退屈な日に会った二人?
玄関の扉を開けると狙っていたかのようにピュウっと冷たい風が吹く。高い建物が周りに無い分風がよく通り、すぐに鼻先と耳が赤くなってしまう。曇っているせいで日差しもなく、とても寒い日だった。
こんな日に何をしに外に出るか。理由は「退屈」だったからだ。響きはかっこよく聞こえるが、実際はテレビで聞いたこともない心理学者が『退屈な時は行ったことのない道を歩くと良い』と言ってたのを実践するだけだ。正直期待はしていない。
ここの街は野良猫を地域で飼う、いわゆる地域猫というものを採用しているので至る所に猫がいる。アレルギーだったら即時引っ越し案件だ。塀の上、階段の上、ポストの下、誰かが用意した座布団の上など様々な所に居座っていた。
言われた通り知らない道を歩いていると、とあるアパートからの排気熱でぬくぬくと温まっている猫がおり、私は思わず足を止めてしまった。こんな日に冷房をつけている不届き者がいるのかというのに驚いたのもあるが、それは雲が出ていないながらも艶めく黒色、足はどこへ行ったのか聞きたくなるくらいに丸っこい体、舌をちょこっと出したまま黄色に細長い黒の瞳で私のことを見ていたのだ。私は撫でたくて堪らなかったが悪魔のような理性が止めてきた。
「なあ、撫でてしまったら私がブレてしまうのではないか?」
ついに理性が自我を持ち、漫画か何かみたいに話しかけてくるようになってしまったのか、と私は自分の頭がおかしくなってしまっているのではないかと少し絶望じみた感情になっていた。
「誰も見ていない。見ていたとしてもお前のことなど知りやしない。それなのに何故触らない選択肢がある?」
ついに猫が喋り始め、口も動かさずにテレパシーをしてくるようになったのか、と私は完全に自分の頭がおかしくなったと思い絶望した。それにこんな喋り方と声だなんて、イメージと完全に違った。
私は自覚をすると受け入れるタイプだったので、猫と理性と私の三人?で会話をする。側から見たら現代で使用したらいけないとされる言葉のようだろう。だが幸い人通りは殆どゼロだった。
「私はどんな人間だ。今になって私を出そうと?キモちワルい」
「キモちワルいキモちワルい」
会話と言ったが、猫はにゃあと鳴くのみだった。結局理性が自己嫌悪を引き起こし、人を呼んだ。仕方なく私は猫を撫でるのを見送りその場を離れた。猫はまたにゃあと鳴いた。私は心の奥底で撫でたかったと思ったが、それも理性によってかき消された。
しかし、中々楽しいひとときだった。心理学者は心理学者を名乗る程のことはあった。自己嫌悪の時もどうすれば良いか言っていたな。『鏡を見ながらニコッとする』だったはず。私は理性に話しかけた。
「猫は好き?」 返事は無かった。




