13 静かな渇望
渇くような想いだけが、
静かに胸の底で息をしていた。
満たされることのない願いは、
声にもならず、ただそこに残り続ける――
マナと会わない日が三日続いた。
彼は今、マナが唯一来ない地下にいた。
いつものように。
この一年、日課となった作業を機械的にこなす。
体を動かしている間は何も考えなくてすむが、
作業が終わればまた、現実を直視しなければならない。
必要な電源だけを残し、
それ以外のすべてが消えていることを確かめると、
ユウは部屋を出ようとして、ふと足を止めた。
ここから出たら、マナに会ってしまうかもしれない。
その時、自分は一体何を言えるだろう。
マナの前であんな風にシイナを非難したが、
自分にその資格はあるのか。
自分だって、全てをマナに話しているわけではない。
こうして真実に触れる部分は隠したままだ。
全てを教えもせずにマナに判断しろなどと、
本来なら言える訳がないのだ。
マナが苦しいように、
ユウもまた、苦しかった。
マナを傷つけたいわけではなかった。
ただ、哀しいだけだ。
哀しみだけが、日毎に強く、この胸を圧迫していくから。
時折、呼吸していることすら億劫になる。
今ここにいる自分が、嫌で嫌でたまらない。
許してほしいのに。
一番に誰よりも。
どんな愛でもいい。
必要としてほしい。
ここにいてもいいのだと言ってほしい。
望むのは間違いなのか。
愛されないから憎むのか。
シイナという女を、
怒りなしに思い起すことは不可能だった。
だが、今ユウは怒りだけでない感情を、
呼び起こさずにはいられなかった。
向けられた微笑みを。
あたたかな眼差しを。
優しく語られた言葉を。
もうとっくに忘れかけていたあたたかな感情まで甦るのは、苦痛に近い。
ユウは胸を押さえた。
あの頃は、全てを信じていられた。
世界は自分のためだけにあるように、幸福だった。
「――」
シイナの面影と、マナが重なった。
シイナのように、いつかマナも、自分から去る。
欲しいものは、決して得られない。
どうして、自分は――
ユウは顔を上げ、振り返り、ただ一点を凝視した。
「……どうして」
決して彼を受け入れない、その姿を。
「教えてくれ。
どうして、あんたのその目に、俺は映らないんだ。
生きているのに。
触れられるのに。
どうして俺だけを切り離すんだ……」
それは決して届かない、声だった。
地下室を出てから真っ直ぐ自室へ戻ったユウだが、
気分が晴れずに外へと向かおうと部屋を出、階段を降りた。
「ユウ?」
階段の踊り場で呼び止められ、苦い思いで顔を上げる。
だが、今は誰とも話をしたくなかった。
口を開けば、自分はまたマナにあたりちらすだろう。
ユウは黙って階段を下りて外へと向かった。
追いかけてくる足音が響く。
「ユウ、待って。あなたに話があるのよ」
マナの声に、ユウは振り返った。
彼女は真っすぐにユウを見つめていた。
彼が戸惑いを覚えるほど一途に。
マナは階段を駆け下り、ユウの前に立った。
「ごめんなさい、ユウ。
あなたのこと、疑ったりして。
とても反省してるわ。
でも、あたしは博士が好きなの。
ユウを好きなのと同じくらい、
博士もフジオミもおじいちゃんも好きなの。
ユウは博士を好きなあたしを、許してはくれない?
やっぱり、一緒にいるの、いやかしら」
遮られるのを恐れるように、マナは一息に喋った。
「――」
ユウは遠い瞳で、マナを見ていた。
そのままマナを通り抜け、
自分を動かすものに想いを馳せる。
その感情がどういうものかは、
自分からはあまりにも遠すぎて、
理解することはできなかったけれど。
マナの意志は、もう揺らがない。
彼女は自分で考え、そして選んだのだ。
「シイナは、あんたに優しかった?」
穏やかなユウの問いに、マナはしっかりと頷いた。
「とても優しかったわ」
マナの気持ちは、マナだけのものだ。
自分の憎しみが、自分だけのものであるように。
ユウは、それを理解した。
そして、受け入れた。
「それなら、いい。
あんたはあんたが信じたいものを信じればいい。
誰も、人の心に強制はできない。
俺が憎む分、あんたは愛せばいい。
俺が許さなくても、
あんたが許せばきっとシイナは幸せになる」
不思議と、心は穏やかだった。
マナの瞳は、いつも迷わずに自分を見据える。
マナは、今ここにいる自分を、確かに見てくれる。
「マナ、あんたは強い女だ」
「強い? あたしが?」
「ああ。とても、強い」
自分よりもずっと。
自分は一体、誰を見ているのだろう。
「俺はずっと、あんたに会いたかった。
あんたが俺を知るずっと前から、
俺はいつか、
あんたに聞きたいと思っていたことがあったんだ」
「それは何?」
「もういいんだ。
もう、どうでもいいことだから」
目の前のこの少女が愛しかった。
だがそれは、決して許されないものであることも知っていた。
「それでも、俺は……
ずっとあんたに会いたかったんだ」




