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10.私のおやつの甘いパイ

 変な時間にうたた寝してしまったのは自分が悪いんだけど、お腹が空きすぎて嫌な気分で目が覚めた。ぐう~っと大きな音でお腹が鳴っている。空腹とゆうのは、本当に本当に嫌いだ。まだちょっと眠気が残っていたけどガバッと起き上がって、掛かっていた布団をどけてベッドから飛び降りると、急いで靴を履く。


 外はすっかり日が暮れていて、夜になっていた。バタバタと階段を下りていって、台所と続きになっている食堂に入っていくと、じいちゃんと父さんがいた。


「お腹が空いたよお。寝ちゃってたなら、ごはんの時に起こしてくれたら良かったのにい!」


「ハハハハハ、そろそろ起こしてあげようかと、じいさんと話していたんだ。すぐに用意するから、手を洗って、座って待っていなさい」


 父さんは付けていた帳簿をパタンと閉じて片付けると、台所に向かっていった。じいちゃんは手に持った紙の束を真剣な顔で見比べていた。テーブルの上には書類の山が出来上がっていて、床に鍵付きの箱の鞄があるから、いつもの、秋祭りのトーナメントの書類なんだと思う。


 強さを揃えるとか、なるべく公平になるようにとか、もの凄く面倒くさいので、私はもちろん関わらないようにしている。それにしても、武闘大会にしてはいつもより書類の数が少なそうだった。まだ申し込みしている人の人数が少ないだけなのかもしれないけど、あれって当日の飛び込みが一番面倒くさいんだよなと思いながら、椅子を引いて座って頬杖をついた。


「……今年って、本大会だよね?」


「ん?いや、本大会は来年だぞ。そりゃあ武闘大会の方が見応えがあるからな。今か今かと待ち遠しい気持ちになるのは、分からんでもないがな」


「別に待ち遠しくないけど、私は、今日思い出すまで、すっかりきっかり綺麗に忘れていたんだよ」


 じいちゃんと話していると、私の前にぞくぞくとお皿が並べられていく。それにしてもやたらと、ギトギト肉肉しい晩ごはんだなと思った。


「お肉ばっかり。こんなにいらないよお」


「ああ、今日は外でバーベキューだったからな。その残りなんだ。食べきれないなら残してもいいぞ。明日にも食べられるからな。それに、ミーナの好きなカボチャのスープも作っておいたんだ。今温めているから、もうちょっと待ってなさい」


「やった。いっぱい入れてね。それで次は豆のスープも作ってね。いっぱいの豆のやつね」


「分かった分かった。それより、手は洗ったのか。いただきますは、手を洗ってからだぞ」


 私は唇をとがらせて、手を洗いにいった。ぺっこぺこにお腹が空いていてはやくごはんが食べたいのに、いつも父さんは手洗いやうがいをしつこいぐらいに言う。手を洗ってテーブルに戻ってくると、スープも、山盛りのサラダも、美味しいキノコがいっぱいのソテーも、もちろん父さんの焼いたパンもたくさん揃っていて、私は急いで席に着いて、いただきますを言ってもりもり食べ始めた。


 父さんもじいちゃんも晩ごはんにみんなとバーベキューを食べていたけど、私が美味しそうに食べるのでお腹が減ってきたと言って、結局三人で一緒に晩ごはんを食べた。父さんもじいちゃんもお肉が大好きだから、あっという間にギトギト肉が無くなっていく。


 二人ともが、まだまだ若々しいので、こんなに夜にお肉をたくさん食べても全然へっちゃらなんだと言っていた。あとは寝るだけなんだから、無理はしない方がいいと思うけど、美味しい美味しいと言いながらみんなでごはんを食べるのは、やっぱり楽しい。私はすっかり満たされたご機嫌な気分になって、食後のデザートまでしっかりと食べた。


 そして、すっかりお腹がいっぱいになって自分の部屋に戻ると、ササッとお風呂に入ってからバフッとお布団に飛び込んで、スッキリと満腹満足の幸せな気分でスカッと眠った。


「お~い、ミーナ、朝だぞ~。起きなさ~い。朝ごはんだぞ~。起きろ~」


 じいちゃんの声にシャキッと目は覚めたけど、まだまだぽかぽかの布団から出ていきたくなくて、ごろごろ、うにゃうにゃしていると、じいちゃんが階段をカンカン鳴らす音が聞こえた。思わずイラっとしてガバッと体を起こして、大声を上げる。


「起きてるよお!だから、そのカンカン、止めてって言ってるのに!」


 顔を洗って着替えも済ませて、1階に下りていって食堂に入ると、じいちゃんが山用の服で朝ごはんの用意をしていた。


「今日も山に行くの?……どうして?」


「そんな、大げさなもんじゃない。しばらく毎日見て回るだけだ。さっと見回ってすぐに帰ってくる。昼も家で食べる予定だし、じいちゃんが念の為に確認したいだけだから、なにも心配するようなことじゃない」


「じゃあ、私も一緒に行く。だってやかんをあそこに忘れたのは、私だもん。山は、一人で入ったらだめなんだよ。村の決まりなんだし、何回も言ってるけど、じいちゃんだって例外じゃないんだからね」


「ミーナは心配性じゃなあ。ちっと見て帰ってくるだけだ。ついでに収穫の妨げになりそうな獣は蹴散らしてこようとは思っておるが、なんも、山に長居などはせんよ」


「別にそんなに、心配なんてしてないよ。私も行きたいだけ。朝ごはんを食べ終わったら、山用の服に着替えてくるから、待っててよね」


 じいちゃんや父さんは、私が知らないと思ってるんだけど、私は、私が赤ちゃんの頃に母さんが山で亡くなったことを知っている。どうやってとか、どうして山にとか、詳しくは知らないんだけど、私が子供の頃から、大人達が囁き合う噂話を何回も聞いたことがあった。だから、断片的なその噂話を私なりにつなぎ合わせて、今はもう、ああそうなんだろうなと確信している。


 だからといって、私が知っていることを言うつもりはないし、今も、母さんを恋しがっている父さんやじいちゃんに、本当のことを聞いて確かめるつもりもない。そんな、絶対に悲しい顔をすると分かっているようなことを話題に上げたいとは思わない。ただ私は、どんなに山が綺麗でも、雄大で穏やかそうに見えても、じいちゃんがとんでもなく強くても、絶対に誰も、一人で山に向かわせないと決めていた。


「そうか。それならタンクに言って、おやつ用に小さめのパイでも貰ってくるかな。昼までに戻ってくるが、山の上でおやつで休憩してから下山することにしよう」


「はい!それなら!私が!私が自分でパイを選んでくる!甘いパイがいいもん!おやつに甘くない、お肉のパイなんてガッカリだもん」


「……ミーナはまだあの時のことを憶えておるのか。いくら何でも根に持ちすぎじゃないか?あの時は……、まあ、いい。それなら早く朝ごはんを食べ終わって、好きなパイを選んできなさい」


 私は大急ぎで朝ごはんを食べ終えると、山用の服に着替えるのは後回しにして、先にお店の厨房に行くことにした。廊下を早歩きで歩いて、玄関の扉に手伸ばしたときに、すぐ近くの外に微かに人の気配があることに気がついた。


「おい小僧!そこから先はお館様方の家の敷地だ。見て分かんだろうが。俺達は今だけ間借りしてるだけなんだからな。ルールぐらいちゃんと守れ。まさか昨日の説明を何も聞いてなかったのか」


「あ、すみません。聞きました。ちゃんと聞いてましたよ。すみません、僕、お花が大好きで、中庭の花壇があんまり綺麗だったから、すみません」


「ったく!花ならあっちでも、いくらでも見れんだろうが。迷惑かけんじゃねえよ。次にまたこっちで見かけたらぶっ飛ばすからな」


「すみません、すみません。でも僕、こちらのおじいさんやお嬢様とも仲良くごはんを食べたり、お話ししたこともあるんですよ。おじいさんはすごく親切だし、ミーナさんは大人しくて物静かな、心の優しいお嬢様ですよね。だからきっと、僕がちょっと中庭のお花を見るぐらいは許してくれますよ」


「はあ~!?いったい……」


 私が親切で静かで優しいことに反論はないけど、いつまでたっても話は終わりそうにないので、私はそのまま玄関の扉を開けて、外に出ることにした。早くお店の厨房に行って、父さんにパイを取り置いてもらわないと、すぐに売り切れて無くなってしまう。おやつの無い山なんて、由々しき一大事だった。


「あっ!ミーナ嬢、おはようございます。昨日は大変お世話に……あ、あれ?」


 玄関の扉を開けてすぐ目の前の、渡り廊下の横にある中庭の花壇の近くに、王子の護衛見習いがいた。オレンジの髪をふわふわさせながら、人懐っこそうな笑顔で朝の挨拶をされたけど、私は馴れ馴れしい態度の男は無視すると決めているので、例外なく無視した。たとえ物知らずなだけの少年であろうが関係はない。


 ついでに中庭の向こうの宿の窓から顔を出している大工の若者を、見張りをするならちゃんとしろよとゆう意味を込めてギロッと睨んだ。ハッキリ言って油断しすぎだし、いい若いもんがヒッと悲鳴を上げるのもどうかと思うけど、私の後ろから、話しかけながらついて来ようとしている護衛見習いを捕まえる為に2階の窓から飛び降りて来たので、まあ、許すことにする。


 廊下をぬけてお店の厨房の扉を開けると、ムワッとした熱気が飛び出してきたので思わず仰け反ってしまった。おまけに、隅の方で蹲って芋の皮を剥いている人に躓きそうになった。いつもはこんな端っこに誰もいないから油断していたとはいえ、蹴り上げてしまいそうになったことを一応謝って、いったいこの異常な熱気は何だと振り返ると、父さん達がいつも以上に忙しそうにバタバタと働いていた。


「ああ!ミーナ!良かった。助かった。早くエプロンをつけて手伝ってくれ。洗い物は溜まっていくし、注文は次々捌かないといけないし、パンは足りなくなりそうだし、とにかく何もかもに人手が足りないんだ」


 焦った様子の父さん越しにカウンターから店の中を覗くと、満員……、以上の状態で、店内はむさ苦しい男達で溢れかえっていた。なんとゆうか、あっちもこっちもぎゅうぎゅう詰めで、奴らは走り込みでもしてきた後なのか、店中がムサい熱気に包まれている。あっちは目に見えない何かが充満していて、見ているだけでも酸欠になりそうだった。


「ああ、ごめん。私、今からじいちゃんと山に行くの。昼までには戻って来るって言ってたけど、しばらく毎日見て回るんだって。それで、おやつのパイを貰いにきたんだけど、まだ、残ってる?……それにしても、ちょっとあれ、じいちゃんの弟子とかには、外のテーブルで食べてもらったら?熱気がさあ、すごいってゆうか、ムンムンで、他のお客さん達が、息がしづらそうってゆうか……、あそこでよく食事が……、いや、え~っと、なんだか暑そうじゃない?窓は全開にした方がいいと思うよ」


「暑そう?ムンムン?いったい何が……?いやいやそれより、今から山に行くのか。パイは何か残っていたかな……、アロン!甘いパイが何か残ってないかそこを見てくれ。あ、グレン、オーブンの肉はもう焼けているんじゃないか?お?この人参をまだ切ってないのは誰だ?」


 私のおやつのパイは、何も残っていなかった。何も、何にも残っていないなんて、山に行くのに、甘いおやつが食べられないなんて、こんなにガッカリすることが他に、世の中に何かあるだろうか。無い。きっと無い。


 父さんが忙しく立ち回りながらも、リンゴを2つ布に包んで持たせてくれたけど、果物はデザートになっても、おやつになりはしない。リンゴもバナナもブドウも、十分甘くて美味しいのは分かっているんだけど、パイじゃない。サクッとバターが香って、ジュワッと濃厚に甘くて、ザクザクもしていない。


 今日は山で甘いパイが食べられない。私はその現実に打ちのめされて、しょんぼりと項垂れながら、とぼとぼと渡り廊下を歩いて自宅に戻った。まったくやる気も元気も出ないので、山用の服に着替える手もモタモタしてしまって、いつもより着替えに時間がかかってしまった。


 だけどずっしりとした山用のリュックを持ち上げると、我知らず山に行くんだと気合いが入る。そして自分の部屋を出て、廊下の先に飾ってある母さんの絵を見ながら階段を下りていると、絶対に、油断なんてするものかとゆう気持ちになっていた。

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