戦地からの手紙――夫は今日も王女に振り回されている
日々戦地にいる夫から、今日も手紙が届いた。
『妻へ
今日もこちらは荒れています。
朝方、前線は突如として崩壊。
自分が整えた布陣は一瞬で瓦解。
物資は各所に散乱し、辺りは焦土と化しました。
王女殿下は怒り狂って当たり散らしてきます。
途方に暮れましたが、本部より援軍があり、なんとか戦線を立ち直らせることができました。
また軍曹に助けられました。
今は補給物資にあった甘味を口にしつつ、束の間の休息を得ています』
……惨状が目に浮かぶようだ。
王女の癇癪は、さぞ激しかろう。
戦いに次ぐ戦い。
夫は疲弊しきっているはずだ。
何もできない自分が歯がゆい。
救いは、軍曹殿が近くにいてくれることか。
厳しいお方だが、いざというときは誰より頼りになる。
私自身、何度も助けられた。
今度お会いしたときには、よくよくお礼を申し上げねば。
『こちらのことは何も案じるな、と言えればよいのですが。
貴女には正直でありたい。
だからこそ、強がりは申しません。
みっともない自分を知っていてなお、共に歩んでくれると信じています』
頬がゆるむ。
そうとも。私たちは人生において、一番相棒だ。
弱音を吐いてもらった方が、こちらとしてはむしろ嬉しい。
『どうかそちらも無理はしないでください。
貴女の無事こそ、自分の勝利です。
無事に会える日を心待ちにしています。
夫より』
体は大きいくせに、夫の文字はちまちまと小さい。
かわいくて、つい紙面を撫でる。
『追伸
お守りをありがとうございました。
しかし、困ったことに、王女が大変気に入り返してくれません。
どうやら彼女のものになってしまいそうです』
私は苦笑した。
(姫があれを気に入るとは)
お守りは渋い色合いで、意匠は獅子。
彼女が気に入るとは思わなかった。
(夫には、新しく作って送るかな)
私はしまい込んである裁縫箱を手に取った。
一針一針、想いを込めて刺す。
遠い地いる彼の平穏を願って。
*****
二つ目のお守りができあがった頃。
また夫から手紙が届いた。
『妻へ
本日は例の、月に一度の大規模戦闘に参加しました。
会場には歴戦の猛者が集結。皆、面構えが只者ではありません。
開戦前から漂う殺気に、思わず息を呑みました。
合図とともに、各隊が突入。
自分も前線へ躍り出ましたが、敵勢の圧力は凄まじく、一時は押し戻される場面も。
幸運にも、同期の戦友と合流することができました。
連携を取りつつ突破を試み、どうにか目標物資の確保に成功。
戦果は上々で、昼の補給は大いに充実したものとなりました』
私はウンウンとうなずいてしまった。
糧食は大事だからな。
腹が減っては、戦はできない。
『ほっとできたのも束の間。
ほんの一瞬、目を逸らした隙に王女を見失いました。
血の気が引きました。
幸い、危険区域への侵入をエリーゼが察知。
彼女の迅速な牽制により、大事には至りませんでした』
ほう……エリーゼが。
彼女は姫に興味がなさそうだった。
むしろ煩わしそうにしていた気がするが。
ちゃんと仲間として認めていたんだな。良かった。
『エリーゼ。
彼女は本当にすばらしい存在です。
ただかわいいだけではない。聡明な上に、優しい。
自分が動揺しているときは静かに寄り添い、何をいわずとも理解してくれます。
一段と彼女が愛おしくなりました』
私は思わず、むっと口をとがらせてしまった。
エリーゼは、私が出会う前からあの人の側にいた。
私よりも長い時間を、彼と共に過ごしている。
そう思うと、少しだけ胸がざわつく。
……分かっている。
大事な姫を守ってくれたのだ。
感謝こそすれ、妬くなど大人げない。
しかし、それでも。
静かに寄り添う、などと書かれると、少し不愉快だ。
『そちらはいかがですか?
そろそろ冷える時季です。
どうか温かくして過ごしてください。
同封のマフラーは、貴女に似合うと思って手に入れたものです。
元気で会える日を心待ちにしています。
夫より』
私はマフラーを手に取り、頬ずりした。
温かい。彼の手のひらを思い出す――柔らかさについては、マフラーの方が何倍も快適だが。
鮮やかな赤色は、私がいっとう好きな色だ。
細かいことをちゃんと覚えていてくれるのが嬉しい。
もうすぐ、こちらも大事な戦いがある。
これがあれば勝てそうな気がする。
「クライン、準備は順調か?」
私は部屋を出て、書き物をしている男性に話しかけた。
「買い物の首尾はどうだ」
「値切って集めているところですよ。期日までには間に合わせます」
「実家に無心した金は?」
「あいにくと、財布のヒモは固いようで」
クラインは肩をすくめる。
私もやれやれとため息をついた。
「ま、想定内だ。当初の予定通りで進めよう」
「はい。――それ」
クラインが、私の首に巻かれたマフラーを指した。
ふっと笑う。
「旦那様からですか? よくお似合いですね」
「だろう?」
私は胸を張り、贈り物を見せびらかした。
それから、少しため息をつく。
「……夫がな。エリーゼとねんごろにしているようなんだ」
「エリーゼと? 別にいいじゃないですか」
「良くない」
私は机をバンと叩いた。
「彼女は今頃、夫のひざを独り占めしているんだ。
それを想像すると――」
「猫と張り合わないでくださいよ」
クラインに呆れられるが、私は本気だ。
結婚前、夫はエリーゼをとてもかわいがっていて、二人はまるで恋人同士のようだったのだ。
「あの泥棒猫……!」
「向こうからしたら、あなたが泥棒猫ですよね」
非情なことをいって、クラインは書類を渡して来た。
「サインください。早く」
「おまえ、人の心がないのか?」
「『雑巾は、三回絞れる』と仰った方に言われたくありません」
返す言葉がない。
私はすごすごと自室に引き返した。
*****
大事な決戦の前夜。
夫から手紙が届いた。
『妻へ
本日の戦況は、予想を上回るものでした。
同期の救援要請に応え、急遽、王子殿下の身柄を一時預かることとなりました。
王女一人でも統率は困難だというのに、王子は突撃型。
両名の連携攻撃は凄まじく、室内は再び焦土と化しました。
自分は防衛と補給をこなしつつ、甘味による和平交渉を試みましたが、効果は一時的。
軍曹殿の増援なくして鎮圧は不可能でした。
……やはり経験値が違います。
敬服しました。
しかし戦いの後、思わぬ戦果がありました。
王女殿下が、紙に自分と貴女の姿を描いてくれたのです。
どうやら我々は、手をつないでいるらしい。
自分はやけに大きく、貴女は赤い何かを身につけています。
おそらく、先日送ったマフラーでしょう。
姫は誇らしげにこう仰られました。
「ぱぱ、まま」
……この喜びをどう言い表したら良いのか。
すべての苦労が報われた思いでした。
この感動を、貴女とすぐに分かち合えないのが残念でなりません。
無事の帰還を、日々祈っております。
夫より
追伸
かねてより検討していた乳母の件ですが、王女殿下は他者を完全拒否。
引き続き、自分がこの任を全うすることとなりました。
心して励みます』
同封の絵を見たら、たちまち目が涙でうるんだ。
部屋に入って来たクラインが、ぎょっとする。
「どうされたんです、大尉。目にゴミでも?」
「これを見てくれ。うちの姫が描いたんだ」
「ああ、娘さん。もうクレヨンが持てるようになったんですか。子どもの成長は早いですねえ」
絵はぐちゃぐちゃの丸と、何本も線が縦に引かれているだけだが、私には分かる。
我々夫婦の姿が想像できた。
「……というか、娘さんのこと、姫って呼んでいるんですね」
「本当は名前自体を”プリンセス”にしたかったんだが。
夫に止められた」
「親バカが極まっていて妙に安心しました。
『無涙の赤鬼』もちゃんと人の親なのですね」
「上司への侮辱罪で処すぞ、中尉」
拳を振り上げた拍子に、手紙が落ちた。
拾いながら、クラインが言う。
「旦那様、お一人で育児とは。大変でしょうね」
「大変だよ。一年三百六十五日、休みなし。非番すらない。
相手は時間も状況も選ばず仕掛けてくるからな」
クラインが小さく笑う。
「食事もゆっくりとはいかないのでは?」
「冷えた糧食を立ったまま流し込むのが常だろう。
そして自分の皿に手をつけた頃には、また戦端が開かれる」
「それは過酷な」
「自分ことはすべて後回し。
朝はだれより早く起きて、夜はだれより遅く眠る。
近頃は、トイレですら単独行動が許されんそうだ」
クラインが吹き出した。
「本当に、あちらも戦場ですね」
「頭が下がるよ」
娘を出産し、すぐ職場に帰った私は頭をかいた。
「まあでも、義母の助けもあるようだし。
なんだかんだ楽しんでいるようだよ。
月一の市場の特売に参加したり、同じ年の子供がいる母親と交流したりな」
「それはよかった。ケガで退役となって……気落ちしていないか、心配していましたが」
クラインは夫の同期だ。同じ隊にいたこともあり、仲が良い。
「よかったら、家に遊びに来てくれ。
下戸同士だから、夫はおまえと会うのが好きらしい」
「ぜひ。――そのためには、まず大掃除を完了させなくてはなりませんが」
机の上に、地図が広げられる。
私もクラインも、表情を引き締めた。
「本題に入りましょう。
糧食は五日分を確保。砲弾と弾薬は七割。医療品は不足気味です」
「実家――本部の支援がない割に、良くやってくれた。感謝する」
「第一小隊、西の高地。第二小隊、南の林縁。狙撃班は尾根へ。退路は北の渓谷に確保済みです」
「通信は?」
「問題なし。伝令も走らせています」
私はうなずいた。
「よろしい。予定通りセールを始めよう」
「セール?」
「命の特売会場だろう? 戦場は」
クラインが神経質に片眉を上げた。
「不謹慎ですよ、大尉」
「悪いな。あだ名の通り、血も涙もないもので」
私は首に赤いマフラーを巻いた。
違う戦場にいる夫の手紙を、胸ポケットへしまう。
「では、行くぞ。我々の戦場へ」
「はい」
私は長銃を肩に担ぎ、部屋を出た。
『戦場からの手紙』をキーワードに、しんみりした話を書きたかったのに……しんみりどこいった!
お読みいただき、ありがとうございました。




