第1話 岡野成実の朝
1 岡野成実の朝
田舎の家は大きく、どの部屋も広い。
4月の寒い朝、10畳はある部屋の中央、せんべい布団の盛り上がりの中で惰眠をむさぼる少年がいた。
彼の名は岡野成実、交通事故で家族を失っていた。
町の長老でもある曾爺さんは長期入院中だった為助かったが、高校の友達と同じように都会に行くことは出来なかった。
だけど、あまり気にせず、けっこうのんびりしているようだ。
隣に住む中学生になったばかりの少女、白川ひとみが階段を上がってきても、そればかりか、そっと部屋に忍び込んできても気が付かないのだから。
「ふふふふふ」
悪戯が成功しそうだからだろう、思わず出てしまう声を手で塞ぎながら布団にもぐり込むと、腕をそっと引き寄せ、腕枕にしながら寝顔を覗き込んだ。
「うーん、う、うん?」
成実の目の焦点がだんだん定まり、ひとみの顔をアップで捉えた。
「おはよう、ナル兄ちゃん」
「おはよう、じゃねえよ。 何やってんだ」
いくらなんでも目が覚め、布団をはねのけた。
それでもいきなり腕を抜いたりせずに、「ほら、おきろ」そういいながらひとみを座らせるやさしさは有るようだ。。
「添い寝でお目覚め、最高でしょう?」
「最悪だ。 セーラー服がしわになるだろが、早く立て」
成実は18歳だ、普通なら中1の美少女にここまで慕われたら舞い上がっても不思議ではない。
しかし、過疎の村に子供は2人きりで、子守をしてきた相手だと妹にしか見えない。
もう少し色気でも出てくれば別なのだろうが、今はまだ新しい服の方が気になってしまうようだ。
「なんで~?」
「なんでじゃねえ、ほらどけ」
ひとみを押しのけ、布団をたたんで押し入れに放り込むと、その上に脱いだパジャマを乗せて押し入れを閉めた。
一緒にお風呂に入った、というより入れてやった仲、今更下着姿を気にすることも無い。
「ねえ、ナル兄ちゃんはキスとパンチとどっちがいい?」
「何だ、そりゃ?」
寒さにブルッと身を震わせながらも、ジーパンをはきセーターをかぶりながら聞き返すが、時々こういったわけの分からない質問をしてくるから厄介だ。
「昨日、付き合ってくれって、しつこい奴がいてさ、グーパン叩き込んだら、もっと殴ってって」
「そいつは変態だ。 次に会ったら股間を蹴り上げてやれ、いいな」
「うん、わかった」
「ほれ行くぞ」
田舎の階段は暗くて急だ。
ひとみが落ちないように成実が下になるのも、子守時代のなごりだろう。
「ねえ、ナル兄ちゃんは、やっぱりチュー派?」
頭の上から声が降ってくる。
「どっちもいらん、それより、スカート短すぎだろ、パンツ見えるぞ」
階段が急なため振り返れば見える。
成実とて興味はあるが、おもらしをしたパンツを替えてやったのはほんの数年前で、ひとみのパンツは臭い、という記憶はいまだに消えていないようだ。
「見たい? 兎ちゃんだよ、ほら」
「見せんでいい。 にしても、昔っから兎だな」
「へへー、見えた時にお耳がピョコンて、可愛いでしょう?」
「見えるのが前提かよ、まったく。 うわっ」
「おんぶ~」
「急に乗るなって言ってるだろ」
階段の途中だというのに、いきなり背中に乗ってくる。
とっさに手すりにつかまったからいい様なものの、危うく2人で落ちる所だ。
身長180センチの成実が150センチのひとみをぶら下げると、首を絞める格好になる。
そこで、首にグッと力を入れ、窒息しないようにしながら階段を下りるはめになる。
「もういいだろう、靴を履け」
「やだ、このままがいい」
階段を下り、靴を履く為にしゃがみ込んでも背中から下りる気が無い。
しかたなくひとみを背負い直し、靴まで持って向かうのは隣の白川邸、ひとみの家だ。
食事の世話はひとみの母親がしてくれる。
子守をしてきたお返しみたいなもので、それが田舎の良さなのかも知れない。
「ナル兄ちゃん起こして来たよー」
「おはようございます」
「おはよう、早いわね」
明るい返事が返って来る。
エプロン姿の白川由香さんは、成実の母とも仲が良かった。
ミス町役場とかで、ひとみが可愛いのもそのおかげだろう。
ひとみに続いて台所に入ると、食卓にはスーツ姿の白川正一さんがいた。
新聞を読みながらの食事だが、まだ30代で課長はたいした出世、らしい。
「おお、成実君ちょうどいい」
「おはようございます」
「昨日成実君の話が出て、時期がずれても町役場に入れるそうだ」
「有難う御座います。 あー、でも、何かやってみたいというか」
「過疎の町で何かあるか?」
「いえ、あの、洞窟で、何か出来ないかな? とか」
村の裏山に、富士の樹海にでもありそうな洞窟がある。
戦時中は軍の食糧庫だったが、危険防止の柵はいつしか壊され、子供達の秘密基地になっていた。
成実のことだから観光名所くらいは思っていたかも知れないが、おおかた、話題を変える為の思いつきといったとこだろう。
「洞窟って、あの裏山のか?」
「はい、夏は涼しいし、冬は暖かいですから」
「なるほど」
「危ないから、入っちゃいけないんでしょう?」
ひとみが口をはさんできた。
「補強工事が出来ればいいさ。 だが、何をするかを決めないと予算が、うーん」
正一さんは質問に答えながらも考え込んでいたが、当の成実はというと、とりあえずうまくいったようだと、ちゃっかり朝食をいただいていた。
「ひとみ、時間いいの? 今日は朝練でしょう?」
「やばい、いただきま~す」
のんびり朝食を取っていたひとみだったが、母親の言葉に急いで食べはじめた。
ご飯で一杯の口に、さらに目玉焼きを押し込んでみそ汁で流し込む。
里芋の煮つけを丸々くわえ、沢庵を2切れ追加。
その間に茶碗に残ったご飯をかき集め、口に放り込んで終了。
「ごっほーさま」
一応手を合わせ、受け取ったお弁当をナップサックに詰め、卓球のラケットやジャージなどが詰まったショルダーを肩に引っ掛け飛び出した。
「いってきまーふ」
「車に気を付けるのよ」
「ほーい」
母親の心配そうな声を背に、ひとみのチャリはすっとんでいった。
その後、朝食を終えた正一さんは軽トラで町役場に出勤し、成実はチャリで病院に向かう。
過疎の村にはお店もバス停も無く、携帯だって圏外のため誰も持っていない。
町にある学校では可能だが、そこでは直接話せば事足りた。
学校をはじめ、役場や病院のある町まで7キロもあるが、帰りの時間がバラバラなので、こうして別々に行くことになるようだ。
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成実がのんびり町に向かっていたころ、町役場に着いた正一さんは早速とばかりに町長室に飛び込んだ。
現在、町長を筆頭に取り組んでいるのが過疎の問題だ。
特に、若者が都会に行ってしまうのを何とかしたかった。
「成実の件ですが」
「おう、どうじゃった?」
「すぐにはどうも」
「そうか……」
若手NO1の白川課長と、テカテカ頭が眩しい町長の打ち合わせだ。
高校を卒業したばかりの成実をなんとか町にとどめておきたいと、関係の深い正一にその大役が任されていた。
「実は、彼から若者ならではのアイディアが出まして」
「ほう」
「村の裏山の洞窟ですが、あそこで何が出来るのではないかと」
「ふむ、しかし、バスが通るかどうかの道だぞ」
「ええ、観光は無理でしょうが、洞窟は温度差が少ないので、それをうまく生かすことが出来れば」
「特産品なら……か?」
「ええ、検討だけでもしてみたいのですが」
「ふむ、いいじゃろう」
「ありがとうございます」
正一さん、いや、白川課長は、成実の思い付きを何とかものにするべく行動を開始していた。