第5話 ダリの酒場で
結局、最初の狩りは3日後になった。
「明日でも行ける」と言い張った俺を、ゼトとアルモンが口を揃えて止めたのだ。
「その体じゃ足を引っ張る」
「治せるうちに治せ」
反論の余地はない。
ちょうどその話が終わるころ、宿は酒場の時間に切り替わった。2人はこのまま夕食を取るというので、俺も便乗する。
* * *
樽の香りと笑い声が混じり合い、木の卓ごとに小さな輪ができている。
旅人の話に耳を傾ける者もいれば、陽気に歌を口ずさむ者もいて、杯が絶えず打ち鳴らされる。
暖炉の火が赤々と揺れ、酒場全体に心地よい熱気が広がっていた。
「いやぁ、白大猪のソテー、最高だったな!」
ゼトが腹をさすりながら満足げに唸る。
「あぁ、本当に旨かった。ダリさん、料理がとんでもなく上手い」
空腹が骨に染みていたのか、俺もつい食べすぎた。幸せな重さだ。
「アリシアちゃーん、エールを頼む!」
「僕も飲む。ベリアもどう?」
「飲もうか」
「よっしゃ! じゃあ“三叉槍”結成の祝杯だ!」
「三叉槍?」
「俺たちのチーム名! 名前があるとテンション上がるだろ?」
「……まぁ、嫌いじゃない」
タイミングよく、アリシアが泡の立つエールを3つ運んでくる。
「はい、お待ちどうさん!」
奥の卓からも声が飛び、彼女は軽やかに駆けていった。
店内を見渡すと、5、6組が盃を鳴らし合っている。笑い声、皿の音、香草と肉の香り。いい店だ。
「ここ、ずいぶん賑わうんだな」
「そりゃそうよ。アリシアちゃんの愛嬌とおやっさんの飯。最強タッグだぜ」
ゼトが得意顔で頷く。常連たちの視線がアリシアに柔らかい。
エールを一口。
喉が温かくなったところで、ふと気になっていたことを聞く。
「二人は冒険者だよな。ここの出身か?」
一瞬、ゼトが気まずそうに目を泳がせる。アルモンがゆっくり言葉を継いだ。
「僕らは帝国の出身。ここへは流れてきた口さ。……帝国出って言うと、あまりいい顔はされないけどね」
「帝国、か。悪い、そこらの知識もごっそり抜けててさ」
「それは不便だ。地理と情勢は命綱だよ」
アルモンは指で卓をとん、と叩き、手短に教えてくれる。
「ここはテゼルウォート王国にある小さな町、バウウェル。テゼルウォートは芸術の国とも呼ばれ、王都は北のテゼリア。治安も商いも安定してる。軍事は強くないけど、諜報が巧い国だ」
「間違いない、良い国!」
ゼトが親指を立てる。
「……僕ら、帝国とテゼルウォートしか知らないけどね」
「はは」
「テゼルウォートは比較的小さな国で、大陸には四大国と呼ばれる国がある。
まず大陸西に位置するゼラ帝国。軍事大国で、拡張の歴史を持つ。
中央を縦断するフォグ山脈を挟んで東にオルディス王国。商業も軍も強く、十二の師団を擁する。
北は“山の国”デボラ。山の恵みと、魔獣を使役する文化が特色の広大な国だ。
南は“海の国”アントリーゼル。聖女教会の本部があり、交易で栄える」
「助かる。どこで生まれたのかは分からないけど、いずれ回って確かめたい」
「力になれることがあれば、いつでも。ちなみに、ここテゼルウォートは帝国の南に位置しているよ。ずっと南下していくと、アントリーゼルに辿り着く。」
ゼトがジョッキをカン、と鳴らした。
「で、この広い大陸の中で、結局“最強”は誰よ? 俺は帝国の“白髪の剣姫”に一票! 斬る前に斬られてるって噂だ、あれ反則」
アルモンは苦笑して肩をすくめる。
「条件次第だ。決闘なら“剣姫”は有力だね。初速と間合いの読みが別格って話」
「ほら来た!」
「でも“戦場”なら別。オルディス十二師団の“筆頭騎士”もとんでもないって噂を聞いた。傭兵の記録に残ってる」
「十二師団かぁ、じゃあ“剣聖”は?」
「純粋な剣理。一対一の“長手合い”なら筆頭騎士より厄介って評だ。技の深さが違う。派手さなら“焔の女王”が一歩抜ける。広域制圧と持久、あの炎は地形ごと塗り替えるからね」
「かー、オルディスもすげぇな。教会の“四聖”もいるぞ?」
「たしかに、"四聖"も負け知らずだね。中でも“西聖”は聖女教会の顔とも言えるし」
「じゃあ結論は?」
アルモンはエールを一口。
「“その場で最後まで立ってた者”。——それが、いつだって最強だ」
ゼトが親指を立てる。
「名言いただきました。じゃあ俺らは“最後まで立ってる”練習からだな!」
俺は笑って、ジョッキを合わせた。喉に落ちた泡が、少しだけ熱かった。
杯が進む。3杯目で、世界が少し回った。どうやら俺は酒に強くない。
「おーいベリア、顔まっかっか~!」
「うるせー、ゼトだって真っ赤だ」
ふらつく俺たちを見て、アルモンが肩を震わせて笑った。
そのまま他愛もない話で1刻ほど。
限界を悟り、俺はふらふらと階段を上がった。
部屋に転がり込み、天井を一度だけ見上げる。
(三日後、“三叉槍”)
ぼんやりそう呟いて、目を閉じた。