表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

1.王子の求婚

「私は、実は、このロウズベリ王国の王子、ロレンス・ソルヴェシオ・ロウズベリです。どうか、私と結婚してください」


 突然跪いて、小さな箱をパカッと開けた青年が、うるうるした瞳で私に求婚した。大変にドラマチックな光景だけど、私の体温は氷点下なみに一気に下がる。


「イヤ絶対に!ムリです!!」


 思わず大絶叫してしまったけど、どうか許してほしい。青天の霹靂のような顔をして驚いている王子のことは、とりあえず放っておいて、この局面を切り抜ける方法を落ち着いて考える為に、持っていた布巾を手放してテーブルに手をついた。


 なにせ私は庶民中の庶民、ド庶民の定食屋の娘だ。特別に容姿が優れているわけでもないし、近隣にその名を轟かすような美女でもないことは、この世界に生を受けてからの15年間でよお~く分かっている。それでも、私はなんの不満もないし、第二の人生とも言うべき今生をそれなりに謳歌しているのに、なにが、実は……、だ、この王子。


 こっちは飲食店ですからね、プロですからね。あ、なんかお忍びの貴族が来てるなとは誰もが思ってましたよ。個人的には、へえ~よく来るな、暇なのかなって思ってたけど、まさかの王子かい!それで庶民の定食屋の娘に求婚っておかしいだろ、おい!迷惑!一言で言うなら迷惑!チラッと王子を見ると、捨てられた子犬のような顔をして、こちらを見上げていた。


「……ええっと、その姿勢はあんまりなので、とりあえず立ってください。ええ、あの、じゃあ、こちらの席にどうぞ。……ちなみに、前言を撤回するつもりは……?ああ、いえ、失礼しました。そうですか。ええっと、とにかくまずその箱を閉じて、一旦仕舞ってもらえませんか。……とにかく座りましょう」


 私は、ついさっき王子が入ってきた時に、「あ、すみません、もう閉店したんです。今は昼までしか営業していなくて」と言って目を向けた店の扉を恨めしい思いで睨んでから、自分もテーブルの席に着いた。窓の外には、いつものお付きの人達が木に隠れるように立ってこちらを見ていた。……本当に、店の掃除中に鍵をかけ忘れていたことが、とんでもなく悔やまれた。


 私はテーブルに肘をついて、深い深いため息をついた。なにゆえ王子からの求婚などとゆう事態に陥ってしまったのかは分からないけど、なんとか、この国の王子からの求婚などと非常識なことは無かったことにして、穏便に帰ってもらえないものだろうか。王子にも私にも、周りの人達にも、誰にも害が及ばない良案を考え出して、この窮地を切り抜けるにはどうしたらいいのかを、私は、組んだ手をおでこに乗せて集中して考えることにした。


 この世界には、やっかいなことに身分制度がある。王族、貴族、一般の庶民の中にさえ、なんとなくの階級みたいな物があって、ふつうの庶民の労働者の人達は、なかなかに大変な生活をしている。社会保障とかも未熟なので、大黒柱の旦那さんを亡くした子持ちの女性は、よりなかなかに大変な生活になる。そうゆう事情のお母さん達には、うちの店でも何人か働いてもらっている。


 私は、その社会の未熟さとかに毎回辟易するし、人に優劣をつけるような、どうにもならない身分差とかがどうにも苦手で、日頃から極力貴族などには関わらないようにしているのに、よりによって、どうして王子が田舎の庶民の定食屋に来るかな。……無かったことにならないかな。今ここからススス……と居なくなったら、無かったこととして忘れてくれないかな……、あ、だめだめ、あまりのことに現実逃避してしまっていた。ちゃんとうまく断る方法を考えないと、大変なことになるかもしれないのに。


 私が結婚なんて、誰かに求婚されるなんて、今世でも前世でも初めてのことなので、軽くパニックになっているらしい。だいたい、いきなり急に求婚ってなによ?そんなの対処法がなんにも思い付かなくて当たり前でしょ。これってやっぱり、きっぱり断るだけじゃだめなのかな。王子の求婚って、どう断るのが正解なのよ?私は前世の知識を引っ張り出そうと、本や映画の王子が出てきた物語をうんうん唸りながら思い出すことにした。


 そう、私には前世、とゆうのか、私が私として生まれる前の記憶がある。今はもう、あまり思い出すこともないけど、たしか前はもっと便利な電化製品があったし、娯楽もたくさんあったし、今よりも進んだ医療や教育や、様々な制度や技術があった。とはいえ、私は今の生活に不満もなく、今の、この生を元気に生きている。なにがどうなってこうなったんだか分からないんだし、悔やんでいたって、なんにも変わらないし、今はここなんだから、ここで暮らすのが当たり前だよねとも思っている。


 そう思えるのは、今の私が生活に困っていなくて、うちの店は人気の定食屋で繁盛していて、庶民にしてはかなり裕福な生活をしているからなんだろうと思う。安心で安全に守られて暮らしているからなんだから、ちゃんと平穏な毎日に感謝しないとなと、あらためて思った。


 それに、私は一人娘なのでいずれこの定食屋を私が継ぐことになる。将来は誰か適当な人に婿にきてもらうんだろうけど、それは絶対に王子ではない。断じて違うことは、恋愛経験が前と合わせても(たぶん)ゼロな私にでも、ハッキリと分かる。


 おまけに、今世の私の家でもあるこの定食屋は、昔は宿もしていたぐらいなので広々としていて快適で、所々に可愛い装飾もある凝った造りの立派な建物で、緑豊かな庭も、蔦を這わしている石壁も、生粋の日本人だった私にとっては古い田舎の可愛い洋館といった風情が、とてもお気に入りだし愛着もある。


 私は、あらためて清潔でアットホームな雰囲気の店内を見渡した。ここから離れてどこか知らない遠くで暮らすことなんて、まったく考えられない。私は、豪華なお城にも舞踏会とかにも興味が無い。求婚者がもの凄く美形であろうと、王子であろうと、まったくお話しにならない。


 それに私は、この家がすごく立地に優れていて、この世界でも類を見ないほど便利なことを知っている。この広い自宅とお店の、棟続きになっている館を建てたのはたしか私のひいひい、ひい、……とにかく昔の私のおじいさんで、たぶんその人がすごく賢かったんだと思うんだけど、この水道も通っていない井戸から水を汲むのが当たり前の世界で、実は我が家は、蛇口を捻れば水が出る。それどころか専用の蛇口があってお湯も出る。水とはまた別に、山の方から温泉のお湯を引いているらしい。だからいつでもお風呂に入れるし、シャワーもある。そして、もちろんトイレは水洗だ。……ああ、だめだ。どうしても現実逃避してしまって、集中できない。水回りがどうとか、今は全く関係ないのに。


 私はまたため息をついて、組んだ手の隙間から、チラッと目の前に座っている王子を盗み見た。それはもう、整った顔をしていた。金髪碧眼、まさに王子様といった風貌だった。けれど、私は父親を筆頭に、毎日、山のようなゴリゴリの筋肉をしているうちの従業員や村人ばかり見ているので、王子はスタイルが良いとゆうより、頼りないほどにひょろりと細長く感じた。


 私にとっては、親しく話したこともない見知らぬ他人で、周りの誰よりも弱そうな人との結婚なんてまったく考えられない。どう考えても断る以外の選択肢はないんだけど、また堂々巡りしてしまう。はたして王子の求婚はすぐに無下に断ってもいいものなのか。逮捕されたり、処刑されたりしないんだろうか。そうならない為に、穏便にここから出て行ってもらうには、どうしたらいいんだろう。私は、王子をほったらかしにして、延々と悶々と悩んでいた。


「あの、ミーナ嬢……、私も、みなさんと同じようにミーナ、……さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?……ミーナ嬢、いえ!ミーナさん。私は、あなたに初めて会った瞬間から、あなたに、こ、恋をしたのです。私のこの気持ちは真剣です。この一年間、私はずっとあなただけを思い続けてきました。私は!どんなに反対されようとも、これからもあなただけを愛し続けます。あなたを騎士のように守ります。私は、あなたを心から愛しています。どうか私と結婚してください」


 い……!?一年?ヤバかった。思わず声が出そうになった。全然気が付かなかった。いやいや、王子よ、反対されてるなら諦めなよ。そりゃ、反対もされるよ。あなた王子なんでしょうよ。どうして私みたいな庶民に求婚してるのよ。ここド田舎の庶民の定食屋なんですけど。私はただの定食屋の娘なんですけど。どう考えても、おかしいでしょうよ。王子なんだから、婚約者とかどうなってんのよ。頭の中がハテナだらけになったことで、逆に冷静になってきた。


「先にお聞きしてもいいですか。もし、私がこのお話をお断りしたら、私や私の家族は、なにか罰を受けるのでしょうか」


「まさか!そんなことは何も!なにも罰などありません」


「そうですか。それではあらためて、お断りさせていただきます。私に妃は務まりません。どうか、ふさわしいお方とお幸せになってください」


「ま、待って、待ってください!私はあなたを愛しています」


「は?知りません。お断りです。どうかお引き取りください」


 なんだ、良かった。なにも罰がないなら、こんなにウダウダ考え込まなくても良かったのに、それを先に聞いておけばよかった。私はすぐさま席を立って、歩いて扉を開けに行った。罪にならないと言質も取ったことだし、さっさと帰ってもらって、閉店作業の続きを早く終わらせたい。なぜすぐそうしなかったのか、今となっては不思議なほどだ。幸いにも王子が私の後をついてきたので、扉の前でクルッと振り向くと、ニコッと笑って扉を開けた。


「ありがとうございました。またのお越しを」


 私は、顔を赤くしてニコッと微笑み返してきた王子をそっと押す、ように見せかけてぐいぐい押し出して、木の陰から見ている従者らしき人達に頭を下げると、バタンと扉を閉めて速攻で鍵をかけた。そして換気の為に開けていた窓もすべて閉じて、ぴっちりカーテンを閉めると、やっとふい~っと一息ついた。やれやれ、よかったよかった。どうやら何ごとも無かったことにできた。


 私はようやく安心して、大急ぎで店内の掃除の続きを始めた。テーブルの上を拭きながら、つい癖でまたのお越しをと言ってしまったなと後悔したけど、庶民の女にハッキリ断られたのに、また来る王子もいないかと思って、まあ、いいかと思った。拭き掃除を終えると厨房の方から外に出て、中庭を見ながら渡り廊下を歩いて、一旦自宅を覗いてみたけど、誰もいないようだったのでまた店の方に戻って、粉ひき小屋にしている部屋の扉を開けた。


「父さ~ん、いる~?」


 部屋に入ると、すぐに壁に飾ってある私の母さんの絵が目に入った。とゆうか、我が家はアチコチいたる所に無数の、同じような母さんの絵が飾ってある。この部屋にも、おそらく等身大だと思われる大きな絵も含めて4点……、今気づいたけど、四辺すべての壁に大小様々な私の母さんの絵が掛かっていた。


 私の母さんは、私がまだ赤ちゃんの頃に若くして亡くなってしまったので、残念ながら私は母さんのことを憶えていない。色々な人に子供の頃から母親似だと言われてきたけど、絵の中のか細くて小柄な優しそうな女性が、何度私にそっくりで生き写しのようだと言われても、とても信じられない。私は、こんなにも可愛らしくないし、優しそうでもないし、こんなに上品な淑女みたいな女の人には、一生掛かってもなれないと思ってしまう。


「お?ミーナか、そこで何してる?ああ、母さんに見とれていたんだな。本当に美しいだろう?父さんも毎日母さんに見とれているぞ。本当に最高の女性だ。グスッ、んんっ!しかしあれだな、ミーナも、ますます母さんに似てきたな。きっと将来は母さんのように強く優しい最高の大人の女の人になれるぞ」


 開けたままだった扉から入ってきた父さんは、両肩に大きな小麦粉の入った袋を2つずつ乗せて軽々と部屋の中に運び込んでいた。誰もが見上げる大男の父さんは、一言で分かりやすく言うと見た目は羆だった。


「あ、そうだ、じいさんの道場にはもう行ったのか?今日の分の瓦は割ったのか?」


「父さん……、女の子は瓦を割らないんだよ。薪だって素手では割らなくて、斧で割るんだって、言ってた。私、ここではそれが普通だと思ってたのに、恥ずかしかったんだから」


「なに?じゃあ瓦を斧で割るのか?なんのために?」


「違うよ!なにも割らないんだって。なんにも、素手ではなんにも割らないの。……もういい」


 私は父さんをその場に残して、ずんずん中庭を通り越して自宅の玄関に向かう。後ろから、まだ父さんが道場の話しをしていた。もう道場には行かないって言ってるのに、父さんは本当にしつこい。なにか父さんに話があったはずなのに、何の話だったかすっかり忘れてしまった。私がぷりぷりしながら玄関の扉を開けると、じいちゃんが仁王立ちで立っていた。小柄なじいちゃんは、一見か細い老人に見えて、父さんよりも、それどころか誰よりも強い。


「ミーナ!今日も瓦割りをサボるつもりか。たるんどる。そんなことでは、すぐに弱くなってしまうぞ。今から裏山で修行のやり直しだ!」


「じいちゃん、何度も言ってるけど、女の子は瓦を割らないんだって!修行なんてしないよ。悪口を言ってくる男の人をぶん投げたら、乱暴者って言われるんだからね!」


「なにい!悪者をぶん投げてなにが悪い!まさか、ミーナは悪者を遠くに投げなかったのか?パワーが足りなかったのか。ひよっこのようにぺいっと押しただけなんじゃないのか。弱っちい未熟者すぎて、完膚なきまでに叩きのめす力がなかったんだろう」


「なにい~!じじい!表へ出ろ!弱っちいかどうか、今すぐ勝負をつけてやる!」


「よお~し!久し振りに実践でもんでやろう!裏山で勝負だ」


 素人にちゃんと手加減しただけなのに、弱っちい呼ばわりされた私は頭にきて、そのまま飛ぶような速さで裏山までじいちゃんと走った。走りながら蹴りをいれてくるじいちゃんの攻撃をオーラを固めて全部防いだ。じいちゃんは地形も利用しながらこざかしい攻撃ばかりしかけてくる。木々や草花を少しでも傷つけたらこちらの負けだから、私はフェイントをいれながら、連続技でじいちゃんに対抗する。


 集中して、スピードをあげて、突然ゆるめて、繰り返し、右、左、上段、下段、お互いに打ち合って、順番にだんだん追い詰めて、とどめをさす機会を窺う。その時、じいちゃんがカッと口を鳴らしたので二人とも動きを止めた。どちらかが致命傷を与えた合図だった。


「どっち!?私はまだとどめをさしてないから、じいちゃん?どれのこと?」


「いや、二手前のミーナの蹴りが良かったんじゃないかと思う。当てていれば完璧な良い蹴りだった。うむ。どう見ても免許皆伝だ。とうとう道場を譲り渡す時がきたな」


「いやいや!いらないいらない!私が継ぐのは定食屋の方!!免許皆伝なんていらないの!私は、これからは普通の女の子になるんだから。ちゃんとした、淑女になるの!」


「なにを言うか!それだけの才能がありながら!じいちゃんはもういい年なんだから、弟子達の面倒はミーナがみなさい!」


「やだやだ!絶対いや!そんなに全然元気なくせに!道場なんて絶対継がないからね!私は淑女な女の人になるんだから!あっ!しつこく道場を継がせるなんて言うなら、私、王子と結婚する!そういえば私さっき王子に求婚されたんだった。王子と結婚してお城で暮らすことにして、この家を出て行くよ!」


「はあ!?なにを言っとる?また、前の世とかの話しか?なるほど、夢でもみたんだな」


「違うもん!寝てたんじゃないもん!もう、じいちゃんなんて、知らない!」


 私は走って、裏山を駆け下りた。本当は、道場を継ぐのが嫌だからって結婚なんてしないけど、私は今日初めてちゃんと見て話した王子のことを思い出していた。私の周りにはいないタイプのスラッとした青年だった。もう二度と来ないだろうから、もう会えないんだけど、なぜか、うるうるした瞳の王子の顔がチラチラ思い浮かぶ。おまけに、愛やら恋やら言っている王子の声まで聞こえる気がして、そのたびに、なんだか顔が熱くなって落ち着かない気持ちになった。


 私は不本意ながら道場に寄って、今日の分の瓦を次々と割っていった。それでも、精神統一するどころかオーラまで乱れていて、なにか知らないモヤモヤは、私の一部になってしまったようになかなか去ってはくれなかった。


 仕方がないので、久し振りにじいちゃんの弟子たちとバッチコイ稽古をして、バッタバッタとなぎ倒していった。すると結果的に、そんな気はまったくなかったのに、裏山から戻ってきたじいちゃんを喜ばす形になってしまった。


 じいちゃんの狂喜乱舞があんまりうるさいので、たんまりオーラを込めて殴って、ついでにじいちゃんも一緒に沈めておいた。ふと道場にも飾ってある母さんの絵が目に入って、思わずため息がでた。なぜか、ふつうの淑女への道は、果てしなく遠いように思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ