32
マナがここへ戻ってから、すでに二週間が経っていた。
シイナはフジオミに言ったとおり、マナの懐柔に努めていた。決して無理強いはせず、以前と同じように宥めるように説得を繰り返す。
「ねえ、博士。何度も言ったわよね。あたし、ユウが好きなのよ」
「ええ。それはわかるわ。でも、それは問題ではないのよ」
「博士、聞いて――」
「ああ。マナ、いい子だから、落ち着いて考えてみてちょうだい。あなたには大切な使命があるのよ。あなたにしか、できないことなのよ。無理強いはしたくないの。あなたはいい子だもの。きっともう少ししたら私の言っていることがわかるはずよ」
そう言ってシイナは部屋を出ていった。
「ユウ……」
マナは泣きそうになるのを必死で堪えた。
シイナはマナの話を決して真剣に聞いてくれようとはしなかった。子供を宥めるように教え諭すだけだ。マナが何を言っても取り扱ってくれることもない。
マナは失望した。
思ったとおりに、ここでマナと真剣に話をしてくれる者などいない。自分はかごの中で飼われる動物のようだと、マナは思った。
シイナには、危険だからと許可してもらえなかったけれど、せめて外に出たかった。
風が吹く、土の上に立ちたかった。
ここは息がつまる。
止まった時間の中でゆっくりと生きているように、全てが緩慢で、味気ない。
ユウが来る前に、このままでは自分のほうがおかしくなって死んでしまうような気さえ、していた。そして、何よりマナは恐れていた。失望が憎しみに変わることを。
かつてユウがシイナを憎んだように、自分の想いが憎しみに変わることだけは、いやだった。愛したものを憎むのは、つらいことだ。その愛が強ければなおさらに。
シイナを、ユウを、愛している。
だからこそ、愛し続けていたかった。
「ユウ いつまで、あなたのこと待てばいいの…早く来て…」
何度も、ユウが迎えにきてくれる夢を見たけれど、目が覚めて虚しい現実に引き戻されれば、いつも哀しくて泣いてしまう。
いつ来るかわからないものを待つのは、苦痛だった。
このまま、彼が迎えにくるのを待っているだけでいいのだろうか――そう、考えてしまう。何もせずに、ただ待っていてもいいものなのかと。
考えすぎて、嫌な結論を導きだしてしまいそうになるのも一度ではない。
迎えに来ないユウ。
それは来ないのではなく、来れないのだと。
あの爆発に巻き込まれ、もはや生きてはいないのではないかと。
いっそ死んでしまおうか。そう考えたこともあった。
簡単だ。
ユウがいない世界に何の意味がある。
あの声を聞けないのなら、あの微笑みが向けられないのなら、自分を抱く強い腕がないのなら、生きることはもはや死に等しい。
そう思いながらも、自分が踏み切れないのは、心のどこかで、ユウの死を否定しているからだ。
ユウが自分を一人残して死ぬはずがない。
約束したのだ。
ここを離れて、海の向こうの見知らぬ世界へ行こうと。
少しの可能性でも在るのなら、全てを否定することはできない。決して。自分以外の全ての人間がそうしても。
「――」
そうだ。他人の言うことなど、なぜ信じられる。
老人も言ったではないか。
人の言葉を信じるよりまず先に、それが真実であるかどうか自分が確かめろと。
自分の目で、確かめるのだ。
ユウの死体を見るまでは決して信じない。
もし自分達がすれ違ったとしても、彼はきっと見つけてくれるはずだ。シイナ達よりも早く。
「行くわ、ユウ、あなたの所へ」
マナは迅速に行動を起こした。コンピュータにアクセスし、地図を呼び出す。
だが、地図を見てがっかりした。ここからあの廃墟までは相当の距離がある。ヘリではどのくらいの時間でどのくらいの距離を飛んだのかも、マナにはわからない。
こんなことなら、よく見ておけばよかった。気を失っている暇などなかったのに。本当に、自分には知らないことが多すぎる。
さらにコンピュータにアクセスし、近辺の地形、環境のデータを引き出す。
徒歩で行くならマナの足ではまず無理だ。
しかし、徒歩は無理だが、ドームには移動に使うジープがあるはずだ。廃墟まで来たクローン達は、シイナと違って陸を移動したはずだ。ならば、車で廃墟まで行くことは可能なはずだ。運転は、教わればいい。これから。
マナは引き出したデータの中から必要なものだけをプリントアウトした。
誰も信じられない。
一人でやらなければ。