そんな告白最低だ! WEEK
あたしは机に伏せて、夕闇に染まっている空を教室から眺めていた。
前にも夕日をこうやって眺めていたのを覚えている。だから、これは二度めのこと。時間が戻ったわけじゃない。チャンスは、終わっている。
チャンスをあたしはもらった。その結果が、どんなものであるとしても受け止めることにしていた。
最後のチャンスからもう一週間がたっている。一週間の間、あたしは放課後には必ずこうしていた。
優人は、ちゃんと答えてくれた。今度も、ちゃんと。
優人の答えは、変わらないままだったけど、それでよかった。それだからよかった。
教室のドアが開く。あたしは窓の方を向いていたが、誰が入ってくるのかわかった。
「……また、ここにいたのか」
優人が、ドアを開けた。そのままこっちに歩いてくる。
そのままあたしの突っ伏している席の前に来る。顔を優人の方に向ける。
「……また、来たの?」
あたしも優人が訊いてきたのと同じような質問をする。
「…………約束があるんだよ」
「今日も、約束?」
あたしの質問に、優人は「ああ」と答えた。
「…………帰らないのか?」
と、優人があたしに言った。
「帰る……? どこに?」
「自分の家に」
「誰と?」
「…………つまりは言わせたいだけか」
「ん、そうだよ~」
と、あたしは蘭みたいな口調で言った。と言っても蘭の口調をおっとりした感じで言ってるんだが。
「…………約束だろ。一緒に帰るのは」
「誰と?」
「俺とおまえがだ」
「……ヤダぁ」
あたしはふにゃ、っとにやけるように笑った。
「……寝ぼけてるのか?」
と優人は鞄を床に置いて、あたしに目線を合わせてくる。
「…………優人ぉ……なでてぇ……」
「…………お前、何言ってんだよ」
「頭ぁ、撫でてって言ったのぉ……」
……自分でもいったい何を言ってるんだ? と思う。でも、浮かんだ言葉がそれだったから、パッと声に出しただけ。
「ナオ…………寝ぼけてるのか?」
優人はもう一回あたしに聞く。
「ん~」
あたしは頭を軽く横に振って答える。
「早くぅ~…………」
「………………………………はいよ」
優人はしゃがんで目線を合わせていたが、立ち上がる。そしてあたしが伏せている机の端っこに座る。
優人はあたしの頭に優しく手をのせてくれる。あたしの手よりも大きい、あたしより優しい手。
優人の手がゆっくり動き始める。あたしの髪を乱すことなく、やわらかく。
「これが終わったら帰る。わかったな?」
「分かったぁ……」
あたしは素直に返事をする。
「…………絶対寝ぼけてるだろ」
優人は、そう言いつつもあたしの頭をなで続けてくれる。そのせいで、頬が熱くなる。
「寝ぼけてなんかないよ」
あたしはそう言って、優人の空いている方の手に右手を重ねる。
優人の右手から、優人の体温を感じる。なぜか少し熱い気がする。
「テレてる?」
「……恥ずかしいだけだ」
優人がそう言うなら、そうなんだろう。あたしはそう結論付けて重ねた手に少し力を込める。
「……寝ぼけてないよ。……したもん」
あたしが、チャンスをもらった時に言ったから。
――もう、絶対に嘘はつかない。優人と二人でいるときは。
約束したから。
「……好きならちゃんと言葉がほしい。行動だけじゃわかんないから、言葉にだけは嘘を混ぜちゃダメ」
「……それは、俺に言ったんじゃなかったのか?」
「あたしにも言ったの。ずっと嘘ばっかりだったから」
あたしは、ずっと嘘をついてきた。自分の言葉だけじゃない。気持ちも、行動も、全部。嘘ばっかりだった。
誰にもばれなかった。誰でもそれが本当のあたしだと思ってくれていた。……そう思ってた。けど、蘭は違ってた。それが分かったから吹っ切れた。吹っ切れたかどうかはわかんないけど、優人の前だけでは嘘をはつかない。二人の時だけは。
「……俺だって、ずっと嘘ばっかりだっただろ」
優人はそう言って右手を少し動かしてあたしの手の指の間に自分の指を絡ませてくる。
そうなのかもしれない。優人はずっと嘘をついてきた。そうなんだろう。
けど……。あたしなんかより、ずっと少なかった。嘘をついてた回数も、時間も。
あたしは、誰にも自分から本当の自分を見せようとはしなかった。家族でも。
優人は、信頼できる友達とか、家族とか、ごく一部だけど本当の自分を見せていた。
そこからまず違う。
あたしは、自分のために嘘をついてた。自分が壊れないように。
優人も、自分のためだった。表向きは他人のためだけど、本当は自分のため。
ここは同じ。
あたしは逃げるだけだった。ただ見たくなくて、そっぽを向いていた。
優人は、何度も振り返ってそれを見ていた。後悔して、何度も何度も振り返った。
優人の方が強かった。
「でも、優人は言ってくれたもん。『最後のチャンスをくれ』って」
最後には、優人はちゃんとやり直した。
今度は、全部真正面から向き合ってた。
「俺は卑怯だから、あんなこと言っておいて、こんなことしてんだぞ?」
「あたしもそうだよ。卑怯だから、あんなことをした」
優人に好きかって訊いた。散々自分が訊かれてきたのに。優人のことが好きかどうか、聞かれても答えなかった。蘭は、気付いただけだった。
「それに俺は……今も卑怯だ。だって俺はこんなことしてる。お前と付き合ってるわけじゃないのに」
優人が頭をなでるのを止める。
そうだ。付き合ってなんかない。あたしたちは。
「俺はお前に好きだって言っておいて、付き合ってない。お前は、俺のこと好きで、付き合いたいって言ったのに……」
「でも、一か月後には答えをくれるんでしょ?」
「…………約束だからな」
一か月後。あたしのラストチャンスから一か月後の七月二十二日。優人は答えるって言ってくれた。今のあたしたちはまさに『恋人未満友達以上』の関係だった。
「……一か月たって、あたしが優人に嫌われてたらダメになるんだよね」
「……そうだ。なのにお前はこんなお前らしくもないことをしてる。そういうのが俺は一番嫌いだって知ってるはずなのに」
優人は指を絡めた手の力を抜いて離れようとする。でも、あたしが力を入れて止める。
「……そうだね、知ってるよそれくらい。でも違う。これが本当のあたし。こんな子供みたいなのがあたし」
「……お前ヤンデレ化するぞ」
「するかもしれないね。……でも、女の子はさ、好きな人にはいっぱい甘えたいんだよ。あたしみたいに弱い女の子もそう」
自分のことを女の子って呼ぶなんて、ほんと変わっちゃってる。
「だから、言ってほしいの」
あたしは、優人と同じように手の力を抜く。そしてそのまま手を――絡めた指を離す。
「こんな行動なんかどうでもいい。言葉がほしいの」
あたしは顔を上げる。そしてちゃんと優人を見る。優人を見上げる。
「……言ったよな。俺はお前に」
「あの時はそうだった。でも違う。今はどうなのか知りたいの」
目は逸らさない。絶対に。
「……………………言えば、いいのか?」
「……うん」
「言ったら一緒に帰る。約束しろ」
「うん」
あたしは二回うなずいて答える。
「…………はぁ……。ヤンデレになるな、これは。……でも、俺はお前のことが好きだ」
――卑怯だけど、俺はお前のことが、好きだ。
その言葉は、返事は、答えは。まだ変わらないらしい。すごく安心する。
一度答えを聞いていても、次に聞いたときは答えが違うかもしれない。そんな難しい人の心だから。不安になる。だから聞くときは絶対に胸が痛くなる。前みたいに。
優人は床に置いた鞄を取る。あたしの鞄もまとめて右手に持つ。
「……帰るぞ」
あたしは無言で立ち上がる。
優人はドアの方に向かって歩いていく。こっちは向いてない。
あたしは小走りで優人の横に――左側に並ぶ。
同時に優人の手をつかむ。
「誰も見てないなら、手、繋ごうよ」
「……行動なんかどうれもいいんじゃないのか? こういうのも」
「女の子に矛盾なんか指摘してもダメ。矛盾だらけだもん。繋いでたいからこうしてるだけだもん」
そう言ってあたしはすこし歩調を遅くした。
優人もあたしに合わせてくれる。それが分かっていたから。
すこしでもこうやっている時間が長く続いてほしかった。
「……なんならキスでもいいぞ」
優人が平然と表情一つ変えずに言う。
「バーカ。上限が抱き着くまででしょ? キスは、ちゃんと付き合ってからって約束。あたしに変な期待させないの」
「期待したのかよ」
「するよ。優人にもっと甘えたいもん」
「……ほんと、デレデレになってんな」
「あたしはこうだから。しょうがないんだよ」
「……しょうがない、か。好きなんだしな、そんなこと言うお前が」
「ベタな台詞だね」
「……嘘は言わない約束だからな。しょうがないんだよ」
優人はそう言って指を絡めてくれる。それがうれしくて、赤くなりながらもあたしは笑った。
「しょうがないよね」