやつはいるが、パトカーで来たのは岡野君が初めてじゃな」
「やっぱり、まずかったですよね」
「まあな、どこのお偉いさんかと大変な騒ぎじゃった」
「やっぱり」
気まずい雰囲気なので気を使ってくれたのだろうが、興味もあったらしい。
「で? 本当にお偉いさんなんかい?」
「違いますよ。 無免許の常習犯で、連行された口です」
「ははは、そうじゃったのか、こりゃ傑作じゃ」
「笑い事じゃありませんよ」
「すまん、すまん。 上のもんの慌てぶりを思い出すと、つい、のう」
「もう」
「ほら着いたぞ、頑張んな」
「はい、ありがとうございました」
運転免許の講習はゲームセンターにある様な模擬カートに始まり、踏切や坂道、S字カーブにクランクカーブ、車庫入れなどがある。
それぞれ見極めと呼ばれる試験が有り、それらに合格すると路上教習となる。
あとは、学科の卒業試験があり、公安の本試験に臨む。
一方、見極めに落ちると補習が追加され、再試験となる。
当然、その分お金もかかるから皆真剣になる。
「あら、今日は見極め?」
「そうなのよ。 どうかしら、これ?」
「もう少し短い方がいいんじゃないかしら?」
「そうお?」
「胸のボタンももう1つ外して。 そう、それでいいわ」
「うふっ」
後ろで交わされる会話、いや、ここは聞かなかった事にした方がよさそうだ。
成実が順調なのは、当然と言えば当然だろう。
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「失礼します」
書類を抱えた白川課長が町長室に入ると、そこに見知った顔があった。
福井社長、地元で唯一ある土木建築業の社長だ。
仕事の関係で、町役場にはよく来る。
しかし、前回の町長選挙では対抗馬の運動員をしていたはずで、町長とはあまり仲が良くなかったはずだ。
「よう、白川君、元気そうだな」
「はあ、御無沙汰しております」
状況がつかめず町長の方を見ると、気持ち悪いほどにこやかにしている。
「まあ、かけなさい」
「はい、失礼します」
言われるままに福井社長の正面に座ると、町長は社長の横に座った。
普通ならこちら側に座り、役所の人間として業者に対応するはずなのだが……。
「洞窟の工事を、福井さんの所でやってもらおうと思ってな」
「ち、ちょっとお待ちください。 まだ何を作るのか決まっておりませんが」
「候補は上がっておるんじゃろ?」
「はあ、一応」
持ってきた資料を町長に渡すと、その場でテーブルに並べ始めた。
福井社長を、計画の段階から参加させる気らしい。
「ほう、苺ですか?」
「はい、洞窟の環境を考えると1番適しているかと」
「なるほど」
「こちらは適正育成温度と、洞窟内の温度変化の表です。 これは病気と温度、湿度との関係。 最後は出荷時の価格と主な消費ニーズの1欄です」
「良く調べて有る。 これでいいんじゃないですか? 町長」
「なら、そうしますか」
あっけないほどすんなり決まってしまい、狐につままれた思いで町長室を出る白川さんだった。
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受講開始から約1ヶ月、今日は本試験に臨もうとしている成実だったが、御婦人方はまだ苦戦しているようだ。
「いっそのこと、○○とっちゃえば?」
「そうしようかしら」
「もう少し透けた服は無かったの?」
「うちの人ケチなのよ」
「もう、今日駄目だったら、私のを貸してあげるわ」
「その時はお願いね」
30代は由香だけだったはずだが……もう、何も言うまい。
「今日の本試験は受けられるのか?」
「はい、おかげさまで、ありがとうございました」
「礼は、合格してから言うもんだ」
「そうですね、頑張ります」
「それはそうと噂になっているぞ」
「またですか?」
「ああ、何をやるのか知らんが、俺も楽しみにしておこう」
「ちょっと、なんの話です?」
「なんのって、すごい事をやるんだろ?」
「はい?」
「はて? じゃ、町役場に直談判にいったは?」
「誰の話ですか?」
「長老の曾孫って、お前だろ」
「それはそうですけど……」
「まあ、話は帰りだ。 とりあえず、試験頑張れ」
「はい……」
成実がうわさを聞いたのは、無事に免許が取れた後、帰りのバスの中だった。
長老の曾孫が町役場に怒鳴り込んだ、らしい。
町長に直談判し、町長が全面支援を約束した、らしい。
長老の曾孫が、洞窟ですごい事をする、らしい。
「いったい誰の話だよ」
成実が嘆くのも、もっともだ。
しかし、それを裏付ける様に、洞窟では工事が始まっているという。
内壁の補強工事はもとより、電気や水道工事までだ。
ただ、何をするのかは誰も知らない。
当然、成実本人も……。