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第2話 お見舞い

 お見舞い


 成実が向かっているのは、以前は国立療養所という名前で、町の人は今でも療養所と呼んでいる病院だ。

 ちょいと長めの坂を上るとグランドほどもある駐車場に出る。

 あまりに広いので、近所の人も駐車場代わりに使っているらしいが、田舎では誰も文句を言わない。

 勿論、駐車料金もタダだ。


 入り口近くに駐輪場があり、右半分は防犯登録のない放置自転車がある。

 暇な近所の爺さんたちが手入れをしていて、『必要な方はどれでもどうぞ』と書かれている。


 玄関をくぐるとエレベーターで3階。

 いつもの病室に曾爺さんはいたのだが、今日はもう一人、てっぺんだけが禿げたおじさんがいた。

 ピタリと足が止まった成実だったが、目が合ってしまった。


「こんにちは所長」

「おお成実君、ちょうどいい、これから行こうと思っていたところだ」


 気さくで明るいのはいいのだが、このおじさんは警察署長さんで、あまり来てほしくない人だ。


「俺、何かしましたっけ?」

「いやいや、これだよ」


 努めて平静を装い病室に入る成実に、差し出してきたのは自動車学校のパンフレット、というより申込書類だった。


「どうしたんですか?

「車の免許を取ってもらう」


「誰が?」

「成実君が、だ」


 とぼけてみた成実だったが、笑顔で返された。

 しかも、目が笑ってない。


「えーっと、もう乗っていませんけど」

「町では……だろ」


「ははは」

 笑ってごまかせ、ては、いないようだ。



 運転は見様見真似で覚えた。

 親の手伝いで、田植え機、コンバイン、軽トラまでこなしたし、分校が廃校となってからはひとみの送り迎えもした。


 そうやって育った為、軽トラを含めた農作業用機械に免許はいらないと思っていたのだ。

 勿論、免許証自体は知っていた。

 だけど、それは普通乗用車の話だと思っていたのだ。


 5年前、中2の時にこの所長に止められて以来、町では(・・・)ほとんど運転しなくなっていたのだが、ばれていたようだ。

 もっとも、成実が乗る軽トラには、ひとみが書いた兎のペイント(らくがき)がしてあるので目立つ事は目立つのだが……。


 それでも、逮捕しないで、こうして面倒まで見てくれるところが田舎のお巡りさんなのだろう。


 何はともあれ、パトカーで自動車学校に乗りつける事になり、都会ではどうだか知らないが田舎では春の珍事となった。


****************************************


「車の免許を取る事になりました」

「あらそう、大変ね」


 夕食時に、一応報告した成実だ。

 正一さんは今日も残業らしい。


「送迎用のマイクロバス、来てたかしら?」

「ああ、なんか、町役場まで来てくれるそうです」


 自動車学校は2つ隣の大きな町にしかない。

 当然、送迎バスの路線も伸びていなかったのだが、警察署長が送るほどの大物ともなれば話は変わってくる。

 いわば、大人の事情というやつだろう。


「そうなの? なら、私も取ろうかしら」

「えーっ、やめてよ、カッコ悪い」


 反射的に、だけど、絶対意味も無くひとみが反対した。


「あらどうして?」

「どうしてって言われても……」


 だから、質問を返されると返答に困ることになる。


「車があると便利よ、ひとみの服も2人で買いに行けるし」

「それはそうだけど」

「よし決めた。 私も一緒に免許取る」


 まあ、結果は見えていたが、由香さんはそそくさと食事を終えると、通話無料の有線電話で何件もの家にかけ始めた。


 由香さんが電話に夢中になっている間に、後片付けと食器洗いをする。

 成実がする必要はないのだが、成実がやらないとひとみがしない。


「ナル兄ちゃん、スポーツカー買うの?」

「買わねえ」


 しつけの一環でこうなるのだが、成実と流しの間に入ってくるので、けっこうじゃまだ。


「えーっ、どうして?」

「肥料は詰めねえし、あぜ道は走れんし、不便なだけだ」


 振り返って見上げてくるたびに手が止まる。

 その手に次の食器を握らせながら答えるのがコツのようだ。


「もう1台買おうよ」

「買わねえ」


「ひとみ、スポーツカーでお迎えに来てほしい」

「馬鹿言え、スポーツカーに自転車が積めるか」


「積めないの?」

「ああ、それに、お絵かきも禁止だぞ」


「え~っ、禁止なの?」

「普通は、軽トラにだって漫画は描かんぞ」


「う~、うさちゃんが~~」

「今迄通り、天気が悪くなったら迎えに行ってやるから、それで我慢しろ」


「うん……」

 あきれ顔の成実が手早く食器を洗うのとは裏腹に、完全に手が止まり、しょんぼりしたひとみをかわいそうだと思うのは早合点だ。


「そうだ、評判いいよ」

「なんの話だ?」


 まただ、またこうやって急に話題が変わる。

 しかも主語が無いからさっぱり分からない。


「だから、もてもて?」

「話が見えん」


「友達がみ~んな、ナル兄ちゃんがかっこいいって言ってる」

「そうか、ちなみに、ひとみは何人友達がいるんだ?」


「え~っと、3人?」

「そんなこったろうと思った、はいはい、ありがとうな」


 なんとか食器洗い終えて、ひとみの洗剤まみれの手も洗わせて終了。


「もう、他の子も言ってるよ、かっこいいて」

「分かった、分かった、中学生にもててもしょうがねえから勉強しろ」


「あ~ん、本当だってば」

「ほら、分かんない事は早く聞かないと帰るぞ」


「あ~、待って、待って」


 今日もにぎやかなひとみだった。


 由香さんの方は、村の婦人会、といっても30代は由香さんだけだが、免許を持っていない者全員が行くことになった。

 おまけに、マイクロバスが村まで来てくれるという。


「すごいですね」

「何言ってんの、10人も行くんだから当然よ」


 胸を張られても困るのだが……そう言う事らしい。

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