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永い歴史の中で、今、人という種が滅びを迎えようとしていた。
原因はわからなかった。ただ、徐々に人間から、生殖能力が奪われていった。それがどの種族にも平等に訪れたことは、大いなる運命であったのかもしれない。
半世紀ほど前に、人類のほとんどは地球上から消え去ったと推測される。最初に、陸続きであるユーラシア、アフリカ大陸に住む人間が死に絶えた。なぜか死は、感染するかのように広大な大陸にいる人々に襲いかかっていったのだ。
そうして、オーストラリア、アメリカ両大陸に住む人々も相次いで死に絶えた。
かつて『日本』と呼ばれた経済大国は、辛うじて現在までは生き長らえた。だが、彼らを絶滅から救ったのは、島国であったということだけが原因ではなかった。
人類の滅亡が戦争や災害ではなく、生殖能力の衰えによってもたらされると発表されてから、世界は恐慌状態に陥った。日本も例外ではない。それ以前からの著しい人口の激減により、日本人の総数は、全盛期の半数にも満たなかったという。それでも、他国からの移住や帰化を特例としてしか認めなかったこの国は、自らの滅びは己れの国だけで迎えることを選んだのだ。
彼等の社会を支える支柱となったのは学者達だった。生物学、遺伝子工学、人類学その他の専門的な知識を持つ者達が来たるべき時に備えて日本社会を根本から覆した。
いわゆる、〈鎖国〉状態に入ったのである。
科学技術の粋をこらしてドームという完全なる閉鎖空間を作り出し、外部からの接触をいっさい排除した。
その当時では、己れのことに手いっぱいだった他国は、どこもこの小さな島国に関心を持たなかった。もちろん国内での反対もあったが、元来己れの国以外を排除しがちな状況であっただけに、強行突破されてしまえば、人々は意外にすんなりとその対策を受け入れ始めていった。
ただ、前回と違うのはどの国との交渉も完全に断ったということだ。
その頃までには、彼らはあらゆる弊害を克服していた。
人口の減少に加えて、完全自給自足がなったこの小さな島国は、ただ自分達の血脈が永遠に生き続けることだけを考えればよかったのだ。
だが、いかなる高度な技術をもってしても、生命の領域を支配することはできなかった。
現在、この島に存在する人間は、登録上で二百人たらず。ただし、純粋な人間は、その四分の一にも満たない。そのほとんどは、クローニングによる複製体であった。そして、複製体のほとんどは、世代を重ねるごとに生殖能力をもたずに産まれるようになった。
クローンは、もはや人間とははっきりと区別されており、労働用として扱われている。
生殖能力を失いながら細々と続く人間が終わりを迎えていく一方で、彼らはクローニングによる技術を駆使して、彼らの社会を保ち続けた。その奇妙な形態こそが、彼らの未来をねじまげていくことも気づかぬまま。
ねじまげられた未来にかろうじて生き残る人間達。
それが幸か不幸かは、彼ら自身にさえ、すでにわからなくなっていた。