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04 トリス先生の日常2(トリスが村に来て一年三ヵ月後)

ロザリーの日常2のトリス先生バージョンです。


「何で、“また”野たれているの?」

 ロザリーの声が頭上から降ってきて、私は目覚めた。


「大きな声を出さないでくれないか?頭痛がする」

「こんなことで転がってないで、ちゃんとベッドで寝てくださいな!」


 ロザリーに怒られている私はトリス。この家の主であり、この村唯一の教師だ。


 昨日徹夜で、薬草の世話と今日の午前の授業の準備と新しい教本作成と、ついでに趣味の薬作りをしていてほとんど寝てなかったんだ。


「大丈夫。頭痛はするけれど、頭はすっきりしてるから。午後から、ハンスさんの家の子とリドルさんのとこの子とバリーさんの子どもに書き取り教える約束を――」

「寝不足過ぎて、頭がさえているだけでしょ!さっさと寝なさい。」


 何もそんなにキャンキャン怒らなくてもいいのに。


「みんなには先生はお休みって言っとくから」


 彼女の言葉にのそのそと寝室に向かう私に、彼女が呆れたようにいう。

「ご飯食べてるの?」

「うっかり忘れていたな」


 今度は、ため息を交えて訊いてくる。

「私が渡したニンジンは?」

 二日前、ロザリーからもらったニンジンは、

「フェルナンデスにあげた。とても喜んでいたよ。ありがとう」

「馬にはそこら辺の草を食べさせりゃ十分でしょ!」

 さすがに、ロザリーの堪忍袋が切れたようだ。


 でも、野菜も得体の知れない物体になるよりも、馬に食べられたほうが、10倍ぐらいは有意義だと思うが・・・。


 あの『シロツメクサの指輪』の話題から九ヵ月後、三人いた私の料理当番は二人減りロザリーと新しい娘二人で料理当番を回してくれている。


 ロザリーから料理を習い始めて、8ヶ月になるが、ちょっとは・・・

「その位置に手を置いていたら、野菜の前に先生の指が切れますよ」

「何で、ニンジン半分に切っただけで、お鍋に入れるの!」

「玉ねぎは茶色い皮を剥いて!って、そこは食べれるところ!何でまた丸ごと放り込むの!」


 ロザリーとの会話(一方的な罵声?)を思い返す限りでは、あまり上達はしてないようである。

 私が「玉ねぎ切ったら、涙出るじゃないか」などと反論しようものなら、烈火のごとく怒られる。


「睡眠取るのも“いつもどおり”うっかり忘れていたのね?」

「200年くらい飲まず食わずで、ついでに睡眠不要の生活していたからね」


 どうも、長い間ゾンビをしていたせいで、「ご飯食べたい」とか「睡眠とらないと」という、人間として基本的な欲求がかなり希薄になっている。

 ある意味、生命の危機管理がまったくできていない状態だ。

 で、よくエネルギーが空っぽになって倒れると。


「はあ?とにかく次はちゃんと自分で食べてくださいよ。ニンジン」


 ロザリーはそういいながら、瞬く間に、野菜炒めを作って、私の前に出してくれる。

 ついでにお茶も淹れてくれる。少々、短気だがいいだ。


「結婚したら、先生の面倒まで見れないんですからね」

「結婚するの?おめでとう」

 結婚するんだったら、こんなところ通ってないで、旦那さん予定の人のところにご飯作りに行かないと。


 ――でも、あれ?


 私は、彼女の左手の薬指を見て首を傾げる。シロツメクサの指輪がない。

 村外の人のところにお嫁に行くのかな?


「見ての通り予定はありません!それに先生に最低限の料理を覚えてもらうまで、結婚できません!」

 この村の女性は大抵、20歳までにお嫁に行く。遅くとも20代前半にはどこかに嫁いでいる。

 彼女は今年確か18歳だったはず。私のせいで、婚期を逃したなどと言われては大変だ。


「そんなに心配してもらわなくても、野菜の煮込み料理くらいなら何とか」

 あれは、放り込むだけだし。


「あれを・・・あんなのを料理と主張するのは、私が認めません!」

 今までで、最大級の声を上げるロザリー。甲高い声が私の頭の中を突き抜けていく。

「だから、大声は頭に響くんだけれど」

「土のついたジャガを洗いもせず、皮もむかず、丸ごと湯の中に投下しておいて、あれのどこが料理なのよ!」

 いや、どうしても料理に手間をかけたくなくて、ぽいぽい鍋に材料を鍋に放り込んでしまう私が悪いんだが、そこまで怒らなくても。


 200年前も、好き嫌いはほとんどなかったし、食事への執着がほとんどないおかげで、死ぬほどまずくなければ、大抵の物は食べられる。


「まあ、私のほうは何とかやっていけるから、相手がいたら私のことは気にせずに結婚しなさい」

 最悪、野菜のほうはなまでかじれば済むし。肉も焼けば多少黒こげでも食べられる。


 彼女はしばらく疑わしげに、こちらを眺めていたが、ふと肩の力を抜いた。


「先生は好きな人いるの?」

 『シロツメクサの伝説』の時は不自然に手を止めてしまったが、今回は、彼女の言葉に手を止めることなく、スプーンを口に運んでから、

「この村の人たちはみんな親切で、大好きだけれど?」

 と言うことができた。


「先生の好みの女性ってどんなの?」

 なんか、怪しいほうに会話の流れを持って行こうとしているな。


「もしかして、栗色の髪に栗色の目のが好きだったり-」


 またか・・・。


 過去に他の食事当番のに似たようなことを言われたことはあったが、さすがに、ロザリーからそんな直接的に言われるとは思っていなくて、栗色の髪と栗色の目の彼女の姿を頭からみぞおちまで(お腹から下は机の下に隠れている)見てしまった。

 まあ、私の容姿の好みは決まっているので、彼女を怒らせるのはわかっているが、恥ずかしさと緊張で頬を染めている彼女に素直に答える。


「いや、私の好みは、金髪に緑の目の女の子だけれど」

 食事当番のうち、一人は金髪に緑の目で、断る言い訳に詰まったが、今回は好みとかけ離れているので楽だ。


 彼女は、怒りで顔を真っ赤にしながら、目の前にある紅茶のポットを持ち上げた。

「ちょっと、待ちなさい。何で、紅茶のポットをそんなに高く振り上げてるんだ?お茶がこぼれる」

 このままじゃ、下手したらロザリーにお茶がかかってしまう。


 ポットを机に降ろした彼女は、一度深呼吸してから、私に尋ねる。


「先生は、結婚とかしないんですか?」

「しないね。ごちそうさま。おいしかったよ」


 野菜は炒めたらかさが減る。野菜炒めを食べきった私は、礼を言うと食器を持って立ち上がった。

 私が食事を食べ終わるのを確認したら、彼女は帰る。それがルールだ。


「その・・・」

 彼女のかすかな言葉に思わず振り返ってしまった。

 そのまま、食器を片付けて、ベッドで寝てしまっても、彼女は文句言わなかっただろうに。


 彼女は、先ほどよりかさらに深い緊張で全身をこわばらせながら、震えるように口を開けた。


 すまない。なんと言われても、答えは決まっているんだ。


「シロツメクサの指輪、渡してもいいですか?」


「ごめん。ロザリー。シロツメクサの指輪はもらうことも渡すこともできない。この先、永遠に、だ」


 希望を持たせることはできない。

 他の二人は、がんばって再チャレンジしてきたが、彼女はもう一度告白するどころか、もう二度と来ないかもしれない。


 彼女の栗色の瞳から一筋ひとすじ涙がつたうのを確認した後、私は寝室へ行った。


『トリス先生の日常3』スプラッタ警報発令です。

グロいシーンが苦手な方は、申し訳ございませんが、前半部分を読み飛ばしていただくか、次話を飛ばしてください。

ほぼ同じ内容の『ロザリーの日常3』は安全です。

『トリスの日常3』前半部分を読み飛ばしていただく場合は、『☆☆☆』の後は、大丈夫なはずです。


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