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6.仲良くしたい人

 山の中でお弁当を広げて食べるお昼ごはんは、朝から楽しみにしていたものとはだいぶ違っていた。まず想定外に人数が増えていたし、その中のほどんどは怪我をしているし、ほぼ初対面の私達は会話も弾まず、ただ美味しい、すごく美味しい父さんのパイや、お肉たっぷりのサンドイッチや果物を黙々と食べていた。


 社交的なじいちゃんだけは、色々な人に話しかけたり、話しを聞いたり、なんとか会話を盛り上げようとしていた。私はそんなつもりは、もともとさらさらないので、ただ黙々と、ひたすらにお昼ごはんを食べていた。


 誰とでも親しげに話せる、ちゃんと気をつかえる、じいちゃんみたいな人をすごいなと尊敬したり、素直に憧れる反面で、私にはできないなと痛烈に思ってしまう。ただ今では、社交的で話し好きで、そうするのが性分の人はそうすればいいと思うし、そうじゃない人が無理する必要はないとも思う。みんながみんな明るくなくちゃだめで、話し好きじゃないといけなくて、正しい正解の人ばかりだったら、それもなんだか、気持ちが悪い気がする。


 そう、思ってしまうのは、私がこの世界の記憶だけで生きていないからだろうか。多様性とか、個を尊重するとか、そうゆうのが当たり前の世界の記憶があるから、みんなでとか、協調性みたいなものとか、人に合わせなきゃいけない的なものが……、いやいや、それはただ単に私が我が儘なだけか。ただ私に愛想がなくて、私が、私のしたいようにしかしたくないだけ、なんだろう。


 いつの間にか私は、静かな月を眺めているときとか、風に吹かれながら、広大な緑を見下ろしているときに感じるような、何とも言えない、ぽつんと立ち尽くしている感覚に陥っていた。


「ミーナさん、美味しいパイですね」


「え?あ、はい。そうですね」


「ミーナさん、この果物は何ですか?」


「これは、バナナです。美味しいですよ」


 やたらに、王子が私に話しかけていた。隣に座ってきた時に、隣に来ないでくださいとお断りした方が良かったかなと、ちょっと思ってしまう。


「ミーナさん、このバナナをナイフも使わずに、綺麗に半分にすることが出来るのを知っていますか」


 王子は嬉しそうにニコニコしながら、ちょくちょく私に話しかけてくる。なんとなく、王子はじいちゃんと同じで、人と仲良くしたい人なんだろうなと思った。


「……いいえ、料理はあまり、しないので」


「そうですか。ではナイフで切ったみたいに、綺麗に切ってさしあげましょう」


 王子は一本のバナナを手に取って、両方の手で右と左の端と端を握って、真横にう~んと引っ張っていた。いや、バナナのことを知らないんじゃなかったの?と思ったけれど黙っておいた。どうやら王子は、私が見たこともないほど力が弱い人のようだった。黙ってバナナを見ていると、突然ブチンッと真ん中から割れた。


「良かった。成功しました。ミーナさん、この半分のバナナをどうぞ。半分こにしたら、より美味しく感じます。みんなで食べたら、なんでも美味しいですよね。あ!すみません、ご馳走していただいているのに、あの、えっと、すみません。本当に美味しいパイだと思っています」


「ありがとう、ございます」


 私はバナナを受け取って、ジッと見つめた。たしかにバナナの皮ごと綺麗に半分に切れていた。本当に、半分こにしたバナナがいつもより美味しくなっているのか興味が湧いてきた。


「ほお~、そんな方法があったのか。どれ、わしもやってみよう」


 じいちゃんがバナナの両端を持って引っ張ると、一瞬で真ん中からパカッと割れた。まさに瞬殺と言うやつで、持ったと思ったら半分になっていた。


「じいちゃん、その半分の、ちょうだい」


 私はじいちゃんから半分になったバナナをもらって食べてみた。特にいつもと違う感じはしない、普通に美味しいバナナだった。お昼ごはんを食べ終わると、みんなで後片付けをして、じいちゃんが入念に火の始末をすると、足を怪我したリデアさんを荷車に乗せて、私達は細い山道に戻った。


 山の麓を横断するように続いている道を歩きながら、じいちゃんが延々と魔獣や獣と人の棲み分けについて話していた。だから山に入ってはいけないと、もうこの山道は通ってはいけないと魔獣の脅威と共に懇々と諭していた。


「すみませんでした。私達は一年ほど前にこの土地に移り住んできたんです。まだ不慣れなおりに、人目に触れずに移動できる便利な道を見つけたと思ってしまって、何も知らずに、安易に利用しておりました。これからは、整備された道を通ることにします」


 王子は謙虚にじいちゃんに謝っていた。まあ、じいちゃんは王子だって知らないんだけど、それにしたって王子は王子なのに低姿勢すぎる気がする。私は日頃から貴族に関わらないようにしているから詳しくないけど、なんだか私が知っている貴族や、想像していた王子のイメージとはかけ離れていた。


 王子はよっぽど話し好きなのか、度々私に話しかけてきていたけど、私は一応山の中を警戒しながら歩いていたし、別に全部に返事をしなくてもいいかと思ってからは、わりと放置していた。しばらくそのままずっと歩いていくと、なだらかな下り坂を下りきった先に、背の高い草の生い茂った荒地が広がっていた。チラッとじいちゃんを見ると、物珍しそうに辺りを見渡していた。


 じいちゃんは人が住んでいる近くの山や森は頻繁に見回っているけど、人が住んでいない辺りは基本的に獣たちのエリアだと思っているようで、立ち入らないようにしていた。だからじいちゃんにも、よく一緒について行っている私にとっても、この辺は未知の場所だった。


「ほお~、あの山道はここに繋がっていたのか。して、お前さん達が住んでいる町はまだ遠いのか?ご婦人の腕の傷が少々深いのでな、早めに医者に縫ってもらった方がいいんだ。山も下りたことだし、昵懇にしている病院の場所を教えてもらえれば、わしがひとっ走り負ぶっていくぞ。それとも、館に着いてから医者を呼んで来ればいいのか?」


「それはご親切に、ありがとうございます。あの、私達の住まいは、あれ、なんです」


 王子が気まずそうな顔をして指さした先には、……岩?瓦礫?が見えた。はてな顔になったじいちゃんと一緒に、とにかくもっと近づいてみると、辺りの草が抜かれて、申し訳程度に整備されている場所には、廃墟とゆうか、所々に窓の穴が空いている石壁だけが残っている、……建物?があった。もちろん屋根はないし、壁もほとんどない。それは、私には、崩れた遺跡に見えた。


「あの、そちらはまだ修復中で……、今は、こちらに仮住まいしておりまして」


 王子の言葉に振り返ると、そこには、小さな小屋が建っていた。それは、風が吹けば……、吹かなくても今にも倒れそうな、掘っ立て小屋だった。こんなにずさんに造った小屋は見たことがないレベルの、壁が隙間だらけで、明らかにすべてが傾いている、今にも崩れそうな小屋は、実際に何度か崩れてきたのだろうことが、いくつかの不格好に修復してある箇所から分かった。


「これは、これは……、大工には頼まなかったんですかな?」


「いえ、大工が建てました。この城の修復も任せていますから。ですが、この辺の大工はみんな忙しいらしくて、頻繁には来られないので、雨漏りぐらいは自分たちで直しています」


「ほおほお、そうですか。では、その大工達はみんな、今すぐクビにした方がいいですな。わしが知り合いの大工を紹介しましょう。大丈夫。腕はたしかな連中ですよ。帰ったらすぐに手配しましょう」


「え?あ、そう、ですか?何から何まで、ありがとうございます」


 じいちゃんと王子が話し合っている間に、瓦礫の周りを見て回ったけど、どこにも、城を修復している形跡はなかった。……一年、ぐらいの期間があれば、いくらなんでも、何かの作業が始まっているはずだし、仮住まいにしたって、あの小屋よりはマシな建物が建っているはずだと思う。気になって、少しずつでも修復が始まっている箇所がないかをくまなく歩き回ってみたけど、やっぱり何もない。


 私は、辺りを調べて歩き回りながら、ふつふつとなにか、怒り……、のようなものが湧き上がってきていた。ずんずん、じいちゃんの居る場所に戻っていくと、話し合いはまだ続いていて、じいちゃんが熱心に他の町に住むことを勧めていた。


「ラクスの町は大きな町ですけど、そこまで行かなくとも、その手前にはメデムとゆう村がありましてな。小さな村ですが、医者もおりますよ。もちろん、わしらの村にも病院も宿もあります。なんなら、村の者に言って、住めるような家を紹介してもいい」


「いえ、あの、すみません。私は、住むとなれば、申請を、しなくてはいけなくて、ですね。その、他の町の方にご迷惑をおかけする訳にはいかないのです。すみません、ご親切で、勧めてくださっているのは分かっています。あの、助けていただいて、ここまで送っていただいて、本当にありがとございました。ご親切には、心から感謝しています」


 王子には、何か事情があるようだった。じいちゃんもそれが分かったのか黙り込んで、もうそれ以上勧めはしなかった。貴族の世界には、何かややこしい事情があるんだろう。それは、私達には分からないんだから、しょうがない。


 それから、護衛の人が荷車の荷物を降ろし始めて、じいちゃんも手伝ってあげていた。王子も一緒になって作業していた。王子はもしかしたら、いつもそうやって普通に、この、お城じゃない場所で、みんなと同じようにして、暮らしているのかもしれないと思った。私は、なんだかさっきからずっと、胸が妙にギュウーッとなっていて苦しかった。


 それから、なんとなくみんなから離れて、荷物を小屋の中に運んでいるのをぼんやり見ていると、王子がなにか荷物をゴソゴソしてから、私の方に近づいてきた。


「ミーナさん、これ、あの、さっきのやかんなんですけど、なにかその、お嫌かもしれないとは思ったんですけど、置き忘れていたのかもしれないと、一応お聞きした方がいいと思いまして、あの、受け取るのがお嫌なら、こちらで処分しておきますよ」


「いえ、ありがとうございます。……探していたんです、これ」


「そうですか!良かった。では、どうぞ。見つかって良かったですね。それで、その……、お、おあ!お会いすることは、これからもあると思います!私は、皆の怪我が治ったら、遠回りになっても、ミーナさんのお店に通いますから、これからも、足繁く通いますから。もう会うことはない、なんてことには、ならないと思います。……すみません」


 王子の顔がまっ赤だった。全身がまっ赤っかで、蒸気が上がるんじゃないかと思うぐらい、熱を放っていた。……でも別に、嫌じゃなかった。


「……しばらく、うちの家に住みますか。家は部屋が余ってるし、怪我が治るまでなら、ここから離れても、大丈夫じゃないですか。だって、入院とかだってあるはずだし、治療が必要なんですから。じいちゃんが手配して、家を新しくしてくれるだろうし。今から必要な荷物をつめても、日が暮れるまでには、私の家に着きます」


「いえ、そんな……、ご迷惑をおかけするわけには、いきません」


「私の、言っていることに反対ですか。私の言うことは、きけませんか。怪我をしている人は、熱が出るかもしれませんよ。ここでは誰かが、病気になるかもしれませんよ。遠回りは、大変ですよ。それに、それに……」


 私はなぜか息がフーフーして、なんとか、この頑固王子をここから連れ出したくて、もう、なんだか頭の中がぐるぐるしてきた。


「あ、あの?ミーナさん?」


「じ!じいちゃん!!」


 じいちゃんは、のんきにニヤニヤしながら軽々した足取りで王子に近づいていた。じいちゃんがなにか嬉しそうなのが、なんだかすごく恥ずかしい。


「ほいほい、可愛い孫がこう言っているのでね。なんとしても、しばらくうちに滞在してもらいますよ。さあ、さっさと荷物を準備してくださいよ。それでもまだ嫌だって言うなら、まあ、多少荒っぽいことをしてでも連れて行くしかないですな」


 もう!じいちゃんは!王子相手に乱暴なことを言って!いくら、そんなことじゃ怒らなそうな王子だからって、無理矢理連れ去るみたいなことを言って!もうもう!私はなんだか体中がカッカして、とても落ち着かないので、みんなからまた少し離れた。


 近くに川でもあれば、ザブンと入って冷やせるのにと、私は今日手を浸した川を思い出していた。うろうろ歩き回っていると、慌ただしく小屋から荷物を運び出している護衛の人達が見えた。私はやっと少しホッとして、ゆっくり、じいちゃん達がいる小屋の方まで歩いて行った。

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