24
強い想いを感じた。こみあげるように。
あなたを探している。
様々な感情が漂い、移ろい、とどまることもなく。
そんな中で、唯一確かなもののように。
あなたを、探している。
違う。これは自分ではない。
自分の感情ではない。
すぐにわかった。
限りなく近く、それでも重ならない。
マナは自分がどこにいるのか、なぜ、ここにいるのかわからなかった。
白く反射する世界。
ドームの内壁に似ていた。白く、どこまでも白く続く、静かに死に絶えたような世界。
振り返ろうとした。
その時、視界の片隅に何かをとらえた。
背の高い、痩せた男が立っていた。
その姿を視界にとらえた時、泣きたくなるほどの懐かしさを感じた。
知らないはずなのに、ずっと昔から知っていたように思えた。
彼を、探していたのだ。
彼を、待っていたのだ。
確信した。
多分それが、ユカがずっと愛していた男だ。
顔が見たかった。
オリジナルであるユカがそんなにも愛した男の顔を、見ておきたかった。
だが、遠ざかる自分を感じた。
もう二度と逢えない。
これが、最後なのに。
胸が痛くなるほどの愛しさ。
マナは、自分が誰なのかもわからなくなるほどの強い想いに、ただ翻弄された。
にわかに現実に立ち返ったのは、自分を見据える瞳に気づいてだ。
同じ瞳が、自分を見つめていた。まるで、鏡を覗くかの如く。
椅子に背をあずけたまま、うたた寝をしていたのだ。
でも、ただの夢ではない。
ただの夢ならば、こんなに胸は痛まない。
これは目の前の、ユカの深層意識に同調したためだ。
「…ぜ、泣…の?」
なぜ、泣くの。
初めて聞く声。
なんという、無垢な声。
声音さえ、自分と似て聞こえた。
「あなたのせいよ…あなたがあたしたちをこんなひどい目に合わせたのよ…どうして――どうして、こんなことしたの…? 何が望みだったの……教えてよ…」
こぼれる涙は後から後からシーツを濡らした。
ぎゅっと目をつぶり、マナは涙を堪えようとした。
不意に、頬に何かが触れた。
驚いて目を開ける。そして、マナは自分に触れている、ユカの手を感じた。
「ユカ……?」
「なぜ…泣く、の…」
夢見るかのような虚ろな眼差し。
だが、触れる指は確かだ。
指先から、流れこむあたたかな感情も。
何の苦しみもない、ただ、愛しさにあふれた感情。
胸が痛い。
彼女の中には、もう愛しか、なかった。
愛とともに生きることしか、できなかった。
そうだ。どんなになっても、生きることを望んだのだ。
どんな姿でもいい。
どんな人生でもいい。
こんなに絶望しかなくても。
それでも、生きていたい。
生きていてほしい。
そう思えるまで、ユカは何度涙を流したのだろう。
何度絶望し、それを越えてきたのだろう。
生きることさえできなかった命を、彼女はたくさん通り過ぎてきたのだ。
愛していると、告げることすらできなかったか弱く愛しい命達。
そんな中で、ようやく出会えた新しい命。
愛さないわけがない。
愛せないわけがない。
「…ユウ…」
愛しさに、胸がつまる。
こんなにも、愛していたのだ。
切ないほどに。
痛いほどに。
だから、ユウも何年経っても、色褪せることなく憶えているのだ。
あまりにも大きな、深い愛情だったから、失った哀しみを癒せずにずっとあがいていたのだ。
でも、愛は今もここにある。
彼女の内側に、今も変わらず、愛は生き続けてる。
「ユウ…来て…」
マナは我知らず呼んでいた。
「ユウ、来て!! お願い、今すぐ!!」
今しかないのだ。
今を逃せば、もうない。
(今なら伝えられる――だって、この人は自分だもの)
「マナ、どうした!?」
強い思念に呼ばれて、空間から不意に現われるユウは、切迫したマナの声音に戸惑っているようにも見えた。
「来て、ユウ、今しかないの!!」
手を伸ばして、マナはユウに叫んだ。それに応えるユウの大きな手を、マナはしっかりととらえた。
触れた瞬間、ユウは感電したかのように身を震わせた。
そして気づく。マナを通して、ユカに触れていることを。その心に、触れていることを。
初めての感覚に無意識に身をひきかけるその手に、マナはありったけの想いをこめた。
今感じているものが、真っすぐに、正直に、ユウに届くことを願いながら。
「マナ――」
「ユカの心よ。あなたへの想いよ。今しかないわ。受け取って」
触れた肌から伝わる、確かな感情。
伝わる愛。
涙がこぼれる。
見失い、求め続けた愛が、還っていく。
愛されていたのだ。
今も、少しも変わることなく。
ユカの想いに融けて、ユウの想いもまた、彼女に還っていく。
あふれる涙を拭いもせずに、ユウは一言、呼んだ。
「…かあさん――っ!!」
虚ろな瞳が、一瞬だけユウに向かって焦点を結んだような気がした。
唇が、かすかに笑みを刻んだような気が、した。