トルレア的戦術モデル
トルレア世界における会戦の基本形、いわゆる「トルレア的戦術モデル」は、魔法使いおよび結界術師を中核とする結界運用を前提として成立している。この戦術モデルは、魔法がなお決定的な力であり続ける世界において、いかにして大規模な軍事行動と集団戦闘を成立させるかという歴史的試行錯誤の帰結であった。
トルレア的軍隊は、進軍および戦闘に際して、魔法防御結界と矢避けの結界という二種の結界を重層的に展開する。魔法防御結界とは、結界内外の魔力の流動をある程度遮断することで、外部からの魔法・魔術の直接的干渉を防ぐものである。ただしこれは絶対的な遮断ではなく、結界を維持する者の技能や魔力量を超える負荷が加えられた場合、あるいは長時間にわたって圧迫された場合には、結界は徐々に不安定化し、最終的には機能を喪失する。一方、矢避けの結界は矢や投槍、弩弓弾、さらには火砲による鉄球など、物理的遠距離攻撃の推力を大幅に低減させるものであり、速度と運動エネルギーに依存する攻撃ほど効果的に無力化される。
これらの結界は、魔法使いや結界術師によって戦列全体を覆うように構築され、歩兵はその内部で密集した隊列を保ちながら前進する。結界は「移動する空間」として機能し、戦列とともに緩やかに進む。もし軍に在籍する魔法使いや結界術師の人数、あるいはその技術水準が不足している場合、魔法防御結界と矢避けの結界のいずれか一方しか展開できなかったり、あるいは極めて脆弱な結界しか維持できないこともある。そのような状態では、敵側が複数の魔法使いあるいは魔術師による集中攻撃を行うだけで、軍団全体が短時間で壊滅する危険性すらある。
理論上は、相当高位の魔法使いであれば、他者の結界に干渉し、矢避けの結界や魔法防御結界そのものを無効化することも不可能ではない。しかし、他者の魔法体系に直接干渉する行為は極めて困難であり、歴史上でも数えるほどの例外的存在を除いて、実戦で実現できた者はほとんどいない。さらに、結界魔術および結界魔法は、そのような干渉をある程度想定した構造を持って設計されているため、通常の魔法使いや魔術師が戦場で即興的に敵結界を操作することは事実上不可能である。また、結界魔術は儀式や段階的な詠唱を経て発動される体系化された技術であり、突発的に小規模結界を生成して敵結界に差し込むといった運用はできない。
このため、矢避けの結界と魔法防御結界の双方が十分に発動されている軍同士が正面から対峙する会戦においては、まず前哨戦として投石器や火砲が用いられることが多い。これは矢避けの結界が遠距離物理攻撃の推力を大きく低減させるという特性を逆手に取った戦法で、ある程度の重量を持つ岩塊や鉄球であれば、たとえ速度が抑えられても、その自重によって歩兵を押し潰すことが可能であるからである。これに対して防御側は、魔法使いや魔術師が衝撃によって岩や鉄球を弾き飛ばしたり、矢避けの魔法を追加で行使し、落下する岩や鉄球の運動を空中で減衰・停止させ、可能な限り跳ね除けることで被害を抑えようとする。
こうした前哨戦の間も、両軍は徐々に距離を詰めていく。そして、それぞれの結界の先端部分が重なり合ったとき、結界の交差領域が生じる。この領域は、あたかも二つの結界が一つの空間として認識されるような状態であり、その内部においては魔法防御結界による魔力遮断が成立せず、魔法や魔術が阻害されることなく行使される。同時に矢避けの結界の効果も失われるため、物理的遠距離攻撃も有効となる。
そんな領域において、歩兵の先頭集団同士が衝突した段階で、歩兵隊列の中に潜んでいた魔術師が魔術を行使し、敵戦列に直接的な損害を与える。この際、在籍する結界術師の人数が多い場合や、前線まで結界魔術のスクロールを運び込むことに成功した場合には、交差領域の背後や側面に追加の防御結界を張り、前線の生存性を高めることもある。
魔導革命以前の時代においては、剣や長槍による近接戦闘が会戦の最前線を形作っていた。魔術師や魔法使いはその背後から攻撃を加え、局地的に均衡を崩す役割を担っていた。また、魔法的防御を施された騎兵を用いて敵の側背を突き、結界術師や後方支援部隊を襲撃することも勝利の定石であった。
さらに彼らは、後方の投石器や火砲を沈黙させるための高機動打撃兵力としても運用されていた。
しかし魔導革命以降、戦場の様相は大きく変化した。前線の歩兵は、最低限の人数が長槍を携えて騎兵突撃に備える一方で、多くの兵士がスクロールを用いて魔術の弾幕を形成する役割を担うようになった。
スクロール自体が精密なものであるため、輸送中の損傷や製作時の不備によって発動しない事例も少なからず存在したが、その平均発動率はおよそ八六パーセントに達しており、軍事運用上は致命的な問題とは見なされなかった。不発の多くは単に魔術が発動しないだけであり、暴発による味方被害が発生する例は稀であったためである。
スクロールに刻める魔術には規模と複雑性の限界があり、大規模な魔術を施そうとすれば、輸送や保管の負担、そして製作コストが急激に増大する。そのため、大出力の魔術については魔術師自身が前線で発動した方が合理的である場合が多い。因みに、結界魔術は即時展開が可能であり、少数の結界術師でも一定規模の結界を維持できるという利点から、スクロール化されることも多かった。少々脱線したが、この結果、一般兵士が携行するスクロールには、火弾などの初等戦闘魔術が刻まれることが主流となったのである。
しかし、初等戦闘魔術は、スクロールで発動した場合、込められている魔力の少なさゆえに弾道が不安定になりやすいという欠点を持つ。魔術師や魔法使いであれば、発動後も自身の魔力によって弾道を補正し、命中精度を高めることができるが、スクロールにはそのような機能は存在しない。この問題を補うため、少しでも命中率を高める手段として、兵士が密集隊形を組み、集団で同時に魔術を発動する戦法が最適解と見なされた。
こうして魔導革命以降の戦場では、双方の兵士がスクロールを用いて初等戦闘魔術の弾幕を形成し、互いに削り合うことが基本となった。歩兵はスクロールに魔石を用いて魔力補充を行い、その間に突撃してくる騎兵を長槍兵が防ぎ、補充が完了すると再び一斉に魔術を放って弾幕を再構築する。この循環こそが、近代トルレア的戦術モデルの中核を成す戦闘様式であり、魔法と量産技術が共存する時代の会戦を特徴づけるものであった。




