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9.取り消しって

 店の厨房の扉を開けて中に入ると、厨房には誰もいなかった。カウンターから店の中を覗くと、じいちゃんと村のじいさん連中が難しい顔をして何か話し合っていた。たぶん今日の魔獣の対策とかの難しい話なんだろうから、邪魔をしないようにして、私は静かに扉を閉めると、また厨房の外に出た。


 そのまま食料庫や燻製部屋や、地下貯蔵庫や色々な部屋を回って、父さんを探して歩いていると、粉ひき小屋に父さんがいた。父さんは膨らんだ巨大な布を一定のリズムでぐるぐる、踏み踏みしていた。


「お、ミーナか。明日のランチはモチモチの平たい麺だぞ。美味いぞ。ミーナも好きだろう。明日は特別にミーナが好きな玉子とクリームの味にしてやろう。ゴロゴロ大っきい肉もいれてな。最後にピリッと胡椒を利かせたら最高に美味い」


「豆は?豆は入る?」


「豆はトマト味の時だろう?クリームの時は肉だろう。豆が入ると食感が変わって、クリームの時にはどうにも……」


「豆は何にでも合うよ。クリームの時もトマトの時も、ほかの時も、なんでも美味しいはずだよ。前にシチューにいっぱい入れても美味しかったよね?」


「ふんふん、そうか、シチュー仕立てもいいな。豆も野菜もいっぱい入れて、ふむ、体も温まりそうだし、いいかもしれん。想像すると美味そうだ」


「でしょでしょ。ごろごろいっぱい、もちもちの麺で、シチューみたいな、……なんだか、お腹が空いてきた」


「はははは、まだちょっと晩ごはんには早いな。この生地の仕込みが終わったら、夜のごはんの用意をするから、まだもうちょっと待ってなさい」


 父さんは話しながらまだまだ踏み踏みしていた。父さんの作るもっちもちの麺はすごく美味しいので、いくらでも好きなだけ踏み踏みしておいてほしい。


「あ、そうだ。今日は人数が多いから外の窯も使うんだった。すまんが、薪を多めに用意しておくようにグレンに言っておいてくれないか。まだ厨房にいると思うんだ」


「厨房には誰もいなかったよ。店の食堂の方にはじいちゃん達がたむろしてたけど。それより、この騒ぎはなに?どうしてこんなにいっぱい、あちこちに人がウロウロしてるの?」


「どうしてって……、あの貴族の青年達がしばらく我が家に滞在するだろ?それで、その間はじいさんのお弟子さん達もついでに泊まり込むって言ってたぞ。家じゃなくて、使っていない宿の方に滞在してもらうらしい。だけど今は、あっちの宿の方はほとんど使っていなかっただろう。色々、ガタがきてたみたいだから、みんなが直してくれているんだよ」


「ついで……、って、じゃあ、ずっとこのまま?あの人達、このまま、しばらくずっといるの?」


「ずっと、ではないだろう。もうすぐ秋祭りだし、ちょうどいいから、しばらくここで合宿するつもじゃないかなあ。武闘会前は、じいさんに鍛え直してほしい人が増えるだろう?」


「ああ、合宿かあ……。もう、そんな、時期だったんだね。じゃあ、……しょうがないかあ」


「あ、薪、薪のことを言っておいてくれよ」


 私はがっくりと肩を落として、父さんがいる粉ひき部屋を後にした。後ろから父さんが薪がどうとか言っていたので、私は薪置き場に向かって、とぼとぼと歩いて行く。またあの武闘会が始まるかと思うと、どうしても気分が沈んでしまう。


 村でもまだ秋祭りの準備が何も始まっていなかったので、すっかり忘れていたけど、いや、記憶から消し去っていたんだけど、もしかしたら今年は、本大会の年じゃなかったか。たしか、そうだった。今年は4年に一回の本大会の年だから、武闘会じゃなくて武闘大会の年だったとゆうことを思い出すと、思わずため息が出た。


 どこの村でも、秋の収穫を祝う秋祭りはあるらしいんだけど、うちの村の秋祭りは、なんとも濃い、マッチョな祭りだった。なぜか知らないけど、秋祭りには、毎年祭り会場には競技場が設営されて、むさ苦しい男達が集まって強さを競い合う武闘会が開催されることになっている。女子の部や子供の部もあるんだけど、いつも大人の男子の部が一番盛り上がる。毎年誰が一番強いかを決める為に予選から始まって、数日間続く祭りは毎年大盛況なんだけど、その内容は、ホント収穫祭とかどこいったと聞きたくなるぐらい、戦い一色だった。


 しかも、4年に一回の本大会である武闘大会では、近隣の村人達の参加が許されているので、ホントどこから湧いてきたとゆうぐらいムキムキの男達がうちの村に集まってきて、祭りは大変盛り上がるんだけど、道場なんてやっちゃってるうちのじいちゃんの周りは、ものすごく慌ただしいことになる。


 とくに本大会の年は、身の程もわきまえないこわっぱ共が、たのも~、なんて言って始終訪ねてくるし、どこからともなく、じいちゃんの強さにほれ込んでいる人達が、家の周りに勝手にテントなんて張って修行し始めるし、下の町に行って宿をとれと叩き出しても、また戻ってきたり、浮かれた奴らが一緒に修行し始めて、うるさくて騒がしくて、君達、近所迷惑とゆう言葉を知っているかと聞きたくなるぐらいの騒ぎが、祭りの終了まで続く。


 私はげんなりした気分で空を見上げた。そして、武闘会と舞踏会って似てるなと現実逃避して思った。舞踏会には参加したことがないけど、当日までドレスや宝飾品を選んだり、自分磨きに勤しむんだろうし、舞踏会は磨き上げたダンスの披露の場なんだろう。可憐なお嬢さん達のキャピキャピした姿を想像すると、なんとも可愛らしいんだけど、実は、武闘会に出場する男達もだいたい同じようなことをする。


 いそいそと武器を選んだり作ったり磨いたり、体を鍛えたり訓練して技を磨いたり、武闘会当日がお披露目の晴れの舞台なのも似ていると思う。浮かれてキャピキャピしているのが筋肉モリモリの男達だとゆうことで、それが可愛いかとゆう所は判断が分かれそうだけど、まあ、真摯に会の為に努力を重ねる姿は、どちらも微笑ましことに変わりはないだろう。


 それに、結婚に直結する会とゆうのも、たぶん似ている所だろうと思う。武闘会では、稀に優勝賞金じゃなくて、俺が勝ったら結婚を許してもらうぞとゆう輩が現れる。なにを隠そうそれがうちの父さんなんだけど、実際、母さんが父さんのことをどう思ってたのかは知らないけど、まあ、無理強いはしてないだろうけど、そうゆう感じの風習がうちの村にあるもので、ごく稀に、その被害者になってしまいそうなお嬢さんが出てきてしまう。優勝者が両思いなら何も問題がないんだけど、完全な片思いを無理強いするような輩なら大問題だった。


 だから、念の為と言って、毎年じいちゃんと私が強制的にエントリーされている。どうして私までっ!?と不思議に思うんだけど、父さんは毎年祭りの屋台で大忙しだし、エントリーの組み合わせの表の関係とかで別々の組にそれぞれ入れておかないといけないらしくて、なにかシードとか言って、問題が無ければ不戦勝で私が戦うことは無いんだけど、じいちゃんだけは、優勝した人が本気で挑む券を獲得したとかの場合があって、たまに相手をしてあげることはある。


 夜は暗くなったら寝たい派の私には、最後まで見届けなくちゃいけないのも苦痛なんだけど、それよりも、私にとって大問題なのは、最近はじいちゃんだけじゃなくて、私にまで挑んでくる若者が増えてきたことだった。この、小柄が過ぎるうら若き乙女の私が、なにゆえにムキッとした無礼な若者の相手をしないといけないのか。それは絶対にこの秋祭りのせいだと思うし、武闘会とか、ホント全部が迷惑なのでやめて欲しい。考えてみると、その理不尽さにムカムカしてくる。


「あ、あの、ミーナさん、あの!」


 呼び止められて振り向くと、王子が身に着けているエプロンを握りしめて私のことを見ていた。そしてウルウルした目で、あっとか言いながら慌てて頭の三角巾をとって、真っ赤な顔をして、よりウルウルしながら三角巾を握りしめている。なにやら、恥じらう若奥様感が大変に増していた。


「……なんでしょうか」


「あの、その、実は、先日の、求婚を取り消しさせていただきたく、お願いにまいりました」


「……は?」


「申し訳ありません!私は、ミーナさんがすでに成人されている女性だと思い込んでおりまして、働いていらっしゃったので、てっきり……、その、すみませんでした。私が疎いもので、このあたりの求婚は家長ではなく、本人の了承を得るものと聞き及んでいたのですが、あの、先程、淑女の方々が色々と教えてくださいまして、こちらでは、舞踏会に出席するのが一番とかで、ですが、あの、私は衣装等の用意もしておらず、申し訳ないです。どちらにしても、未成年でいらっしゃったのに、求婚などしてしまい、本当に、申し訳ありませんでした」


「ああ、別に、全然、いいです。取り消し……」


「そ、それで、ですね。ミーナさんが成人されてから、あらためて、舞踏会で申し込みをさせていただくべく、準備を進めたいと思っているのですが、あの、淑女の方々が、あの、ぜひにも、ミーナさんの好みの殿方について、先に聞いておくべきだと教えてくださいまして、その、いかがでしょうか」


「はあ……、淑女の、方々が、へえ……」


 ウルウルした目をしながらも、真剣な表情をした王子は、なにか色々なことを誤解していそうなんだけど、私はなにかふつふつと沸き起こってくる、なんだか分からない感情でどうにかなりそうで、とにかく、この場から離れたくなってきた。


「好みとか、別にありません、から、失礼します」


 なにかまだ王子が何か言いかけていたけど、私は矢のように走って、その場から離れた。薪置き場の近くまでくると、料理人の人達がその近くにある外の窯の手入れをしていた。私が言う前にもう、薪の準備も始まっていた。


「グレンさん、私今ヒマだから、薪割りを変わるよ」


「え?あ、ミーナさん、いやいや、いいですよ。私達が……」


 私は説明するのも億劫だったので、斧を借りずに手刀で薪を割っていくことにした。その方が早いし、いちいち固定しなくてもいいし、私はズバンズバンとどんどん薪を増やしていく。簡単に軽く体を動かしていると、モヤモヤしたものが少しずつ形を変えていくような気がした。


 そういえば、求婚を取り消しにされたんだから、ちゃんと断る手間が省けて良かったじゃないかと、そんな風にも考えた。なにしろ、一回断ってもまた例の箱を渡してくるような相手なんだから、今後、そんな事も無くなるんだろうし、せいせいするし、良かったし、なにも、なんにも問題はない。


「あの、ミーナさん?もう薪は……、そのぐらいで十分……、ですよ?」


 ハッと我に返ると、グレンさん達が困った顔をして私を見ていた。私は夢中になっていて、どうやら薪を割りすぎていたようだった。


「そう、じゃあ、後は、よろしく」


 私は、とにかく賑やかすぎる敷地内を足早に通り抜けて家の中に入ると、まっすぐに自分の部屋に戻った。そしてそのまま、着替えもせずボスンとベッドに横になった。なんだか、疲れた。そういえば今日は、朝から色んなことがあったから、疲れても当たり前だと思いながら、ゆっくりと目を閉じた。


 そして寝転んだまま靴を脱いで、ずりずりとベッドの真ん中に移動していく。もの凄く行儀が悪いけど、ふかふかの布団の肌触りは心地よくて、少しだけ、ちょっとだけうたた寝するぐらいいいやと思いながら、深く深呼吸を繰り返していると、だんだん、ゆるやかにふわふわと微睡んでいった。

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