表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/75

第5話 それでは、人生の良い旅を

 朝の森は、静かだった。

霧は昨夜よりも薄く、葉の隙間から差し込む陽光が、まばらな光の筋をつくっていた。




茶亭の扉を押し開けると、外の空気はひんやりとしていて、けれどどこか軽かった。

エルドはひと息吸い込んでから、鎧の留め具を締め直す。




「……じゃあ、行くよ」


茶亭の玄関で、彼は背を向けたまま言った。




ルゥナは、扉の柱に背を預けたまま、小さくうなずいた。

「また来るでしょ。そういう顔してる」




エルドは振り返り、苦笑した。


「バレてるか。……でも、今度はもうちょっとマシな顔で来たいな」




ルゥナは何も言わず、ただ静かに彼を見送っていた。

その表情は、いつものように感情を多く語らないが、

その中に“気づいていない想い”のようなものがかすかに揺れていた。




ヴェルディアが扉の内側に立ち、ひとつ手を上げる。

今朝の彼の装束はいつもよりすこし明るい色を帯びていて、

その姿はまるで、長い旅の始まりを祝福する者のようだった。




「歩く先でまた、疲れたら戻ってきなさい。

茶はいつだって、君の“今”に合わせて淹れてみせるよ」




エルドはまっすぐヴェルディアを見て、そして言った。


「……あんたの言葉、どれも染みてくるんだ。

昨日の俺には、何一つ入ってこなかったのにさ」




「そういうものさ。

“言葉”は、相手じゃなく“自分”が受け取れるときにしか、響かない」




少しの間、二人の間に静寂が流れる。

それは別れの空白ではなく、理解し合った者同士にだけ許される、心地よい間だった。




やがて、ヴェルディアはほんの少しだけ目を細めて言った。




「それでは、──人生の良い旅を」


 


エルドは、その言葉に応えるように背筋を伸ばし、

霧の森へと一歩を踏み出した。


昨日までのように重くはない足取りで。




背後で扉の音が静かに閉じられ、茶亭は再び、森の静寂に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ