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 強い想いを感じた。こみあげるように。


 あなたを探している。


 様々な感情が漂い、移ろい、とどまることもなく。

 そんな中で、唯一確かなもののように。


 あなたを、探している。


 違う。これは自分ではない。

 自分の感情ではない。

 すぐにわかった。

 限りなく近く、それでも重ならない。

 マナは自分がどこにいるのか、なぜ、ここにいるのかわからなかった。

 白く反射する世界。

 ドームの内壁に似ていた。白く、どこまでも白く続く、静かに死に絶えたような世界。

 振り返ろうとした。

 その時、視界の片隅に何かをとらえた。


 背の高い、痩せた男が立っていた。


 その姿を視界にとらえた時、泣きたくなるほどの懐かしさを感じた。

 知らないはずなのに、ずっと昔から知っていたように思えた。


 彼を、探していたのだ。

 彼を、待っていたのだ。


 確信した。

 多分それが、ユカがずっと愛していた男だ。

 顔が見たかった。

 オリジナルであるユカがそんなにも愛した男の顔を、見ておきたかった。

 だが、遠ざかる自分を感じた。


 もう二度と逢えない。


 これが、最後なのに。

 胸が痛くなるほどの愛しさ。

 マナは、自分が誰なのかもわからなくなるほどの強い想いに、ただ翻弄された。



 にわかに現実に立ち返ったのは、自分を見据える瞳に気づいてだ。

 同じ瞳が、自分を見つめていた。まるで、鏡を覗くかの如く。

 椅子に背をあずけたまま、うたた寝をしていたのだ。

 でも、ただの夢ではない。

 ただの夢ならば、こんなに胸は痛まない。

 これは目の前の、ユカの深層意識に同調したためだ。


「…ぜ、泣…の?」


 なぜ、泣くの。

 初めて聞く声。

 なんという、無垢な声。

 声音さえ、自分と似て聞こえた。

「あなたのせいよ…あなたがあたしたちをこんなひどい目に合わせたのよ…どうして――どうして、こんなことしたの…? 何が望みだったの……教えてよ…」

 こぼれる涙は後から後からシーツを濡らした。

 ぎゅっと目をつぶり、マナは涙を堪えようとした。

 不意に、頬に何かが触れた。

 驚いて目を開ける。そして、マナは自分に触れている、ユカの手を感じた。

「ユカ……?」

「なぜ…泣く、の…」

 夢見るかのような虚ろな眼差し。

 だが、触れる指は確かだ。

 指先から、流れこむあたたかな感情も。

 何の苦しみもない、ただ、愛しさにあふれた感情。


 胸が痛い。


 彼女の中には、もう愛しか、なかった。

 愛とともに生きることしか、できなかった。

 そうだ。どんなになっても、生きることを望んだのだ。


 どんな姿でもいい。

 どんな人生でもいい。

 こんなに絶望しかなくても。

 それでも、生きていたい。

 生きていてほしい。


 そう思えるまで、ユカは何度涙を流したのだろう。

 何度絶望し、それを越えてきたのだろう。

 生きることさえできなかった命を、彼女はたくさん通り過ぎてきたのだ。

 愛していると、告げることすらできなかったか弱く愛しい命達。

 そんな中で、ようやく出会えた新しい命。

 愛さないわけがない。

 愛せないわけがない。


「…ユウ…」


 愛しさに、胸がつまる。

 こんなにも、愛していたのだ。

 切ないほどに。

 痛いほどに。

 だから、ユウも何年経っても、色褪せることなく憶えているのだ。

 あまりにも大きな、深い愛情だったから、失った哀しみを癒せずにずっとあがいていたのだ。

 でも、愛は今もここにある。

 彼女の内側に、今も変わらず、愛は生き続けてる。

「ユウ…来て…」

 マナは我知らず呼んでいた。


「ユウ、来て!! お願い、今すぐ!!」


 今しかないのだ。

 今を逃せば、もうない。


(今なら伝えられる――だって、この人は自分だもの)


「マナ、どうした!?」

 強い思念に呼ばれて、空間から不意に現われるユウは、切迫したマナの声音に戸惑っているようにも見えた。

「来て、ユウ、今しかないの!!」

 手を伸ばして、マナはユウに叫んだ。それに応えるユウの大きな手を、マナはしっかりととらえた。

 触れた瞬間、ユウは感電したかのように身を震わせた。

 そして気づく。マナを通して、ユカに触れていることを。その心に、触れていることを。

 初めての感覚に無意識に身をひきかけるその手に、マナはありったけの想いをこめた。

 今感じているものが、真っすぐに、正直に、ユウに届くことを願いながら。

「マナ――」

「ユカの心よ。あなたへの想いよ。今しかないわ。受け取って」

 触れた肌から伝わる、確かな感情。

 伝わる愛。


 涙がこぼれる。


 見失い、求め続けた愛が、還っていく。


 愛されていたのだ。

 今も、少しも変わることなく。


 ユカの想いに融けて、ユウの想いもまた、彼女に還っていく。

 あふれる涙を拭いもせずに、ユウは一言、呼んだ。


「…かあさん――っ!!」


 虚ろな瞳が、一瞬だけユウに向かって焦点を結んだような気がした。

 唇が、かすかに笑みを刻んだような気が、した。




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