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 遠くで、自分を呼ぶ声がする。


 マナはその呼び声に、驚いた。

 これが夢なのだということを忘れていた。

 近づく声は、やがて懐かしい姿を現す。


(おじいちゃん!!)


 マナはかけより、老人に抱きついた。


これこれ、マナ。


(会いたかったの。おじいちゃんに、本当に会いたかったの)


 しがみついたまま、マナは顔を上げた。

 前と何ら変わることのない、懐かしい老人の顔がある。


(今おじいちゃんはどこにいるの? 死んだ人達が行く場所に、いるの?)


私達はどこにも行かないよ。ずっとここにいるんだよ。おまえたちと同じ世界に。


(土に、なったの?)


そうでもあるし、そうでないとも言える。私達は、地球と同化したのだ。


(地球? 今、あたしが立っている、球体のことよね?)


そうだ。死もまた消滅ではありえなかった。肉体は失われても魂はここにある。私達は、全ての命を産み出した世界へ、もう一度還ったんだよ。


(命って、何なの? どこから来るの?)


 聞いた瞬間、マナは風を感じた。海から来る、あの風を。

 さあっと足元を水が包んだ。

 下を見ると、マナは海にいた。足首までの水が風にさざめいていた。


命は、太古の海から産まれた。海は、地球から産まれた。地球は、宇宙から。たくさんのほんの些細なきっかけから、たくさんの奇跡が産まれた。今ここにおまえさんやユウが存在していること、これこそが、奇跡なんだよ。


(海の向こうには何があるの)


 老人は静かに腕を上げ、指差した。


ありのままの命が。全ての命が存在する世界が。


(そこでなら、あたしたち生きていける?)


 マナの言葉に、老人が満足げに頷いた。


マナ。自由になりなさい、全てのことから。全てのしがらみを断ち切って、ただ、あるがままに。どこまでも続く海の向こうへでも、おまえさんは行ける。ユウが、連れていってくれる。


(おじいちゃん。あたし、ユウと一緒にいてもいいの?)


 老人は答えなかった。ただ、微笑んでマナを見ていた。


憶えておきなさい。例えどんなことが起きようとも、私達の還る場所は、この世界しかないのだということを。


 光が降ってきた。


そろそろ、行かねばならんようだ。


(おじいちゃん?)


 老人の身体が、光に融ける。同時に質感がなくなる。


いつもおまえさんたちが幸せであるように祈っているよ。


 声すら希薄になる。

 マナは老人を捕らえようと必死で手を伸ばした。


(待って、おじいちゃん!!)


 マナの願いは届かなかった。

 光がマナの視界から老人を奪った。

 そしてそのまま輝き、全てを隠した。



「…ナ」

 ユウの声に、マナは目を開ける。

 心配そうに覗き込むユウ。

 手を伸ばし、確かめた。

「ユウ」

 木のはぜる音。

 焚火があたたかに周囲を彩っていた。

 風の当たらぬ場所に起こした焚火を前に、寄り添ったまま眠ってしまっていたのか。

「泣いていた。何か、恐い夢でも見たのか」

「ううん。おじいちゃんが、来たのよ」

「おじいちゃんが?」

「自由になって行きなさいって。全てのしがらみを断ち切って、ただ、あるがままに。そう言ったの」

 マナは腕を伸ばしてユウにしがみついた。抱きしめかえす強い腕を感じる。

 この少年とともに生きると、自分で決めたのだ。

「遠くへ行きましょう」

 微笑って、マナは言った。

「マナ――?」

「ここを離れて、もう誰もいない海の向こうへ行きたいの。ユウ、連れていって」

「本気なのか、マナ?」

「ええ」

 ユウは身体を離し、不安げにマナを見つめていた。

「何があるかわからないよ。食べるものだって、ないかもしれない」

 マナは笑って首を横に振った。

「あなたがいればいいの。だから、二人で行きましょう。海を越えて、世界の果てへ」

「マナ――」

 幸福な未来を確信して、マナはまだ見ぬ世界を思った。

「あなたと見るなら、世界はきっとどこでも美しいでしょうね。そうして、二人で生きていくのよ。まだ見たこともない世界で、まだ見たことのない美しい色と、光と、たくさんの生命の群れを、あなたと見るの」



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