二章・第三話ブレイブダンジョンへ⑤
◇◇◇◇◇
イルは完全に緊張の渦に呑まれていた。
再会した当初の…
魔ネズミとの戦闘時のように…
今世での、戦闘経験の無い肉体が
恐怖で萎縮し、
前世の記憶と、意識上でのイメージとが
相反し、動かなくなっているのだろう。
(まずいな…)
リーンはイルの様子を察知し、
僅かに眉を顰め、
自身の杖を握り直す。
そして、改めて対面の牙ネズミを
見据える。
ずんぐりとした姿にそぐわず、
牙ネズミは俊敏な動きで
イルとの間合いを徐々に
詰めてきていた。
恐らく…
イルの怯えを感知して、
最初の攻撃対象にイルを
定めたのだろう。
「ギギィィィ」
巨大な牙を見せつけるかのように、
ひと鳴きした牙ネズミは、
それを、戦闘の合図だと言わんばかりに
一気に間合いを詰めてきた。
瞬間、
イルの死角に入ると同時に
飛びかかる!
イルが…それに気づいた時には
既に牙ネズミは
黄ばんで濁った唾液を撒き散らし、
大口を開けていた!
その臭気で咽せるほど至近距離に迫り…
「⁈⁈」
牙ネズミは急所の首を狙う。
イルの首筋に巨大な牙が食い込む…
そんな刹那!
イルは…
"懐かしい"
…と感じた。
理屈で説明することはできない…
だが、体が勝手に
懐かしい感覚に呼応していた。
ザシュ!!
何かを切り裂く音だ。
イルは瞬時、自分が牙ネズミに
噛み付かれたのかと思った。
だが、何故か痛みは無い…
懐かしさを感じてから、
先ほどまで自身を縛っていた
緊張が解け、
意識は妙に凪いでいた。
あの音の正体… …
イルの手先に音以上に生々しい
感触が伝わってくる。
皮を裂き肉を斬り、
骨を断ち…血と脂を振り切る…
それらを一息の間に成し得た、
この感触は…
「うわぁぁぁ⁈」
続けて、イルの視界は血で染まった。
イルは、自分の叫びに自分で驚き、
やっと我に返る。
「リ、リーン様⁈
ぼ、僕…牙ネズミにやられちゃった⁈」
血を滴らせながら、
イルは泣き声になる。
一連の事象を自身で
把握できないまま、
ショックでその場にしゃがみ込む。
「死んだかも…僕、死んだ…」
「…何を言ってるのだ?
自分で牙ネズミを見事に
真っ二つにしたくせに」
牙ネズミがイルに襲いかかった
刹那…
リーンは杖で攻撃しようとした。
だが…それよりも速く、
イルの剣が動いていた。
恐らく、意識的に剣を振るった訳では
ないのだろう。
前世での記憶が無意識に
剣を動かした…
しかし、
再会当初の戦闘時のイルとは違い、
今は練習に裏付けされた
身体が作られていた。
日々の特訓が
前世での太刀筋と多少噛み合うことで
"この"結果が出たのだ。
◇◇◇◇◇
(ブレイブダンジョンへ⑥へ続く)




