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21 アイリスの日常3(試験日翌日)

 式は、30分もかからずに終了した。


 立会人を二人以上集めて、神様の前で決まり文句を言って、口付けを交わして終わりだから早いものだ。


 ロザリーちゃんの父親がおいおい泣いてどうしようもないので、母親とともに家に帰っていった。

 別に近隣の村に嫁ぐわけじゃないのに、どうして男親ってこんなにぼろぼろ泣くの?


 私の結婚の時も、涙を見せたことのない父がぼろぼろ泣いしまって、あの時は感動するよりも先に驚いてこっちの涙が引っ込んじゃった。


 ロザリーちゃんにシャムロックのことを話すと約束してしまったので、上の子二人も帰す。


「さすがにお腹すいた。家でご飯食べていく?」

 シャムロックが元気なさげな声で私たちに聞いてくる。


 聞けば、今朝、朝食を軽く摂ると朝イチでロザリーちゃんの両親に許可を取って、それからいつもよりか少し遅めの授業を開始して、授業が終わるや否や、結婚式を執り行ったということらしいので、さすがのシャムロックもダウンしたようだ。



「料理、上手じゃないの」

 シャムロックが作った料理がどんなものか、ちょっと興味があったのだが出てきたスープは具沢山ぐだくさんでおいしそうな湯気を立てている。


「先生が作ったのはこれ」

 ロザリーちゃんが次に出してくれたのは、なんかミルクっぽい・・・これ何?


「結婚して正解だったわ」

 私は恐る恐るジャガとチーズの浮いているミルクスープを半口分だけすくって飲むと、端的に感想を述べた。


「うるさい」


「で、結局、正式な結婚式するの?」


 一応、森に面したところに小さなやしろがあるが神職はこの村に常駐していない。

 祭りの時と一ヶ月に一度の訪問以外はやしろはほとんど無人だ。


 村の人は自分たちで、結婚式や葬式を行って、人によっては神職の訪問時に追加で祝福や祈りを捧げてもらう。私とハンスは簡易結婚式だけで済ませたクチだ。


「一応、その予定だけれど」

 今月分はつい先日終わってしまったから、次に神職がこの村を訪れるのは一ヵ月後だ。

「じゃあ、一ヵ月後の結婚式にも私たちを呼んでね」

 

「その、先生が・・・ゾ・・・」

 シャムロックと仲良く話しているとロザリーちゃんが言いにくそうに口を開く。

 最後の「ゾ」はほとんどささやき声だ。ちらちらシャムロックの方を気にしている。

 大好きな人の言ったことを疑いたくないんだろうけれど・・・


 そりゃ、実物見なければ信じられないよね。

 私の親に『森でゾンビに会った』って言った時も作り話だと思って信じてくれなかったし。


 私は確認のため、シャムロックに視線を向ける。

 シャムロックはそれに答えて、小さく頷いた。


「知っているわよ。ゾンビだったって。『シャムロック』はずっと昔の先生の名前」


 ロザリーちゃんは望んだ答えを手に入れられたのにしゅんとしている。

 先生の話を信じ切れなかった罪悪感と先生から名前を直接教えてもらえなかったことに不満を感じているのだろう。

 

「私が直接聞いたわけじゃないのよ。うちの旦那が最初に聞いて、旦那から聞いただけだから、完全な又聞きなのよ。うーんと小さい時に出会ってから、16歳になるまで、10年近く名前知らなくって『ゾンビさん』って呼んでたの」


 好きな人のこと全部知りたいって思う気持ちわかるわ。

 私もこんな時があった・・・かな。ふふ。


 今は旦那のへそくりの場所以外興味ないけれど。


「小さい時からの知り合い・・・」

 また、ロザリーちゃんの声は、ずんと落ち込んだ声になる。


「その当時の先生なんて手の甲から鼠の尻尾が生えてたりして本当にグロかったから、遊び相手として友達として好きだっただけよ。小さかったから、ゾンビだってよくわからなかっただけで、もう少し大きくなってから、彼と出会っていたら、きっと全速力で逃げ出していたわよ」


 なんで私がこんなに必死になって言い訳しなければならないのよ。

 それもこれもシャムロックがちゃんと説明していないのが悪い。


「本人を前にしてそこまで言わなくてもいいだろ」

 シャムロックが渋い顔で言う。


「シャムロックは黙ってて!じゃあ、こうしましょう。私の知っていること全部しゃべるから、ロザリーちゃんが知っているシャムロック・・・じゃなかったトリス先生のことを全部しゃべって。それでおあいこでしょ?」


 いつもは『トリス先生』って呼ぶように気をつけているんだけれど、私たち夫婦を幸せに導いてくれたあのシャムロックが、ついに安らげる場所を手に入れたんだと思うと、ついつい『シャムロック』と呼んでしまう。

 ロザリーちゃんは私が『シャムロック』って呼ぶたびに、シャムロックの過去を知らないんだって思って、負けた気持ちになるんだろう。


 このまま、シャムロックのことを聞かれるままぽつぽつ受け答えしていたら、私が答えを渡すたびにロザリーちゃん落ち込んでしまう。知っていることを一気にしゃべってしまおう。


 もっとも、親しく遊んでいたのは子供の頃で、その頃にシャムロックのことをいろいろ聞いていたかもしれないけれど、今はほとんど覚えていない。


「えっと・・・」


 旦那の過去を暴露しあうことに、躊躇ためらいがあったのだろう。

 ロザリーちゃんが、不安そうに先生に向ける。

 

 ロザリーちゃんの視線に先生は微笑んで穏やかに、というか眠たそうに答える。


「君を信じて私の秘密を渡しているのだから、君が話してもいいって思う人には話していいよ。私は寝るから、好きなだけおしゃべり大会でも、井戸端・・・はちょっと困るけれど台所会議でもして。自分の分のお皿くらいは起きたら洗うから置いておいて・・・お休み」

 言うだけ言うと、あくびをかみ殺してさっさと居間から出て行ってしまった。


 「君を信じて~」のくだりは、ロザリーちゃんのことを信頼しているんだなって安心したのに、寝るから後は適当にって・・・説明責任放棄したな。

 

 じゃがグラタンというかじゃがとチーズがぷかぷか浮いている冷めた薄いミルクスープには一切、手をつけずにあらかたの料理を食べ終わったウチの旦那は話が長くなると判断したのか、それともまったく興味がなかったのか「仕事に戻る」と言ってさっさと帰った。


「本当は・・・先生の過去を無理やり聞き出したんです・・・。先生は全部話したら・・・出て行くつもりだったんです・・・わたし、先生の秘密を預かってていいんでしょうか?」


 先生の人様ひとさまには知られたくない過去をいきなり渡されて、自分がいつしゃべってしまわないか、自分が先生の信頼に一生答え続けられるか不安なのだろう。


「あなたに口止めするどころか全部をあなたに任せてくれたってことは・・・話し始めたときはそりゃ無理やりだったかもしれないけれど、今はあなたのことを信頼しているってことよ。まあ、うっかり漏れたとしても、法螺話にしか思えないから、大きな秘密を背負ったとか考え込まなくてもいいよ。重たくなったら、いくらでも話聞いてあげるから」


 秘密を一生抱え込むなんてことは難しい。

 先生も自分の秘密を、過去を一人で抱え続けることに限界が来ていたのかもしれない。


 私が、この村に住みついたシャムロックとほとんど接触しなかったのは、うっかりシャムロックの過去が漏れてしまう可能性を少しでも防ぐためだ。

 シャムロックの話は子どもたちにも一切していないし、子どもたちの『トリス先生』の話も「へ~」と返事する程度で、こちらから積極的に話を持ちかけることはしなかった。

 子どもたちの会話を聞いている時、何度、シャムロックの秘密が喉から出かかったかわからない。


 私は、ロザリーちゃんの背をぽんぽん叩くと、私の持っている秘密を打ち明けた。


「じゃあ、私から先生の面白い話教えてあげる。私が先生と会ったのはね――」


アイリスとロザリーのおしゃべりは夕方まで続きましたとさ。


今回したのが、婚姻届の提出で、一ヵ月後に執り行うのが結婚式・・・のような感じです。

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