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第2話 静かに注がれた言葉

 兵士は湯気の立つ茶器を見つめたまま、しばらく黙っていた。

さっきの言葉──“冷めるまで待てば、味が見える”──その意味が、まだどこか遠くにある気がしていた。




「……味なんて、見える前に冷めちまうことのほうが多い気がするけどな」

兵士は苦く笑い、茶をひと口すする。

不思議な味だった。焦がした葉の香りと、かすかに甘い後味が残る。疲れた身体に染み込んでいく感覚があった。


「名前は?」


無口だった少女が、不意に問いかけた。

短く、ぶっきらぼうに。けれど、興味を持ったわけでもなく、単に“必要だから聞いた”というような口調だった。


「……エルド。第七方面軍所属。巡回任務でな」


ルゥナは軽くうなずくだけだった。

そしてまた、無言で茶器を整え始めた。




「なんだか不思議な子だな。あんたの娘か?」


エルドが聞くと、ヴェルディアはふっと笑った。

「いいや、違うよ。ただ、縁があってね。助けが必要だった。それだけだ」


「そっか……でも、羨ましいな」

エルドはぽつりと呟いた。「誰かが手を伸ばしてくれるって、俺はあんまり知らないんだよな」




茶亭の中に、しばし沈黙が流れる。

外の霧は少しだけ薄れてきたように見えた。




「……昔はさ」

エルドがまた口を開く。「俺も、勇者に憧れてたんだよ。世界を救って、皆に感謝されて、名前が残る……そんなふうに思ってた」


「だけど現実は、なにかを守るってのは、ただ、汚れ役を押し付けられることだった。

人の死体を埋めて、文句を言われて、指示も出ないまま歩かされて……」


声がかすれた。

感情というより、呼吸そのものが薄れていくようだった。




「そうして、何かを守った気にもなれずに、今日まで来た。

だったら俺は、いったいなんのために……」




その言葉の続きを、ヴェルディアがそっと遮った。




「意味は、あとでいい。

君が何を守ったかを決めるのは、今じゃない」




その声音は、まるで茶を注ぐように静かだった。

怒りも同情もなかった。ただ、誰かの記憶をなぞるような深さがあった。




「……今は、疲れているだけだ。そういうときは、熱い茶の味なんてわからない。

冷めたときにわかることもある。……それまで、ここで休んでいけばいい」




エルドは、何も言えなかった。

ただ、ルゥナが再び湯を注いでくれる音が、耳に心地よく響いた。




彼は、もう一度、茶に口をつけた。

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