11
マナと会わない日が三日続いた。
彼は今、マナが唯一来ない地下にいた。いつものように。
この一年、日課となった作業を機械的にこなす。
体を動かしている間は何も考えなくてすむが、作業が終わればまた、現実を直視しなければならない。
必要な電源だけを残し、それ以外のすべてが消えていることを確かめると、ユウは部屋を出ようとして、ふと足を止めた。
ここから出たら、マナに会ってしまうかもしれない。
その時、自分は一体何を言えるだろう。
マナの前であんな風にシイナを非難したが、自分にその資格はあるのか。
自分だって、全てをマナに話しているわけではない。
こうして真実に触れる部分は隠したままだ。
全てを教えもせずに、マナに判断しろなどと、本来なら言える訳がないのだ。
マナが苦しいように、ユウもまた苦しかった。
マナを傷つけたいわけではなかった。
ただ、哀しいだけだ。哀しみだけが、日毎に強く、この胸を圧迫していくから。
時折、呼吸していることすら億劫になる。
今ここにいる自分が、嫌で嫌でたまらない。
許してほしいのに。
一番に誰よりも。
どんな愛でもいい。
必要としてほしい。
ここにいてもいいのだと言ってほしい。
望むのは間違いなのか。
愛されないから憎むのか。
シイナという女を、怒りなしに思い起すことは不可能だった。
だが、今ユウは怒りだけでない感情を、呼び起こさずにはいられなかった。
向けられた微笑みを。
あたたかな眼差しを。
優しく語られた言葉を。
もうとっくに忘れかけていたあたたかな感情まで甦るのは、苦痛に近い。
ユウは胸を押さえた。
あの頃は、全てを信じていられた。
世界は自分のためだけにあるように、幸福だった。
「――」
シイナの面影と、マナが重なった。
シイナのように、いつかマナも、自分から去る。
欲しいものは、決して得られない。
どうして、自分は――
ユウは顔を上げ、振り返り、ただ一点を凝視した。
「……どうして」
決して彼を受け入れない、その姿を。
「教えてくれ。どうして、あんたのその目に、俺は映らないんだ。生きているのに。触れられるのに。どうして俺だけを切り離すんだ……」
それは決して届かない、声だった。
地下室を出てから真っ直ぐ自室へ戻ったユウだが、気分が晴れずに外へと向かおうと部屋を出、階段を降りた。
「ユウ?」
階段の踊り場で呼び止められ、苦い思いで顔を上げる。
だが、今は誰とも話をしたくなかった。口を開けば、自分はまたマナにあたりちらすだろう。
ユウは黙って階段を下りて外へと向かった。
追いかけてくる足音が響く。
「ユウ、待って。あなたに話があるのよ」
マナの声に、ユウは振り返った。
彼女は真っすぐにユウを見つめていた。
彼が戸惑いを覚えるほど一途に。
マナは階段を駆け下り、ユウの前に立った。
「ごめんなさい、ユウ。あなたのこと、疑ったりして。とても反省してるわ。
でも、あたしは博士が好きなの。ユウを好きなのと同じくらい、博士もフジオミもおじいちゃんも好きなの。ユウは博士を好きなあたしを、許してはくれない? やっぱり、一緒にいるの、いやかしら」
遮られるのを恐れるように、マナは一息に喋った。
「――」
ユウは遠い瞳で、マナを見ていた。
そのままマナを通り抜け、自分を動かすものに想いを馳せる。その感情がどういうものかは、自分からはあまりにも遠すぎて、理解することはできなかったけれど。
マナの意志は、もう揺らがない。
彼女は自分で考え、そして選んだのだ。
「シイナは、あんたに優しかった?」
穏やかなユウの問いに、マナはしっかりと頷いた。
「とても優しかったわ」
マナの気持ちは、マナだけのものだ。
自分の憎しみが、自分だけのものであるように。
ユウは、それを理解した。そして、受け入れた。
「それなら、いい。あんたはあんたが信じたいものを信じればいい。誰も、人の心に強制はできない。俺が憎む分、あんたは愛せばいい。俺が許さなくても、あんたが許せばきっとシイナは幸せになる」
不思議と、心は穏やかだった。
マナの瞳は、いつも迷わずに自分を見据える。
マナは、今ここにいる自分を、確かに見てくれる。
「マナ、あんたは強い女だ」
「強い? あたしが?」
「ああ。とても、強い」
自分よりもずっと。
自分は一体、誰を見ているのだろう。
「俺はずっと、あんたに会いたかった。あんたが俺を知るずっと前から、俺はいつか、あんたに聞きたいと思っていたことがあったんだ」
「それは何?」
「もういいんだ。もう、どうでもいいことだから」
目の前のこの少女が愛しかった。
だがそれは、決して許されないものであることも知っていた。
「それでも、俺は、ずっとあんたに会いたかったんだ――」