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第6話 目利きの武器屋


翌朝。宿の自室で目を開けると、二日酔いの鈍さが頭の芯に残っていた。

(酒、弱いな俺。ほどほどにしよう……)

とはいえ昨夜は悪くなかった。ゼトとアルモンと、距離が縮まった気がする。


今日は2人が狩り、俺は留守番。気晴らしに街を歩こう。何か思い出すかもしれない。

身支度を整え、腰には名の刻まれた短刀。階段を降りると、アリシアが掃除をしていた。


「おはよう。手伝う?」

「おはようベリア。ううん、平気。お散歩? 迷子にならないように、ね」

「子ども扱いは心外だけど、気をつけるよ」


宿は南の大通り沿い。表へ出ると、石畳が十字に延び、人の波に色と声が乗っていた。中央広場へ向かうと、噴水の中央で三本尾の狐像が水を噴く。北側には領主館、門前の旗にも同じ狐。


(小さいが、いい街だ)


北の大通りへ抜けると、鉄の匂いが強くなる。鍛冶の音、油に濡れた革、壁いっぱいの剣と盾——武器屋の看板が目に入った。

《ギルバート》と彫られている。


* * *


扉を押すと、乾いた鈴の音。客が数人、思い思いに刃を眺めている。奥では店主と思われる髭の男が椅子にふんぞり返り、葉巻をくゆらせながら冊子を読んでいた。


剣、刀、槍、短剣。反対側には革鎧や盾。俺は自然に刀の棚へ吸い寄せられていた。

樽に無造作に突っ込まれた刀の中から1本(値札は1万ベル)を抜く。悪くはないが、魔火が刃まで通り切らない感覚。棚奥の丁寧に掛けられた刀は値が張る(1万〜100万ベル)。百の札が付いた1本をそっと抜いた瞬間、違いは明確だった。刀身に触れずともわかる、魔火の乗りの良さ。


(やっぱり“魔火まか”だ。身体の中を巡るこの熱。刃に流せる)


試しに腰の短刀を抜き刃へ魔火を落とす——刃が静かに応える。と、重鎧の客がビクリと振り返った。俺は慌てて魔火を散らす。


他の客たちは気付いていないようだ。——いや、店主の男は冊子に目を落としたまま、口の端だけで笑っていた。今のやり取りを面白がってる。


その後もいくつかの武器を確かめる。

わかったことは2つ。

1つ、俺にいちばん馴染むのは刀。次いで短刀と片手剣。他は“扱える”より“扱えそうにする”感触が強い。

2つ、魔火の通りが良いほど値が上がる。頑丈さとは必ずしも一致しないが、魔火を乗せられる刃は、脆く見えても折れにくい。


……わからないのは、金の価値だ。ベルって一体いくら分なんだ。あとでアリシアかアルモンに聞こう。


「おい坊主、閉めるぞ」

店主の声で我に返る。客はいつの間にか誰もいない。


「すみません。すぐ出ます」

「いや、構わん。ずいぶん刃物が好きらしいな」

葉巻を外し、男はにやりと笑った。


「楽しそうに見てたが……金はあるのか?」


正直に首を振る。

「一文無しです」


「はっはっ! 金無しか!」 

嫌味はなく、むしろ愉快そうだ。

「で、気に入ったのはあったか?」


俺は少し考えて、正直に答えた。

「刀が欲しい。——でも“これだ”って一本は無かった」


「そうか、無かったか」男は肩を揺らして笑い、奥へ引っ込むと一振りの刀を持って戻ってきた。

「じゃあ、これはどうだ」


受け取った瞬間、喉の奥で小さく息が鳴った。余計な装飾のない、素直な造り。魔火を触れさせると、刃がすっと全身に馴染む。


「……いい刀だ」

「だろうよ。だが、そいつは売り物じゃねぇ」

「金がないから、どっちみち買えないさ」


店主の視線が俺の腰へ落ちる。

「その短刀、売るなら考えてやらんでもない」


(柄しか見てないのに分かる……目利きだな)

「悪い。これは売れない。唯一の手がかりなんだ」

「ふん、だろうな」


男はつまらなそうに鼻を鳴らし、代わりに顎をしゃくった。

「じゃあこうしよう。樽の中から一本、好きなの持ってけ。ツケだ。稼いだら返しに来い」


「……いいのか?」

「刀が無きゃ困るんだろ。稼げねぇ顔じゃないからな」


ありがたく樽へ向かい、魔火の通りが比較的良い1本を選ぶ。店主は受け取るなり口をへの字にする。

「もっと頑丈なやつもあったろうに」

「これが一番“振れる”」

「チッ……欲しいくらいだよ、そういう勘。ほら、鞘とベルトも持ってけ。サービスだ」


「サービス……本当に?」

「あぁ? やめるか?」

「いや、甘えます! ありがとう!」


不貞腐れた顔の奥に、少しだけ嬉しそうな色。

「閉店だ。また来い」

「必ず」


店を出ると、空は群青に沈みかけていた。


(思わぬ収穫だ)

鞘に収まった重みが、腰で心地よく揺れる。“三叉槍”の初陣で、きっと役に立てる。


上機嫌のまま宿へ向かいながら、ふと振り返る。扉越しに、葉巻の火がちらりと揺れた。


——武器屋の名は、ギルバート。

バウウェルの鍛冶師にして、目利きの偏屈親父。

その名を、この先、俺は長く忘れないことになる。


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