7.私は元気
少しの話し合いのあと、私達はついさっき通ったばかりの山道を今度は逆に歩いた。坂道では、荷物をたくさん積んだ荷車をみんなで協力して押しながら登った。荷台の上では、布団をぐるぐる巻きにして固定されたリデアさんが眠っていた。
王子の一団は、みんながそれぞれ重たそうな鞄を背負っていたけど、足取りは軽いようだった。私はみんなから少し離れた後ろから、警戒をしながら歩いていた。さっき遭遇した魔獣は、じいちゃんが山奥に押し返したんだろうけど、この時期にどうして出てきたのか理由が分からないので、念の為に、入念に気配を探りながら歩いた。
魔獣は、他の獣たちと違っていわゆる獣臭がしないし、頭がいいのか隠れるのも上手いので気配が探りづらい。だからといって、生き物である以上姿を消せるわけがないので、慎重に警戒していればその存在を確認することは出来る。私はいつも以上に集中して、ギンギンに意識を研ぎ澄ませて歩いた。
そうして、私的に最大限に警戒しながら山道を歩いていると、突然通せんぼのように道が無くなった。王子たちは慣れた様子で、脇にある坂道をゆっくりと下っていった。しばらくそのまま歩いていると、いつもの、見慣れた森の道の近くに抜け出ていた。その道は森師達も頻繁に通る、ちゃんと整備してある道だった。
「ほお~、ここか。こんな所に、抜け道のようになっとたのか。ほお~お、気づかんもんだなあ~。森師達にも注意しておかんとな。はあ、なるほど」
前の方ではじいちゃんがしきりにキョロキョロして、感心しながら歩いていた。今日はじいちゃんが見回りをすると言ってあるから、誰も森に入っていないけど、いつもならこの辺は、森で仕事する職人達がよく行き来している道だった。そしてもう、私の家も村にも近い。
私はやっとホッと一息ついた気分になった。家に帰ったら、医者を呼びに行かないといけないし、この一団が泊まる部屋をまず掃除しないといけないので、忙しくなるなと思っていたけど、私は良いことを思い付いた。じいちゃんの言うことを聞かないで森に入っている人達には、連絡係になってもらおうと思う。私は歩調を速めて、荷車に近づいていった。
「じいちゃん、あっちの方に誰かいる。森に入ってる。ええと、たぶん、パブの双子の兄弟。きのこ採ってる。ついでに、医者を呼んで来てもらったらいいんじゃない?」
「なに?ヴィルゴ達か?二人共か?けしからん奴らだな。だがちょうどいい、連絡係をやってもらおう。ちょっと頼んでくる」
じいちゃんはすぐさま飛ぶように駆けていった。そしてすぐに、ヴィルゴさんとヴィエンゴさんの悲鳴が聞こえた。あの剽軽な、どこか憎めない感じの双子のことを思い出して、ちょっと面白くなった。今頃じいちゃんに怒られて、焦って言い訳しながら謝っている姿が目に浮かぶようだった。それからすぐにじいちゃんは戻ってきた。
「まったく、いつまで経っても飄々とした奴らだ。悪ガキの頃と何も変わっとらん。しかし、あ奴らは足が速いからな、すぐに医者を呼んできてくれるだろう。ヴィルゴは先に家に知らせに行くと言っていたしな。怪我人がすぐ横になれるように、部屋を用意しておいてもらえるのはありがたい」
それからまた私達はゆっくりと歩き出して、人けのない森の中を静かに足並みを揃えて進んでいく。もう家も近いので、私も、さほど警戒せずにぼんやりと歩いていた。すると、向こうの方から、大型の、もの凄い勢いのものが近づいてきていた。
「ミーーーナーーー!!ミーーーナアーーー!!!ミイーーーナアーーー!!!」
何ごとか知らないけど、父さんが私の名前を大声で連呼しながら走ってきていた。えええ?だいぶ、ちょっと、恥ずかしいんですけど……。なに?なにがあったの?目視できるようになった父さんは、ちょっと引くぐらい泣きながら走っていた。
見つからないように逃げよっかなと思っていた私は、とりあえず、父さんの話しを聞いてみることにした。号泣しているから、冷静に何があったのかを聞いてあげようと思っていたのに、父さんは私を見つけると、人間業とは思えない速さで近づいてきて、驚いている私を素早く抱き上げた。子供の頃によく高い高いをしてもらっていたけど、こんなにぶんぶん、ぐるんぐるん振り回されてはいないはずだし、ますます意味が分からない。
「怪我を!!怪我と!!どこを!?ミーーナーー!!怪我、怪我、怪我は!?無事か!?」
私の名前を呼ぶ合間に、だいたいそんな事を途切れ途切れに言っていて、私は、空中でぶらぶらされながら、はは~んと思った。あの双子のどっちかが父さんに間違えて報告して、父さんの中では、私が怪我をしたことになっているのかもしれない。
私の名推理で真相が判明した事はいいとして、私が怪我をしたと思っているなら、こんなに振り回すのはだめだろう。怪我人なら、完全に悪化するレベルでぐりんぐりん振り回されている。私は、父さんを落ち着かせる為にみぞおちに一発お見舞いした。それから肩あたりを蹴って父さんから離れると、シュタッと地面に着地した。
「ぐふう……、ごほっ、……ミー、ミーナ、無事かあ……、怪我を、怪我は」
父さんはさすがに、じいちゃんが認めた男なので、もの凄く頑丈で打たれ強い。ちょっとした衝撃を与えようと思っていたのに、父さんはまったく平気そうだった。普通なら、たぶんしばらく膝をついたままで立ち上がれないと思う。
「父さんは何か誤解してるよ。怪我をしてるのは私じゃないよ」
「なに!?でも、さっきヴィルゴが……、たしかに……、父さんの勘違いか?ミーナは怪我をしていないのか?どこにも怪我をしていなくて、無事なのか?」
「私はどこにも、何にも怪我なんてしてないよ。だけど、あんまり父さんが振り回すから、お昼に食べたパイが出てきそうだよ」
「おお~、おお~う。すまない、ミーナ、父さんが勘違いして、心配でつい、ごめんよ。無事なら、どこにも怪我をしていないなら良かった。おいで、一緒に帰ろう。疲れただろう。父さんの肩に乗っていくといい」
父さんは私の答えも聞かないで、また私を抱っこして肩に乗せた。もう子供じゃないんだから、たとえ疲れてたって自分で歩けるんだけど、父さんの肩は安定感がバッチリで、私はそのまま父さんに運ばれることにした。父さんは、じいちゃん達を気にせず置いてけぼりにして、ずんずん先を歩いていた。
「父さん……、私が、山用のやかんを忘れちゃったの。前に、じいちゃんと山に行ったときに、木にぶら下げて、乾かしてたの。……それが、きっと、日に当たって、山の中で光ってたんだよ。気になって、山に入ったんだって、言ってた。だから、あの人達が、怪我をしたのは、私のせいだよ。それに、もしかしたら、こんな時期に魔獣が出たのも、……そのせいかも、しれない」
「そうか。ミーナのせいじゃないさ。それに怪我なんて、すぐに治る」
「父さん。あの人達は、父さんとは違うんだよ。あんなに弱弱で、ポッキリ骨が折れてるし、私のせいであんなに……」
「ミーナのせいじゃないさ。誰だって、簡単に山に入ったらいけないんだ。みんなが知っていることなんだよ」
「でも、この辺の人じゃ、ないんだよ。知らなかったって言ってたよ。私が、山用のやかんをあんな所に置き忘れちゃってたから、こんなことになったんだよ」
「はあはあ、なるほど。それでミーナは気に病んでいたんだな。貴族と言っておったのに、あの者達を家に置くと言うから、よほど気に入ったのかと思っていたのに、わしの勘違いだったか。ワハハハハ」
「じいちゃん!気に入るってなに!?そんなんじゃないもん!!」
じいちゃんは王子たちをほっぽって、父さんのすぐ後ろを歩いていた。振り返ると荷車を押した一団は、はるか遠くにいた。ほとんど一本道とはいえ、ほったらかしもちょっと可哀想だと思う。
「いやいや、なかなかの男前じゃないか。少々細っこすぎるから、家にいる間にじいちゃんが鍛えてやろう」
「……じいちゃん、止めておいた方がいいよ。だって、貴族、なんだよ。面倒なことになったら、どうするの」
「そんなもんは、じいちゃんの力業でペイッじゃ。アハハハ」
じいちゃんはそう言って、荷車の所に戻っていった。力業のぺいの意味は分からないけど、絶対、ややこしい貴族問題を解決できる類の物ではないと思う。私はなんとなくじいちゃんの後ろ姿を眺め続けた。
「大丈夫だミーナ、なにも心配いらないよ。そんなに気に病むこともないんだ。怪我人には家でしっかり養生してもらえばいい。それに、これからは忘れものをしないように気をつけたらいい。それだけだよ」
「……うん。ごめんなさい」
私はまだしょんぼりした気分だったけど、父さんはクマみたいに大きくて、あったかくて、私は、だんだんと落ち着いてきた。これから一生懸命に怪我人を看病して、それで、これからは山に忘れ物をしないようにすればいいやと思えてきた。クヨクヨしてばっかりでもいけないと、やっと前向きな気持ちになれた。
「ありがとう、父さん。もうそろそろ家に着くから、自分で歩くよ」
「ん?そうか?父さんにはまったく重くないんだぞ?まあ、もうちょっとで家に着くんだから、このまま担いでいてあげよう。思えば、久し振りじゃないか」
そういえば父さんの言うように、父さんの肩に乗るのは久し振りだった。子供の頃は目線が高くなるのが楽しくて、よく乗せてもらっていたんだけど、思えば私も、大人になったものだ。身長はまだあんまり伸びてないけど、伸び悩みすぎて、小柄の域をちっとも脱していないんだけど、まあ、これから大きくなるんだろう。なにしろ父さんの子供だし、もうすぐ父さんぐらいには大きくなるに違いない。子供の成長とは早いものだと言うし、そのうち、あっという間に私の身長も伸びるに違いない。
そうしみじみしていると、うちの家がある丘の上に人だかりが出来ているのが見えた。なんだか嫌な予感がしているうちに、私と父さんはその人だかりに取り囲まれてしまった。みんながみんな、怪我は、怪我をと、さっきの父さんみたいになっていて、ずっと私の名前を連呼していた。父さんと私で、いや大丈夫、怪我をしていないといくら言っても、誰もちゃんと聞いていなかった。
まったく、あのいい加減な双子の兄弟のせいで、とんでもない騒ぎになっていた。あいつら憶えてろよと思いながら周りを見渡していると、大半がじいちゃんの弟子達で、しかも大の男達が取り乱して泣いていて、なんとゆうか、イラっとした。
ついこないだ私が沈めてやった男達が、私を弱いと思っているのかと、魔獣とかに負けて、怪我をするぐらいに弱いと思っているのかと、心配してくれているんだからと、我慢しようとしたけど無理だった。
「うるっさい!怪我なんてしてないって言ってんだろうが!!」
私は父さんの肩の上から、オーラを使った一回転蹴りをして、人だかりを吹き飛ばした。わりと見た目が派手な技なんだけど、私的には軽く一回転しただけでそんなに威力も込めてないし、もちろん怪我なんてさせるつもりはないし、これで怪我するなら受け身が未熟すぎるだけだし、私は悪くないんだけど、父さんが怒る気配がしたので、私はぽーんと飛んで父さんから離れた。
「ミーナ!待ちなさい!乱暴なことをして。コラッ、戻って来なさい」
父さんの説教は長いので、とりあえず逃げるが勝ちだった。これで私が元気ぴんぴんで、怪我なんてしてないことが一発で分かったんだからいいでしょ、なんて言ったら絶対もっと怒られるので、私は屋根の上にジャンプして、近道をして自分の部屋に向かう。さすがに、こんな事は山用の服の時にしかしないので、私もちゃんと女の子っぽいよねとも思う。だけどやっぱり、まだまだ淑女ではないんだろうなとは思った。