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8.賑やかな我が家

 とくに汗をかいたわけじゃなかったんだけど、なんとなくサッパリしたくて、自分の部屋に帰ってくるとシャワーを浴びることにした。良い香りがするシャンプーやお気に入りの石鹸の香りはテンションが上がるし、一気にリラックスできる。ゴシゴシ、ガシガシと頭と体を洗って、すっきりした私はローブだけ羽織って部屋に戻った。


 窓を開け放って、水差しのお水をコップに入れてゴクゴク飲むと、窓際に置いてある長椅子にドカッと座る。ここは風が心地よく入ってきて、お風呂上りに涼むのにちょうど良い。コテンと頭ごと長椅子にもたれ掛かると、すっかりホヘ~ッと寛いだ気分になった。


 そうしてぼんやり外を眺めながら、なんだか、今日はやたらにたくさん喋ったなと思った。私は、話すのが得意ではない。自分の思いを余す所なく言葉にしたり、分かってもらう為に説明するようなことが、昔から苦手だった。頭の中では、いつも色んな事を考えて、色んな思いはあるのに、どうしてだかいつも、まあいいやと主張を諦めてしまうのだった。


 それで、頭の中だけでぐるぐる考えて、充満して疲れてしまうと、ボスンッと布団に入って眠ることにしていた。寝て起きたら忘れているようなことも多いし、眠れない時でも、いつまでもぼんやり空を眺めていると、一旦は忘れられることもある。


 ふと外がいつもより騒がしいことに気がついて、ぼんやりしていた私は、さっき王子一行を連れて帰ってきたことを思い出した。そうだ、怪我人もいたんだと思い至って立ち上がると、寝室に向かう。寝室の奥にはクローゼットにしている部屋があるので、私はいつもそこで着替えをしていた。


 またキュッと窮屈になる服に着替えるのはちょっと億劫だったけど、私がわりと無理矢理連れて帰ってきてしまったんだし、怪我人の具合も気になるし、仕方がない。私は、しっかりきっちり着替えを済ませると自分の部屋を出て、急ぎ足で玄関に向かった。


 すると、階段を下りるときにはもう、外の騒がしさは尋常じゃないほどに聞こえてきていた。恐るおそる玄関の扉を開けると、外はお祭りみたいな騒がしさで、どうゆうわけか、中庭にまで人がウロウロいて忙しそうにしているし、みんなが何かを運んでいるし、とにかく人でごった返していた。


 私はとりあえず中庭を横切って、直接道場のある方に向かうことにした。明らかにそちらの方から大勢の男達の野太い話し声と、新しく家でも建てているのかとゆうぐらいの大工仕事の音が響いていて、なにごとか知らないけど、とにかくうるさい。


「あ、お嬢さん、シャース」


「あ、シャース、お嬢さん」


 家と店舗を隔てている通路を歩いていると、たぶんじいちゃんの弟子の弟子とかなんだろうけど、何人もの若者とすれ違った。若い男の子はよく会うたびに、シャースシャース言ってくるんだけど、私はそんのシャースの意味を知らない。だから同じようにシャースと返すのには抵抗があって、私はいつも軽く会釈だけして、だいたい無視することにしていた。


 たぶん挨拶か何かなんだろうけど、おはようでもないし、こんにちはでもないし、シャ、で始まる挨拶の言葉を真剣に考えてみたこともあるんだけど、まったく思い付かなくて、そのうちにシャースシャースが聞こえるたびに一人一人殴っていってやろうかとまで思い詰めていたこともあったんだけど、意味なんてないのかもしれないと閃いてからは、思考を放棄したので、今はもうどうでもいいと思っている。寧ろ私のなかで、無視していい言葉に分類してからは日々が平穏になった。


「あ!シャース、お嬢さん、師範見なかったっすか。若先生が探してるっす」


「……見てないけど、どうして?」


「え?さあ?知らないっす。怪我の人?とかの?なんの用事っすかね?」


 疑問を疑問で返されると、イラっとするなとゆう感情はとりあえず置いておくことにする。若先生とゆうのは、うちにもよく来る医者の親子の息子の方で、たしか名前はジャン・キルグス……、だったと思う。父親の老先生の方はジョン・キルグスだったか、ジャンとジョンが逆だったか、とにかく、親子で名前が似ているからか知らないけど、みんな若先生、老先生と呼び分けていた。まあ、今はそんなことはどうでもいい。医者がじいちゃんを探しているなら、怪我人に何かあったのかもしれない。


「若先生は、今どこにいるの?」


「え?ああ、道場っす。部屋の掃除が終わるまで、みんなまとめて道場で寝かせてるっすから、そこに若先生も、あ、でも老先生はどっか行ったっす」


「そう、ありがと」


 私は、るっすすっす言う若者から離れて道場へと急いだ。道場の裏まで来ると、そこら中で職人達が椅子や棚やベッドやら、色々な家具を修理したり作ったりしていた。そりゃ、うるさくもなるよねと思いながら横を通り過ぎて、道場の正面につくと、王子が洗濯物を干していた。


 簡易の洗濯物干しが乱立しているなかで、大きな盥をたくさん出して洗濯している女の人達に混ざって王子がテキパキと働いていて、なんだかもう、どう思えばいいのか分からないので、見なかったことにして道場の中に入った。


 扉を開けて中に入ってみると、道場の中には直接布団が敷いてあって、三人が横になっていた。私が足を一歩踏み出す前に、怪我人の側にいた若先生がすぐに私に気がついて、音も立てずにスススと素早くにじり寄ってきた。若先生だってじいちゃんの弟子なんだろうけど、その動きは、なんとゆうか、キモチわ、まあ、今はいいか。


「ミーナさん!良いところに!すみません、師範を呼んで来てもらえませんか。腕が折れている青年なんですけど、僕の見たところ、ズレてしまっていると思うんですよね。剣を使うそうなので、骨をまっすぐに接いであげたいんですけど、親父は家に薬草を取りに行っているし、僕ではまだ上手くできるかどうか……」


「じいちゃんが添え木をしていたから、真っ直ぐにしてるはずだけど」


「あ、そうなんですけど、腕なんで、たぶん動かしちゃったみたいなんですよね。僕が見た感じでは、動かしたり、無理して何か持ったりしたのかなって思ってるんですけど」


「ああ……、そう」


 そういえば、ここに来るまでに荷物を運んだりしていたし、ずいぶん歩いてきたし、腕を固定してあっても動かしてしまったんだろうと思う。私は護衛の人の所までいって、横に座り込んだ。


「あの~、すみません。ちょっといいですか。腕を見せてください」


「……大丈夫、です。私の、ことより、他の……、」


「うるさい。黙ってさっさと腕を見せろ」


 護衛の人は高熱が出ているようで、さっき会っていたときよりも大分ぐったりしていた。私が勝手に腕を見てみると、予想よりも腫れがひどくなっていた。無茶をしたら、簡単に治るものでも治らなくなる。


「おい。剣を使うなら、今までと寸分違わず剣を振るいたいなら、今からは指一本でも動かすな。いいか。腕が曲がったままくっついたら、もう元には戻らない。剣なんて、一寸のズレが命取りになることぐらい分かるだろ」


 驚いたような、怯えたような顔をした護衛がゴクッと生唾をのむと、コクコクと頷いていた。私もよしと頷いて、オーラを使って護衛の腕の骨を探った。じいちゃんがちゃんとくっつけていたはずなのに、ボキッといっているものがブレッブレにズレている。


「……阿呆が」


 思わずぼそっと愚痴が出てしまった。周りがビクッと震えた気がしたけど、そんなことはどうでもいい。私は注意深く折れた腕を触りながら、何回も手を往復させて、慎重に正しい位置を探る。綺麗に、元通りに、何事もなかったかのように、どうか元通りに、早く、治るように、どんなに鍛錬しても、痛むこともなく、後遺症もなく、頑丈な腕に、どうか元通りに……、そう願いながら腕の中を探っていると、神経の一本一本、血管の一本一本までが、ピタッと合うところがみつかって、ゴキッと合わせた。私がふい~っと一息つく前に若先生が素早く腕を固定して、包帯でぐるぐる巻きにした。その手際は見事なもので、さすが村で一番と評判の医者の親子だなと感心する。


「さ、ではミーナさん、お次はあちらのご婦人の足をお願いします。ささ、お早く。ご婦人は先程親父が腕を縫ったばかりなので、まだ薬で眠っておりますので、お声をかけずにそのまま、足を触ってみてくださいね」


「え、ま、いや、じいちゃんが、やってるはずだし、あっちはあんまり動いていないだろうし、そんなに歩いてないはずだし、だから、ズレてないだろうし、だいじょう……」


「いえいえいえ、歩いてます歩いてます。念の為、万が一の念の為ですよ。今は師範がいませんから、仕方がありませんよ。さあさあ、お早く」


 若先生は強引に、さささとか言いながらぐいぐい私を侍女さんの方に連れていく。私は医者でもないし、じいちゃんみたいにこんなの慣れてもいないのに、若先生に押し切られて、侍女さんの寝ている側までやってきた。こちらもまたぐったりした感じで、熱も高そうで心配になる。あんまり勝手に女の人とかに触りたくないんだけど、仕方なく足元に座り込むと、折れている足の骨を確認してみる。そおっと触ってみると、こちらはほとんどじいちゃんがくっつけたままの状態で、綺麗なものだったので、ほんの少しだけ微調整をして手を離した。若先生はすかさずまたぐるぐる巻きにして、満足したように晴れやかな顔で微笑んでいた。


「いやあ~、助かりました。ミーナさんは医者になる気はありませんか?それか看護師とか、うちはいつでも大歓迎ですよ」


「なりません」


 このままここに居たら、そのうち包帯のぐるぐる巻きまでやらされそうなので、早々に退散することにした。そういえば、どうして道場に来たんだっけ?私は素早く若先生から離れて、すたこら逃げる気持ちで急いで扉の方に向かった。


 道場の扉を開けて外に出ると、王子が大きな盥と洗濯板の前にしゃがみ込んで、泡だらけになりながらゴシゴシ洗濯していた。同じように洗濯している女の人達とはすっかり打ち解けた様子で、仲良くお喋りしながら、みんなと一緒になって忙しく立ち働いている。なぜか、いつの間にか身に着けていたエプロンと頭に巻いた三角巾がやたらに似合っていて、華奢な体型も相まって、王子が若奥様とゆう風情を醸し出していた。


 王子ってなんだっけ?王子って何の仕事をする感じの人だっけ?と頭がバグりそうになったので、私はまた見なかったことにして、クルッと向きを変えると、店の方に向かうことにした。たぶんそっちに父さんとかじいちゃんが居るだろうから、今のこの状況を何かしら説明してもらえるだろう。


 どこもかしこも、いつにも増して騒がしくて、これはいったい、いつになったら静かになるんだろうと思いながら、そこら中でガチャガチャした音がしている我が家を横切って、店の厨房をめざした。まさかまさか、もう平穏な日々は戻らないとかじゃないよねと思いながら、知らず識らずに駆け足になっていく。


 あと、立て続けに周りでシャースシャスうるっさいから、次言った奴に、シャーッスってなんだよと殴りかかってやろうかともちょっと思ったけど、確実にそれは絶対怒られるやつなので、なんとか心の中で踏み止まって、無視することに専念しながら先を急いだ。

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