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3.寄り道のついで

 私の住んでいる家兼定食屋は辺りを一望できる丘の上にあって、家の裏の道を行くと裏山がある。そしてその向こうはもう山なんだけど、私達がその奥山に入っていくことはめったにない。


 うちの定食屋の前の道を横切る形で森へ入る道が整備されているので、木を切ったり植えたりする森師や猟師や、森で仕事をする人達はみんな私の家の前を通る。だからうちの店は、屈強な森の男たちのたまり場のようになっていた。


 繁盛しているのは良いことだと思うけど、どうしてもむさ苦しい男率が高いので、私が店を継いだらもっと可愛いスイーツとかを増やして、女子率をもっと高めようと思っている。今はせっせと店内を可愛く飾ったりして、女子にも入りやすい雰囲気を目指していた。


 それで、女子を呼び込もうと、お店の前の広場に可愛いベンチを置いたんだけど、いつの頃からかどんどん勝手に増えて、今やテーブルや椅子まであって、ちょっとした休憩所のようになっていた。


 私の意図していた事とは違って、今や、店内が混んでいるときや、天気が良い日にも、この外の席に座って食事を楽しんでいるお客は割と多くなった。可愛いテーブルや椅子じゃなくて、ドカンと粗野な切り株なんかも置かれていることが気になる所だけど、まあ、みんなの憩いの場になっているようなので、今はこれでいいことにする。


 私は忘れずに山用の服に着替えて準備万端に整えて、父さんにおやつをたっぷり入れてもらったリュックを脇に置いて、店の前の広場の、木陰になっているベンチに座ってじいちゃんを待っていた。丘の上はいつでも風が心地よく吹いていて、見渡す限りの緑が清々しい気持ちにしてくれるので、私はこの場所から見下ろす景色が好きだった。村を一望できるし、その向こうの広大な畑や放牧地は、いつまで眺めていても見飽きなかった。


「すまんすまん。待たせたな。納屋も見てきたが、やっぱり山用のやかんが見つからん。途中で小さいやかんを買っていこう」


「ええ~、あのやかんは小さくて軽くて使い勝手がよかったのに。無くしちゃったの?二人分にちょうどいい大きさだったのに」


「うむ。道具屋に売っていなかったら、上の町にも寄って鍛冶屋のファブロに同じ物を作ってもらおう。あれはたしかに便利なやかんだった」


 私とじいちゃんは、まずは用事を済ませに下の町に歩いて行くことにした。丘を少し下った所に私達が上の町と呼んでいる町があって、そこには森師や猟師達が多く住んでいた。そして鍛冶屋や石屋や革屋等の工房が集まっているので、ちょっとした職人街になっている。


 そして、もう少し下った丘のふもとに、私達が下の町と呼んでいる町がある。本当の名前はリンデ村と言って、そもそもそっちがメインで、私達家族の方が村のはずれの、森の際の丘の上に住んでるんだけど、私達は勝手に下とか上とかで呼んでいた。


 それに私は密かに、ここを村と言うには規模が大きいように思っていた。誰の目にも留まらないような王国の端の端の端っこに位置していて、都会からも大きな町からも遠いけど、学校も病院も郵便も食料品店も洋品店も雑貨屋も何でもあって、人もたくさん住んでいて、なんとゆうか、ちゃんとした町だった。


 そして、下の町には他の町からの行商人も行き来しているので、だいたいの物は何でも揃っている。商人達の話しでは、こんな隅っこの辺鄙な田舎の割には、大いに発展しているらしい。だから、私達はもっと遠くの大きな町に行かなくても、なに不自由なく暮らすことができている。


 それになにより、私達は豊かな山や川や森の恵みや、広大な田畑のおかげで、年中飢えることなく暮らしていられる。それはみんな、魔獣にめちゃめちゃに荒されることがないから守られている生活で、気まぐれに山から出てきた魔獣にひとたび標的にされた村や町は、一夜にして壊滅状態になるらしい。


 そうやって滅んだ町が無数にあるらしいのは噂では聞いたことがあるけど、私は、個人的にはにわかに信じがたい話だと思っている。じいちゃんがよく言っているように、棲み分けとゆうのが凄く重要で、人の住む区域と獣や魔獣が住む区域を守っていたら、お互い諍いなく暮らしていけるような気がするし、現に私達の町は棲み分けに成功していると思う。


 たまに魔獣が出てきたらじいちゃんが成敗しに行くし、たぶん他の村や町も同じようにしていると思うんだけど、たまに下の町に行くと、商人の人達が魔獣の話しを深刻そうに話しているのが聞こえてくることがあった。今も、じいちゃんが郵便を出しに行ったのを待つ間に入ったカフェでぼんやりしていると、昼間からお酒を呑んでいる商人らしき男の人達が、大きな声で魔獣のことを頻りに話していた。


 大きいやら黒いやら、いや茶色いやら、いやそれは普通に獣なんじゃないかと思ったけど、目が赤いやら黄色いやら光るやらと言いだして、酔っぱらいの話しなんだしと思って、もうなるべく聞かないようにして黙っていた。外を行き交う人達を眺めながらクランベリージュースを飲んでいると、じいちゃんが小走りでお店に入って来るのが見えた。


「いや~、すっかり待たせてすまんかったな。ちょいと知り合いに会って話し込んでしまった。やかんも買ってきたぞ。……ずいぶん、騒がしい連中がいるな。ここをパブや何かと間違えているんじゃないか?まったく、いい若者が、嘆かわしい」


「じいちゃんも何か飲む?……それ、やかん?ちょっと大きいんじゃない?前の倍ぐらいはあるよ」


「いや、いい。これでも、店で一番小さいやかんと言うとったぞ。それに、ほれ、蓋が取れんようになっとるだろ?落とす心配も無いから便利そうだ」


 残りのジュースを飲みながらじいちゃんと話していると、この店の店主のおじさんがじいちゃんの為にコーヒーを持ってきてくれた。そして、トレイからクッキーが載ったお皿も取り出してコトンとテーブルの上に置くと、ニコッと私に笑いかけた。


 いつでも髭をくるんと整えて、おしゃれに気を遣っている恰幅のいいおじさんは、人が良さそうにいつもニコニコしていて、こんなにお腹がたぷたぷしているけど、わりと強いことを私は知っている。とゆうかこの町の男達はだいたいがじいちゃんの弟子なので、町にはそこそこ強い人はざらにいる。じいちゃんは、たまに学校で体育の先生みたいなこともしているので、リンデ村ではちょっとした有名人だった。


「ラディー、頼んでおらんよ」


「サービスですよ、師範。森に行かれるんでしょう?よろしければ、お昼用になにか包みましょうか。ちょうどミートパイが焼き上がった所なんです」


「いや、いい。タンクが弁当を用意してくれたんでな。……それより、騒がしいのがいるな。この店は昼間から酒を出しとったか?」


「いいえ、奴ら酒を勝手に持ち込んで飲んでいるんですよ。最近はやたらにタチの悪い商人が増えました。近頃では、夜の見回りも増やしているほどですよ。そろそろ師範に相談にあがろうと話し合っていたところです」


「そうか。外の者の行き来が多い町の連中は何かと大変だな。しかし町の治安が悪くなることは見過ごせん。客商売とはいえ、度が過ぎる奴らはつまみ出せばいい」


「おお!じいさん、聞こえたぞ!俺達の悪口か?お客様をつまみ出そうってか?ああ?」


「おい、さっきサービスとか聞こえたぞ。俺達にもサービスしろよ。俺達だって、大事な大事なお客様だろうが!」


 カウンターで騒いでいた酔っぱらい達が、じいちゃんに因縁をつけていた。真っ赤な顔をしてフラフラしているのに、どうしてケンカを売れるのか、意味が分からない。


「見たところお前さん達は何も注文しておらんな。ならば客ではないだろう」


「ああ~ん?だからどうした?俺達とやる気かあ、じいさん。おもてえ出ろ、コラ!」


 じいちゃんはため息をついて立ち上がった。そして、無言で店の外に出ようと歩いていたじいちゃんの後ろから、千鳥足の酔っぱらいの一人がじいちゃんの頭めがけて瓶を叩きつけようとした。後頭部に当たったらそりゃ痛いだろうけど、じいちゃんは振り返りもしないでその瓶をピタッと止めて奪うと、さっさと店を出ていった。


「なにしとる?さっさと来んか。わしは忙しいんだ。大いに手加減してやるんだから、待たせるな」


 じいちゃんが店の外から手をくいくいして挑発すると、酔っぱらい達は怒ったようで、なだれ込む勢いで外に出ていった。ホントに不思議なんだけど、自分で勝てる相手かどうかが分からないのかな。それとも、お酒を飲んだらその辺が鈍くなるとか?


「師範は本当に親切だなあ。ミーナさん、やっぱりパイを持っていってくださいよ。ローストビーフのサンドもつけますから、二人で食べてください」


「ええ~?すごく肉肉しいお昼になるよ。ま、余ったら父さんに食べてもらったらいいか。そこの、じいちゃんの鞄の中に入れてくれる?」


 窓の外を見ると、じいちゃんが気を失った酔っぱらい達をひとまとめに掴んでいた。土埃をあげながらズルズル引きずられていく男達は、全身砂だらけだった。斜向かいのお肉屋さんのおじさんがパチパチと嬉しそうに拍手していた。見ればそこらの見物人達も称賛の眼差しでじいちゃんを見送っていた。


「……どこに連れて行くのかな」


「さあ、あっちの方向にあるゴミ置き場か、それか、村の外に放ってきてくれるのかもしれませんね。それより、ジュースのお代わりはどうです?サービスしますよ。それとも、何か他の物を飲みますか?」


「ううん。いらない。ありがとう。じいちゃんが戻ってきたらすぐ出るから、何も飲まないでもここで座って待っててもいい?」


「それはもちろん。私はあっちでパイを包んできますから、ゆっくりしていってくださいね」


 私は席に座りなおして、頬杖をついた。今まで、商人の人達に悪いイメージを持っていなかったけど、いろんな人がいるもんだなと思った。村の外を歩いていると、いちゃもんをつけてくるガラの悪い男の人がたまにいるけど、あれは無視するんじゃなくて、いちいちぶちのめしていった方が周りの人の助けになるのかもしれない。私は残ったクランベリージュースを飲み干しながら、じいちゃんが戻ってきたら、忘れないうちに聞いてみようと思った。

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