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02 トリス先生の日常1(トリスが村に来て半年後)

※『お姫様とスケルトン』『ゾンビとアカツメクサ』の後日談です。

ロザリーの日常1のトリス先生バージョンです。


 私は、トリス。しばらく前まで、ゾンビをやっていたが、半年前、人間に戻った。

 復活した私は、アイリスたちの村に行った。

 アイリスを助けてから、数年経っていたようだった。アイリスとハンスには二人の子どもができていた。


 アイリスは、私の左の薬指に嵌められているアカツメクサの指輪を見て、

「馬とあの時手に入ったお金で指輪を買い戻したのよ。あなたに返せる日が来るなんて・・・」

 と涙ぐみ、私に手渡そうとした。


「人違いだ。受け取れない」と固辞したが、「何か入用な時のために取っておいて」と自分が昔言った言葉を持ち出されてはどうしようもない。


 アイリスに心配されずとも、ほとんどの財産をイースト レペンスに接収されたとはいえ、城に行けば隠し部屋に幾ばくかの財宝が残っている。


 一度、手放した過去が、また手元に戻ってきた。


 見れば過去を思い出し苦しくなるが、結局、赤いルビーの指輪は手元に残し、他の財産で牧場に残っていた“あの子”を買った。


「久しぶりだな。名前は?」

「ホントにこいつでいいんですか?そいつ結構な年ですぜ」

「この馬でいいよ」

「名前は旦那がつけてくだせぇ」


 そうして、私は数年ぶりに再会した馬に「フェルナンデス」と名を付けた。


 死んでいる間は、何もする気も起きず、ただ早く死ぬことを願っていた。


 が、生きている以上、やりたいことは出てくるわけで、国の統治者として国力を上げられなくとも、国民の生活を少しでも向上させたいという思いは200年経っても変わらなかった。


 半年経った今は、教師兼薬師として、この村で暮らしている。

 三人いる私の料理当番は今日はロザリーだ。

「行儀悪いですよ。食べながら物を書くなんて」


 一旦食事をする手を止めて、ロザリーの妹に渡す物語を書きながら、

「いつも、ありがとう」

 とロザリーに礼を言う。


 いつも、夜中に書くのだが、もう一人の子に渡す物語を考えているうちに夜が明けてしまった。

 もう一人の子はミーナというのだが、どうしてもいい物語が思い浮かばなかった。

 希望は聞いていたし、希望の物語の内容も知っている・・・が、いざ書こうとペンを紙の上に置くと昔を思い出して、息苦しくなる。ミーナには悪いが第二希望を聞いて書こう。


「ご飯のほうを優先してください」

 ロザリーはため息をついて、私の向かいで本をめくる。


 ロザリーが料理当番の時は、本当に楽だ。

 他の料理当番二人は、人が昼食を取っている最中に好きな女性のタイプはとか、恋人はいるんですかとか、質問が多い。しまいには、何があったなどと自分の周りに起きた小さな事件も話し出す。

 女性って何であんなに淀みなくしゃべれるんだろう。

 食事くらいゆっくり摂らせて欲しい。困ったのはこの村に来る前はどこで何をしていたのか聞いてきた時だ。

 さすがに、『森でゾンビをしていました』なんて言えない。


 私は、料理を作ってもらっている立場なのであまり強くはいえない。

 それでも何度かの告白はきっぱり断ったが、彼女たちは堪える様子もなく、昨日も告白を受けた。


 ほっといてと言ってるのにほっておいてくれない。


 料理の練習をしようにも村の人は親の手伝いをしながら、自然に料理を覚えているようで、料理本なんて、一冊も無い。


 自炊できるようにロザリーにこっそり習おうか。


 でも、一人だけに教わると、他の二人が知った時に、ロザリーが問い詰められて、立場が悪くなるのではないか。 狭い村だし、恋人だとか変な噂が流れたら彼女も困るだろう。

 

 さて、なんと言って切り出そう。と思ったところで、私があらかた食べ終わったのを確認したロザリーが立ち上がって、本を棚(私の手書きの本だけなので、本棚と言うには程遠い)に戻して「じゃあ」と言う。


「ありがとう。また」

 私が短く礼を言うとちょっと振り返って、にっこり微笑んで帰っていった。


 料理の相談は次でいいか。


 ☆


 三日後――


 彼女が料理を作っている間は、いつもどおり、答案の採点と、午後の授業の準備をする。


 子どもが授業を受けられる時間はまちまちでそれぞれ、書き取り中心で習いたいのか算数中心で習いたいのか違うから大変だ。まともに時間が取れるなら、たとえ苦手でも、両方しっかり教えるのだが、時間が足りない。限られた時間で得意なことを伸ばしていかないと。


 でも、料理は苦手などとは言ってられない。ご飯を食べ終わったらロザリーに料理を教えてもらえないか尋ねないと。


 先に口を開いたのはロザリーだった。

「先生、ありがとうございます。お姫様が月に帰っていく話、面白かったです。妹も喜んでいました」

 よほど、嬉しかったのだろう。私に対して、呆れたり、細かい忠告をすることが多いロザリーが花のように笑う。


「それは何より。でも、女の子の好むような話はあまり知らないから、ストックはほとんどないんだよ」

 そう返して、また食事に集中する。


 しばらく私がご飯をしっかり食べているか監視しながら、ロザリーは本を繰る。


 ふっと彼女は視線を私の手に落として口を開く。

「トリス先生。シロツメクサの指輪の伝説、知らないんですって?」


 ロザリーの言葉に思わずスプーンを皿に突っ込んだまま、固まってしまう。


「なんなら、私が教えてあげましょうか?子どもたちも、自分の良く知っている話の方が覚えやすいし」

 ロザリーはにこやかに話し続ける。


 私の異変は彼女に悟られなかったようだ。それなら、穏便に別の話に話題を変えよう。

「いい」

 答える声が硬かったのは仕方がない。すかさず次の話題に――


「何でですか?先生も好きな人に告白する時に役に立つお話ですよ。あと、ここらへんで有名なのは死霊王子の伝説かなぁ」


『シロツメクサの指輪』も『死霊王子』も短いお話だ。

 文字を覚え始めの子どもには丁度良い教本になる。

 自分のよく知っている物語のほうが覚えやすいと言うのは同意するが、なんで、わざわざ自分の失恋話を自分から話さなければならない。


 大体、私にとっては、あれの結末はまったく別のものだ。

 国が隣国に吸収されたことと一人の侍女を――


 自分は報いを受けたのだ。だが――


 また、あの時のことを思い出して、気分が悪くなる。


 私は、今の穏やかな暮らしに十分満足している。これ以上のことは望んでいない。


 ――私はあんな激しい感情を二度と持たないと決めている。


「誰かに告白する予定もないし、子どもたちがもうすぐ来る。話はいいからもう帰ってくれないか?」

 ああ。なるべく穏やかな声で言おうと思っていたのに、思わず出た声音は、自分の心の波を無理やり押さえつけたような声にしかならなかった。


 さすがに、私の常にない態度に驚いたのだろう。

「別に今すぐ誰かと付き合えとか言ってるわけわけじゃないですよ。せっかくだから知っといたらって言っただけじゃない!」

 彼女は椅子から立ち上がり、怒鳴ると教本を机に置いたまま、出て行ってしまった。


 まあ、彼女にしたら、普通に世間話をしていたのに、突然、先生が機嫌を損ねたようにしか見えない。


 三日後にお互いに謝って、しばらくの間はギクシャクしたがゆっくり日常に戻っていった。


 態度が急変した言い訳を三日間考えていたのに「お腹すきすぎて、機嫌悪くしてしまった」と言う絶対嘘だとわかる言い訳しか言えなかったが、彼女は快く許してくれた。


 ――結局、彼女に「五分料理指導」をお願いできたのは、一ヵ月後のことだ。

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