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消える魔法のネルシアス

カーナカロルの傷跡

作者: 揺り桜


 カーナカロルの従姉妹は双子でした。

 だから、カーナカロルは自身が双子を産んだとき覚悟しなければならなかったのです。後悔がともなうとしても、酷いことだとしてもいつか自分で自分の子を死に追いやるのだと。

















 カーナカロルはユゼという家にうまれた、三人目の女の子でした。弟が一人いて、家の名を継ぐのは弟と決まっていたので一人目の姉は弟を手伝えるように勉強を、二人目の姉はどこかの国に嫁ぐために勉強を、そしてカーナカロルは巫女になる勉強をしていました。

 カーナカロルは巫女になり、いずれ巫女をまとめる立場になることが決まっていました。ヴィーコナーという、今は叔母が巫女としてつかえる森をカーナカロルが引き継ぐためです。


 「どうしてヴィーコナーでなければならないの?」

「セフェカータはルートルーカとそのお嫁さんがまもるのだから、不思議なことなんてないでしょう」


 二人目の姉、カーレカーロがカロルの頭を撫でて地図を広げます。地図には巫女がいる森のすべての名が書いてあり、その周辺にある村の名前ものっていました。地図はユゼと、ユゼの認めたもの以外みることが出来ません。本来ならカロルやカーレが見ることもゆるされてはいませんでした。しかし、嫁ぐなら周辺の町や村を知っているべきだと主張したカーレのために一人目の姉カーラレッカが父を説得してくれたのです。カロルが地図をみられたのはそのおまけでした。

 叔母がつかえる森、ヴィーコナーを指さして姉がそこに人形を置きます。


「レイーラン叔母様には子がいないでしょう。それに叔母様はもっとも精霊様に近いのだから……」

 「カロルも姉様たちといたいのに」

「それは私も同じよ。でも私たちにはやるべきことがあるの。ヴィーコナーは豊穣の精霊様がいらっしゃるわ。セフェカータの次に重要な森よ。それに、」


 その後に続く姉の言葉はわかっています。


 「カロルが叔母様の次に精霊様に近いからでしょ」


 それだけが理由ではありませんが。

 きちんと説明された納得のできる理由はただそれだけで。

 カロルはうまれた時からヴィーコナーの巫女になると定められ、レイーランは子をもうけることを禁じられたのです。カロルがうまれた頃、レイーランには好いた者がおり、想いが通じ合ったばかりでした。

 だからカロルは、優しいレイ叔母様に会うたびに胸がぎゅっと詰まるのです。


「ええ、そうね…。それにメレ叔父様のところのユーメイラとユーメイルはユゼの血をひいていないもの。ヴィーコナーはユゼの血を持つものでなければならないのよ」

「せんと、のこと?」

「遷都ね。それもあるでしょうけど、一番は……」

 

 こーん、こーん、鐘が響きます。


「花しぼみの刻だわ。カロル、明日にはレイ叔母様のところに行くのでしょう?そろそろ準備をしなくてはね。お昼もとらなきゃいけないわ」


 手際よく地図をくるくると巻き、人形を片付けると姉はカロルの手をひいて花と王冠、そしてつる薔薇の回廊を歩いていきます。決められた者しか入ることのできない資料室の前で姉とわかれたカロルは姉が言いかけた言葉の続きを考えました。

 一番は、何なのでしょうか。


 精霊様に近いことでもなく、遷都のことでもなく。


 「双子の姉様のこと?」


 けれどそれを姉に聴くことはできませんでした。資料室でわかれたあと、カーレは倒れたらしいのです。一番目の姉、カーラはその看病につき母と父は忙しく、一緒にご飯を食べたのは弟のみでした。

 「るーねえさま!」

 「ルート、姉様と手をつなぎましょ」


 ぱたぱたと元気に走り回る弟にカロルはわたわたとお姉ちゃんぶります。見本は自分の姉二人でした。

 弟のルートルーカにちゃんとお姉ちゃんらしくできているか、カロルにはわかりません。それでもかわいい弟が健やかであることを願っているのです。


 自室に戻りたくないというルートを連れてカロルは部屋に戻ると、ルートをベッドに呼び寄せ絵本を3冊、ルートの前に並べます。どれがいいかルートに選んでもらいベッドに転がすと、ルートの横にカロルも横になり本を読み始めました。


「レンゲルという王国に仲の良い2匹の兎がいました。

 2匹は何もかもが同じで、だけど性格だけが違います。明るく太陽のようなイブ、静かで月のようなアム。しんしんと雪がふるある日のこと、アムはイブのために暖かい寝床を用意しようと家の外へ出ました。

イブもその日、アムに暖かい食事を作ろうと考えて鍋と向き合っていました」


 ゆっくりと穏やかな声色で読むうちに、カロルもだんだん眠たくなってきます。


 「帰ってきたアムは」続きを読む声はすやすやという寝息にとめられました。眠る弟の頬を優しく撫で、カロルは静かに明日の旅支度をはじめます。二の花が咲く時間になって、ルートを迎えに来た侍従と話し、旅支度を終えました。















 四の花の花開きの刻、まだ日が登りきっていないなか、カロルは馬車に乗り込みました。

 

 二番目の姉、カーレはまだ体調を崩しているようで会えませんでしたが、一番目の姉カーラが見送りに来てくれました。

 馬車のなかから弟と姉に手を振ってカロルは揺られていきます。向かう先はヴィーコナー、レイ叔母様の所でした。今回は従姉妹である双子の姉様たちも一緒だと聞いています。


 「すこし、こわいわ」


 カロルは人見知りでした。

 周りはいつだって城のなかで完結してしまう箱入りにとって、知らない環境にいくというのは勇気がいるものなのです。  

 いつもは叔母が城へ来ていましたが今回は違います。カロルが向かわなければならないのです。それに、カロルは双子の姉様があまり好きではありませんでした。


 嫌なところがあるだとか、意地悪をされたわけではありません。ただなんとなく苦手なのです。




 なんと言えばいいのでしょうか。

 カロルには上手くその理由を説明することはできませんが、雰囲気が違うのです。双子の姉様はカロルとはあるべき場所が違う、それも双子それぞれにそう思うのです。


 「………」



 不安を抱えたままカロルは揺られていきました。

 何日も馬車で過ごすうち様々な森をみました。その土地の巫女に挨拶もさせてもらいました。いずれこちらが頭を下げることになるのですよ、と巫女たちに言われるたびカロルは困りました。

 本当にその立場は自分でいいのでしょうか?

 それは血が一番なのでしょうか?

 他にも理由がある?



 「………」


「カーナカロル様は巫女というのはどんなものだと思いますか?」


 ヴィーコナーに向かう途中、馬車で五日目のことでした。ドゥセンビーイの森の巫女にカロルは聞かれました。


 「みこ…?」

「ええ。わたしは神様の意志を受け取る手足だと思っていますわ」

 「わ、たしは、」


 カロルにはありませんでした。

 巫女がどんなものか考えたことありませんでした。

 だってカロルはこれが役割で、やらなければならないことで、それから逃れることはできないのです。

 やりたいとも、やりたくないとも言えないのです。


 なによりもカロルはレイーランの大切を踏みにじりめちゃくちゃにしたのですから、その責任を取らなければなりません。

 すくなくともカロルはそう考えています。


「巫女は、責任です。わたしにとっての巫女はそういうものです。不確かな責任のありかを、明確にする道しるべなんです」


 これは心からの言葉でした。

 だけどどこか、上辺だけのように聴こえました。

 カロルが決めたことなんて数えるほどしかありません。親が決め、大人が決め、姉たちが選んだ余りを握って進むだけのカロルはそういうところで弟を羨ましく思います。はじめから選ぶ権利を与えられているのは弟だけだからです。


 上辺だけのものに聴こえる言葉に価値などあるのでしょうか?


「そうですか。ご自身の考えがあるというのはとても素晴らしいことですよ」


 巫女にかけられた言葉もどこかからっぽのようでした。


 悩みと不安ばかりが増えていくなか、ヴィーコナーへと馬車はつきました。

 





 土砂降りのなか降り立ったカロルはぼやけた霧の先に浮かぶ影に足を止めます。

 ここはもうヴィーコナ―、セフェカータ同様の聖なる領域、のぞまれた者だけが踏み入れて良いおそろしい場所です。あの影はおそらくカロルを迎えに来たレイ叔母様でしょうが、いいしれぬ恐怖を感じました。





 「レイ叔母様」



 呼びかけに影の動きが止まります。

 霧の中から手が伸びて招いていました。

 おいで、おいで。

 こちらへおいで。


 「双子の姉様はまだなのですか」


 風がカロルの背を押します。

 おいで、おいで。

 こっちだよ。


 「……」


 木々の声、反響する土地の言葉、葉から水が落ち雫を貯め地に沈み、森の命へ変わる音。

 おそるおそる、カロルは一歩踏みだし――。


 「カロルちゃん」

 

 聞こえたレイーランの声に慌ててカロルは振り向きました。

 いつの間にか馬車は消え、カロルについてきた人々も姿が見えません。レイ叔母様は馬車があったはずの場所に立ち、霧の向こうを睨んでいました。

 駆け寄ってその手を掴むと、レイ叔母様はにこりと微笑んで抱きしめてくれます。けれど説明だけはしてくれませんでした。


 「選ばなければならないわ、カロルちゃん」

 「何をですか」

 「種か、花かをよ」


 意味がわかりません。

 けれど選ばされそうになっているものが、なにか恐ろしいことだと直感がカロルに囁きます。種か花か、同じもののようであり、違うのでしょうか?

 咲くか、咲かないか。


「……それは、わたしでなければならないのですか」

「望ましいのはカロルちゃんね。メイラとメイルが選んでもいいけれど…望まれているのは貴女だもの」


 またこの言葉です。

 望まれているかどうか、常に付き纏うこの言葉がどれほど残酷なものかカロルは知っています。

 巫女に選ばれるということは贄であり神の妻になること。

 選ばれなければ、望まれなければ巫女になることはできず、選ばれてしまえば巫女以外になることもできません。ユゼだけはその血であれば誰が巫女になっても良いという例外がありますが、その分血への執着と誓約は重いものです。


 「レイ叔母様は?」


 ヴィーコナーの巫女なのですから本来この血に望まれるべきはレイーランです。そして、カロルが望まれる理由もまた巫女だからです。


 「次の巫女が選ぶべきことなのよ」


 カロルをぎゅうぎゅう抱きしめて、優しく髪を梳いてくれるその手は、沢山の選択できっと、傷ついています。


 びしょびしょね、と笑うレイーランに促されカロルは家へあがりました。

 双子の姉様達を待つ間にレイーランが用意してくれた薬湯へ入り、温かいスープを飲み、火の前でうとうとと船を漕ぐうちに待っていた双子の姉様も到着しました。

 雨はやんでいました。



 「はーっつっかれたぁ!」

 「メイル」

「メイラもさっきまでお尻が痛いーってうるさかったじゃん」

 「ちょっと!」


 薄茶色の波うつ髪と赤茶色の瞳。

 鏡合わせのような双子はけれど好みも性格も異なります。

 姉のユーメイラは大人振りたい、恥ずかしがり屋で。

 妹のユーメイルは飾らない素直で明るい少女です。

 

 カロルより4つ上の17歳、カーラレッカと同じ歳です。

 もっとも、双子はカーラよりカーレカーロとのほうが友人と呼べる関係でした。


「大変だったみたいね、薬湯があるけれど、食事が先のほうがいいかしら?」

 「レイ叔母様!ありがとう!お湯がいい」

「今日はもう遅いですから、カロルは寝たほうがいいと思います。待っていてくれてありがとう、明日お話しましょう」


 目をこすりながら、カロルは頷きおやすみを告げ用意された部屋へ向いました。扉が閉まった後の居間からは、カロルが布団に潜り込んだあとも明るい話し声が響いていました。



 その日、カロルは夢を見ました。

 雨が降る森のなか、背の高い木々が空を覆い、霧がたつとこだまするのです。

 呼び声が。


 おいで、おいで、こっちだよ。

 おいで、おいで、ここにいる。

 おいで、おいで、こっちだよ。

 おいで、おいで、―――――――――。


 キーンと頭をつんざくような音に蹲り、耳を塞ぎ目をぎゅっと閉じますが変わらず声はこだまします。その声を遮るようにうるさくキーンキーンと鳴るのは、錫のようでした。

 おいで、―――――、おいで―――――――。

 必死に頭を振ってイヤイヤと示しますが、力強いナニカによって身体が引っ張られていきます。

 おいで―――――。おいで―――。


 ぎゅうぎゅうと丸くなり、額と手を土につけ、イヤだイヤだと駄々をこねると、ナニカの気配は薄まっていきました。

 それでもまだまだ恐ろしくて、怖くて、どれほどの時間かそのままの体勢で忍んでいると視界が徐々に明るくなっていき、森に朝日が差し込みはじめました。

 それにほっとして顔をあげると。












 被っていた布団を思い切りふっ飛ばして、カロルは慌てて窓を開けました。汗でびしょびしょになった体が風で冷えても気にしませんでした。ただこれが現実だという確信が欲しかったのです。

 夢の中の誰かが顔をあげたあと。

 ナニをみてしまったのか、カロルは覚えていませんでした。

 ただガタガタと震えがやまず、呼吸も荒いままいつまでたってもそれが落ち着きそうにないことがなによりの証拠でした。

 きっとよくないものをみたのです。

 夢の結末は酷いものだったのでしょう。


 「錫の音…」


 精霊の愛子。

 自然に、世界に愛され祝福された存在。

 だけど、ほんとうにそれだけなのかカロルはずっと疑っています。

 あの錫の音がなければカロルは夢のなかでどうなっていたのでしょうか。考えれば考えるほど呼び声に引き寄せられて森の奥へ奥へと進んでいたとしか思えなくなりました。





 だってあの声はよく知った父母の声だったのですから。


 落ち着かない気分のまま、どうにか身なりを整えて下の階へ降りるとふわりとスープの香りが漂ってきます。

 レイーランがひょっこりと顔を出しおはようと笑いかけてくれるのにカロルはようやく気が緩みました。だからか、ふらりとその場で膝をついてしまいました。


 「カロルちゃん!?」


 慌てて階段を登ってきたレイーランに抱きしめられてカロルは理由もわからないまま泣き出しました。

 それからカロルは熱をだし気を失ったのです。

 起きると外は真っ暗で、様子を見に来たレイ叔母様言は森に同調したのだろうと言いました。

 

 「もりに、どうちょう?」

「ヴィーコナーは儀式を控えているから、それも理由かしら。巫女のなかには強く森と繋がりあって影響を受けたり、逆に干渉することのできる巫女がいるのよ」


 「とても、怖いものをみたのです」

「……そう。大丈夫よ、ここには怖いものはいないから」

 

 優しく頭を撫でられてカロルはもう一度眠りにつきました。

























 それからも何度か夢をみましたが、錫の音が響きこわいものをみるよりも前に目覚めることができるようになっていました。だから次第に、カロルもあまり気にすることがなくなってしまいました。

 ヴィーコナーの森で行わなければならない、今年最後の4つ目の儀式が近づくまでは。


 「メイラ姉様、こちらの飾りはどちらに?」

 「あら、それは私達が使うものね。預かっておくわ」


 儀式の準備に走り回って。


 「メイル姉様、練習はよろしいの?」

 「カロルは舞、好き?」


 おさぼりな姉様を捕まえてきたり。


 「歌は好きです。舞も、好きです」

 「じゃあ巫女にはなりたい?」

 「…それ、は…」


 「わからない?」

 「…はい」


 木の上で足をぱたぱたとさせるユーメイルを見上げてカロルは手を伸ばします。

 「降りてきてください、メイル姉様」

 「選ばなきゃいけないよ、カロル」

 「え」


 ぱっと飛び降りてきたユーメイルにカロルは数秒、見惚れていました。いつものユーメイルとは違う、地に足がついた力強い瞳に射抜かれてカロルの足は地面に縫い付けられたかのように動きません。


 「カロルはあたしとメイラ、どっちが巫女になると思う」

 

 考えたことがありませんでした。

 当たり前のように二人とも巫女になるのだと思っていました。


 「どちらもではいけないのですか」

 「それは精霊様によるだろうねー」

 「なら…」

 

 言いかけた言葉は首をふるユーメイルの姿でとまります。


「ほんとはね、巫女になりたくないんだ。なりたいのはメイラだから。でもあたし達同じ魂を分け合ったこどもでしょ?月と太陽、光と影、対になるものは対に」


 きっとこれは、聞くべきではないことです。

 きっとこれは、聞かなくてはいけないことです。


「質問の答ですが、巫女に一人しかなれないのなら、それがメイラ姉様とメイル姉様なら…巫女はメイル姉様だと思います」


 どちらにせよ答えは出しておくべきだとカロルは思いました。答えがなければ納得できないものだと悟ってしまったからです。


 「さっすが、カロルはやっぱりみこさまなんだね」

 

 よくわからないままでした。

 けれどメイルはカロルの手を取って練習に行こうと言い出したのでカロルも何もなかったことにしました。


 練習場所、といってもただの広場ですが、そこにたどり着くとメイラがすでに踊り始めていました。レイーランが皮の硬いオーレヌをメイラに向かって投げながら歌っています。カロルはメイルと目を合わせます。


「メイル姉様、あたらないように踊れってことみたい」

「レイ叔母様ってそーゆうとこあるよねー」


 たたたっと軽く走り出し、カロルはメイラの手を取って踊りに加わります。はぁとため息一つ。メイルも混ざります。

 容赦なく飛ぶオーレヌを避けながら器用に踊るカロルと危ういながらもぎりぎり回避するメイル、そしてときおりぶつけられて転ぶメイラ。そのうちメイラがかわいそうになってきたカロルはさりげなくその動きを誘導してやることにしました。



 それが続いて三日目。

 レイ叔母様は練習になると途端厳しく、容赦がありません。だからカロルは呼び出された理由をなにかが足りなかったのだと考えびくびくしていました。

 けれど呼び出された理由はカロルではなく。



 「カロルちゃんは種と花、決めたのかしら」

 「…ぁ」



 種と花。叔母様の言うことは相変わらずわかりません。

 わからないのはユーメイルの言うこともでした。

 

「…そうよね、まだこれはカロルちゃんには重すぎるわ。今回は…そうね、私が、ああ、いいえ、でも…」

 わからないなりに考えていました。

 カロルは生まれたときから巫女になることを定められた、ユゼ家では珍しいものです。ユゼ家は誰が巫女になってもいい。誰が巫女に選ばれるかわからない。


 生まれたときから、と言いましたが本質的には異なります。

 カロルはうまれる前から巫女になることを決められ、選ばれたのです。それはお告げ、母が父に嫁ぐことが決まった日の朝のこと。


 ――金に青、緑しげる川のせせらぎ、涼やかに目を細め二度の眠りとめざめを織りて淡く散る祝歌を巫女へ――


 あおい薔薇に誘われるように手を伸ばしその棘に刺された母はそれで我に返ったという。そしてカロルが宿り、うまれる日にちが近づくにつれ忘れていたお告げを母は思い出したと。


 ただひとり、ユゼ家においてはじめから定められた巫女、それがカーナカロルです。

 


 「だめよ、レイーラン様」


 選べと命が仰られるのです。 

 与えられた命に背くなどありえません。


「種と花、であればカーナカロルは種を選びます。花はきれいに摘み取って種が芽吹くためのもとになっていただくのです」


 正直なところ、カロルにも自分が何を言っているのかわかりませんでした。ぼんやりと霞がかった世界でただ命だけが残るのです。


 それでもふわふわとした頭が、夢を連想させました。

 あの、恐ろしい夢。


 「……はい。そのように」


 頭を下げたレイーランの表情を伺うことはできません。

 でも…カロルはぼんやり、あわれまれているだろうと思っていました。


 ふらりふらりとからだが動きます。森の奥へと進むように、進むように、レイーランが手を伸ばしましたが触れることはなく。ぼんやりぼんやり、よくわからないまま、あれ?なに?どうして?なんだっけ?疑問が浮かび塗りつぶされカロルはふらふらりと歩いていきます。







 そこで、錫の音がしました。




































 「かわいそうに、あわれだね」

 「ぇ」


「困難降るも、君は大樹の葉故にふらふらりと枝に乗り、ゆらゆらりと流れては行き着く先にて安息を」

 

 人がいるのに、人がみえません。

 色があるのに色がなく、形あるのに形なく、音あるのに音もない。

 錫の音がひとつ、ふたつ、からだを吹き抜けていくごとにカロルは自身のかたちを思い出しました。

 再び見たその人は錫を手に真白の髪と青の目を揺らし、倒れるカロルを掴み引き上げてくれます。りりんと錫の音。


「選択は酷だ。けれどおとぎ話の始まりゆえに放棄することはできない」

 「…おとぎ、ばなし?」

「世界式に刻まれた名にて、君からはじまる御伽を導こう」

 

 照らす光に幻影をみました。

 かわいらしく幼い二人の子どもが歌と舞を披露する姿です。

 カロルはこれを忘れてしまうでしょうが、二人の繋がれた手を解き握り直して今すぐここを離れなければならないと走り出します。

 錫がりりん、りりんと鳴り子どもはかき消えました。


「××××、君は世界式に刻まれた祝歌、奇跡を掴む確かな祈り」


 陽炎のようにぼんやりと、揺らめく視界に映るのはあまりにも綺麗で恐ろしい楽譜。どこもかしこも全て旋律を奏でるための線でできているのです。淡い翠色に発光する線は歪んでは戻り、彼女が言葉を重ねるたびに直線へと戻っていきます。

 指揮者のように振る舞う彼女に合わせて悲鳴とも歓声ともとることのできる音が歌うのです。


 ――せかいしき




 カーナカロルは理解しました。

 このときカーナカロルはたしかにその一端をみることができていたのです。


 祝歌。

 自分はあの旋律の一部であり、歪む楽譜を埋める音。

 全ては旋律で管理され動く。


 決まった流れにそって音を奏でているだけなのだと。

 ときおり混ざる、美しい楽譜を汚す走り書きはその流れを壊すことはできないと。



 「その走り書きをどう扱うかは弾き手によるだろうね」


 では、誰が音を鳴らすのだろうか。



「世界式であり、君たち一人一人だとこたえるのが近いかな」

 「わたし、たち」


 「祝歌、君が掴みたい奇跡を祈ると良い」

  「選択はすでに、けれど顛末はまだ」

   「夢をみることは間に合うから」

     「眠りとめざめを織りて」

      「見届けると良い」



 「君が掴みたい景色、祈り、奇跡、祝歌たる君は届く」





























 そうして時は、景色は、全ては、もとに戻りました。

 美しい楽譜はとうになく、不可思議な彼女ももういません。

 あたりはヴィーコナーの森へと戻り、目の前にはカロルを抱きしめて錯乱し涙を流すレイ叔母様がいました。

 

「はじまってしまった、もう、もう、花時計が、魔法使いはまだ来ないの。だめ、だめよ、」


 「…叔母様」


 「叔母様…?」


 「レイ叔母様」


 「レイ叔母様!」









 「レイーラン・ユゼ」



 するりと吐き出された声は冷えていて、カロルも納得するしかありません。カーナカロルはうまれる前から決められたみこ。色彩を持たない透明な彼女の言葉通りなら、世界にさだめられた祝歌。カロル。

 


 赤くなった目が、こちらを見上げてきました。

 濁った様はおそろしく、どうしようもなくあわれです。

 

「もう来たのね、そう。そうなの、なら、みなくては。みにいかなくちゃ、見届けなければいけないの。魔法使いが待ってるわ」



レイーランに強く腕を掴まれて引きずられるようにカロルは走り出しました。叔母様はこんなに乱暴なことをする人ではありません。けれど、今の叔母様はカロルの様子に気がついて歩みを緩めたりしてはくれないでしょう。


 もう叔母様は、カロルをみていませんでした。


「間に合うわ、間に合うはずよ、あれはそういうものだもの」


 走り出したのは森の奥。そのさらに先へ先へと進むにつれてどんどん暗くなっていきます。おかしなことに、朝を越え夜を越え夕をむかえ、足を止めた叔母様にぶつかり鼻を押さえながら見上げた空は白に紺、紺に橙、グラデーションにみえるマーブル模様、その中で瞬きする星は葵、青、碧、蒼。




 「なに、これ」

 

 木々の色も紺。

 森に囲まれた石の舞台には手を繋いだ双子。

 双子の周りをたゆたう金色の雪と、それらが通るたびに音を奏でる銀の線。

 悪い夢のような、幻想というべきか。

 空から落ちてくるマーブルはみていられない色をして。


 「レイ、おば、さま」


 「花に時計、間にあったのね。あ、ああ」


 「………メイラ姉様」



 金の雪に埋もれるユーメイラの隣でユーメイルが必死にそれを散らしていました。散らしたそばから集まってくるそれは悍ましい虫のようでもあって、とても綺麗とは言えません。

 ここからどうするべきなのかカロルはわかりませんでした。

 もうずっとわからないことしかありません。


 双子の手は繋がったまま、いいえ、ほどけないのでしょう。

 やがて崩れ落ちていく片割れを掴み、ぜぇはぁと息を切らしてうずくまるユーメイルにも金の雪が集まり始めました。

 だけど、カロルにはメイルは大丈夫だという確信がありました。

 どこから湧いてくる感情なのか意識なのかわかりませんが、メイルは大丈夫なのです。銀の線から奏でられる音にあわせて、どうにか吸った息を吐いて、また吸って、カロルは声をだしました。



「祝歌、祈り、奇跡、選択、顛末、夢、眠り、目覚めを織って、見届けるの」


 こちらに向けられたユーメイルの強い瞳にうつる、表情のない自分の顔は自分では無いようで不思議です。

 その瞳に頷き、カロルは手を伸ばしました。

 奇跡を祈れと言われました。

 選択し、顛末を見届けるまでの僅かな時間、それが付け入る隙なのです。


 「そのはず、だから」



 奇妙で、おかしくて、幻想に満ちて、悍ましい。

 叔母様の言うことは要領をえず、言葉が意味を教えてくれません。ユーメイルは先程から一言も発さず、いいえ、発することもできず。

 ユーメイラはただ朽ちていくだけ。


 「なんで?」


 認められません。訳が分かりません。理がありません。

 だから受け入れるわけもなく。

 見つめるべきものはもっと別にあるはずです。

 ないとおかしいのです。

 だからこれは、この顛末は、違うのです。



 「うけ、いれ…」


 だけどあの金色が奏でる音色は認めなさいと、受け入れろと、これが答えだと、これこそがお前の見つめるべきものだと囁きます。


 なんども。

 なんども。

 なんども。

 空から落ちるマーブル、それがベトリとカロルを地面に縫い留めました。ベトリ、ボトリ。


 耳をふさいでも。

 目を閉じても。

 異様な臭いと感触は消えず、不快感は増すばかり。

 なんども、なんども、なんども、なんども、繰り返される声は洗脳のようで。


 「う、けいれ、ない!!!!!!!」




 ―君が望む旋律を歌うといい―

 

 望む旋律。

 カロルが望むのは、巫女がふたり、どちらかだけではなく揃うこと。分けた心はふたつでひとつ、穏やかで色彩豊かないつもの森。

 手を繋ぐ二人が離れることがないように。


 ただ、強く、強く、強く、願う。







 ぱちん、ぱちん、ぱちん、金の楽譜の線がパラパラと落ちてふわりと舞って消えていきます。

 花が散るように、ふわりふわりと。

 新しく紡がれるのは淡い翠。

 きらきらときらきらと。




 その線を束ねる場所に、透明な空白が立っていました。

 すぐにわかりました、それが白とあおの少女だと。

 叔母様の息を呑む音が聞こえ、さとりました。



 あれが叔母様の言う魔法使いなのです。



「カーナカロル、君の願いは世界式に刻まれた。祈りと呪のどちらを世界が優先するかはわからないけれど、願わないよりは良いだろう」


 「メイラねえさまは、メイルねえさまは、」


「隣界の友として君はよくやったと思うよ。ユゼの名をもたないにも関わらず」


 「ねえ!!」


「レイーランは間違えなかったけれど、祈りを花束に纏めるにはすこし遅かった。でもね、それは運が悪かったとしか説明できない。レイーランは間に合ったはずだったから」


 この人は何を言っている?

 何もわからない。

 理由のわからない話をされても、意味がない。

 

 「ねえさまは!!どうなる、の、」


「…世界の綻びを繕う者として願いと祈りを縫うけれど、隣界の理では双子が手を離すのは自然なことなんだ。死ではない。生命の終わりではない。だけど、君の望む未来とは違う」


 だから、と空白が笑う気配がします。


「これは幸福な結末を迎える話ではないし、それに至ることのできる顛末ではない。しかし未来の分岐はたしかに今、選択を減らした。最悪は途絶え最良への道筋がたった」

 


 

 虫が一斉に飛んでいきます。ユーメイルの腕の中で羽化した蝶は金色に染まった睫毛を震わせて、ゆっくりと透き通った羽を広げていました。

 カロルがずっと従姉妹の双子に感じていた違和感。

 世界が違う、それも双子それぞれに、カロルとは違う世界に生きるもの。



 何を思うよりも先にカロルはすとんと、喉に詰まっていた違和感が落ちていくのを感じました。

 

 あるべき場所が違うのはこれをみれば理解するほかありません。だって人ではないのです。

 いま、たったいま、ねえさまは生まれ変わったのでしょう。


 

 界が揺らぎ、ぐらりと足元が波打ちました。

 ぐるぐるとまわされて、カロルが目にしたのは金の蝶が緑の枝葉に差し伸べられた手を取りユーメイルの腕の中からするりと逃げていくところでした。

 

 「あれ、は、ねえさまじゃないわ」 


 「…ちがう」


 「ちがうわ、だって、」

 

 「しぬ、のも、ちがう、のね」


 「でも、あれは、しんだわ、」




 羽化。

 孵化?



 ただ羽が生えただけ?蛹が、蝶へ変わったのか、それとも、まったく別のものに生まれ変わったのでしょうか。


 なにか、知らないものが生まれてしまったのでしょうか。


 たけど心が震えて伝えるのです。

 あれはお前がよく知るものだと。目をそらすなと。

 これはお前が選んだ答えなのだと、そう。


 「わたしが、……わ、わたし、…ころしたんだわ…」


 花と種。花を摘み取り、種を植えた。

 花は種の養分となり、種はそれに守られて育つことになる。


 「だって、だって種はこれから咲くのよ」


「花は、枯れるの、わかってたのよ、だって、ここは、あの花が生きていくことのできる環境ではなかったの。そう、そうよ、わたし、わたし、それを知ってたんだわ」



 若葉を優しく撫で愛おしいと目を閉じるかつて姉と呼んだ蝶が、ゆるく羽ばたく。

 その一瞬、枝葉がこちらを指しました。蝶の鱗粉がふり、カロルはたしかに目があいました。

 神の贄、神の花嫁。

 神を裏切らず、神に全てを捧げ、けれど魂を同一とする、ただ一人の身代わり。


 蝶が微睡み神に身を委ねる限り、残された片割れのみこは何も差し出さず、けれど差し出し。

 歴代でもっとも正しく、強く、その力を扱うことでしょう。



 「本当の流れは、知りたい?」


 空白が尋ねます。

 それになんと返したのでしょうか。ただ、空白はカロルの答えに「君の責任ではない」と返して世界に解けていきました。


 ただ、その責任がどこにあるのかだけは確かに教えてもらったのです。


 カロルが生まれるよりも前、そのもっと前、双子の精霊、双子のみこ。双子の精霊が共に歩むのではなく別の道を歩むようになったから、その精霊のみこが双子だったから。

 だから対とならなければならないのです。

 

 ユー(深く)メイラ(伝える)

 ユー(深く)メイル(受ける)


 メイラメイル、で本来は一つの古い言葉です。

 古くから伝わる物事、などをしめすもの。


 カーラ(引く)レッカ()

 カーレ(散星)カーロ(集う)

 カーナ(欠け月)カロル()

 

 カーラカーレ(引力)で一つの言葉。

 カーロカーレ(集散)で一つの言葉。

 カーナカール()で一つの言葉。

 

 カロル達は双子ではありません。

 対となる名前の付け方はカロルナでは珍しいわけではありません。

 けれど、そう。

 生まれた時には巫女になると定められたカーナカロルと、生まれた時には民を統べるものだと定められたルートルーカは特別な対でした。


 カロルには月が与えられ、ルートルーカには太陽が与えられています。


 欠けものが天上に帰ることができないとされるのも、その精霊から来ているのでしょう。

 双子や四つ子は揃いもの。だから欠けものには名前でそれを補うのです。

 

 カロルがヴィーコナーの巫女なのは、ルートルーカが王になるからで。

 レイーラン叔母様がヴィーコナーの巫女なのは王妹だからで、カロルが森に預言された巫女だからなのでしょう。

 カロルが預言された巫女ならば、ルートルーカは約束された安寧の王というわけです。既に対となるものを捧げてていることになるのですから、そうなのです。


 カロルが預言された巫女ならば、それは、では。

 最悪の結果は消えた、最良がたった。

 嫌な考えが浮かびました。


 レイーランは、ユーメイルは、どこまで知ってのでしょうか。


 レイーランは「選べ」と言いました。

 ユーメイルは「どちらが巫女になるか」とたずねてきました。

 メイル姉様はあの時、巫女になりたくないと。


 それは、つまり、なにか確信があったのではないではないでしょうか?自分が選ばれてしまうのだという確信が。



 空白の魔法使い様に見せられた手を繋ぐよく似た容姿の子ども。

 人ではなくなったユーメイラと、縋る先をうしなったユーメイルの手。

 

 「メイラ姉様!メイル姉様!!」


 穏やかな動作で新たな精霊が首を傾げます。

 伸びた髪は金色で、瞳は赤みが増していました。あれでは赤茶とは呼べません。


 枝葉に手を引かれ歩き出し、そして空白と同じように世界に解けていきます。それが、もう本当に彼女が人ではなくなったことを示していました。


 「カロルが選んだわけじゃないよ」


 ああ、どこにもいけないのです。


「もとから決まってた。これはね、たしかに最良の結果だったよ」


 逃げたい。


 「ほんとうなら、しんでた」


 あまりにも淡々と、事実だけを述べようとする姿が痛くて。


「声がね、きこえるんだ。こっちだよ、おいで、まってるよ。小さな隣界の友がいつも呼ぶの。でもメイラは知らない。いつも知らないのに、私を追ってきたって言って、いつも見つけてくれて、森から出るときはいつだってメイラの方が正解を選べた」


 「メイルねえさま」


 「カロルもきこえてるでしょ」


 カロルはそれが「そう」であるのかわかりません。

 だって、ルートルーカにもきこえるのです。

 だって、あの声は触れるべきではないのです。


「精霊様をお招きして、捧げ物をして、眠っていただくのでしょう…?」


 「もう終わったんだ!!!」




 「終わったんだよ」




 










 「わたしは、……いみなかったんだ」








 誰も彼も、なにも。

 きちんと説明してくれない。

 カロルだけが、わかっていないのでしょうか。

 むかむかしてきました。選べと望まれるのに、どうして、なぜ。

 なぜカロルはなにも知らないのでしょう。姉は知っていたはずなのです。だから言い淀む。ユーメイルも、カロルの知らないことを知っているのでしょう。


「声が聞こえたら巫女なのですか?声がきこえるから巫女なのですか?それとも見えるから?声の主の枝葉を掴むからではなく?」


 きこえています。きこえるのです。

 けれどそれは、愛子というもので。

 取り替え後も同じこと。


 愛子と巫女は別物で、本質的には同じなのですが…選び、選ばれている。そういうものだとカロルは認識しています。


 「こたえなさい、ユーメイル・スート」


 メイルの後ろでレイーランが頭を下げました。


「枝葉の掴む、そのとおりです、ヴィーコナーの新たなる巫女様。届く声、浮かぶ光、それらに選ばれ、選ぶことで条件がそろう――しかし例外もあります」


 ユーメイルも同様に、頭を垂れます。

 そして震える声で語りました。

 新たな巫女の後ろに、愛しい姉がいると知っているから。

 聞かれたくない問の答えはもう届かないと知っていても。









「強く望まれ、すでに決められた小川を流れているとき。選ばれる、選ぶ、それは必要ありません。それでも年輪に刻まれたわけではないのなら、わたしは足掻きたかった。ですから枝葉を掴みませんでした」



 ねんりん、きざむ。

 それらはどこかで、たしかに。





 せかいしき。






 銀の旋律、乱雑なメモ、美しい調和のとれた、しかしよくみると綻んでいる楽譜。

 そうです、そうでした。


 あれには全てが記されています。

 これから先の音もこれまでの音も全て。そして綻びをなおすためにカロルはあの場に呼ばれ一度きりの選択を与えられたのです。なら、それは。


「意味はあったのです!メイル姉様、意味はあったんですよ!だって、定められていたならわざわざ私を呼ぶ必要はなかったんです。でも、綻んだから、この先必ず綻びが生まれるから遡って呼ばれたのです!」


 最良の結果なら、綻びがない未来ではどうだったのでしょう。

 でもきっと、なにも知らないままカロルは巫女になり、双子の姉様と会うことは二度と無い世界でしょう。


「メイラ姉様にも、あえます。そうです、そうでした。会えるのです。新たな生まれのもとに、たしかに」



 そしてカロルの愛しい愛しいかわいい子たちもまた、再会が約束された別れを背負うのです。

 だけどそれも、ここでカロルが選んだから。

 

「私が望んだのです。だから、その責任を私はとらなくてはなりません」








 カロルのこたえは決まりました。

 何よりも、もう、あの城に帰ることはできないのですから。



「行きましょう、レイーラン・ユゼ、ユーメイル・スート」


 儀式はカロルの予期せぬ形で終わりましたが、新たな神が生まれ、魔法使いが見届け、枝葉が選び、蝶の祝福が降ったのです。


 カーナカロル・ユゼはすでにヴィーコナーの巫女でした。


「カーナカロル・ユゼの名において命じます―ユーメイル・スート、新たなる神の巫女としてメレーイル・スートが守る地メンデアに付きなさい」


 「…っ、はい」


「レイーラン・ユゼ、ヴィーコナーの新たな巫女として望みます。ユゼ家へ戻り儀式の報告、そしてカーナカロルはユゼから出るとお伝えください」


 「ええ。殿下の補助もね」

 「ありがとうございます、叔母様」









 カーラレッカお姉様はきっと「任せるわ」と背中を押してくださるでしょう。優しい方ですが、ユゼを継ぐものの補佐としての役割をきちんと理解していらっしゃいますから。でも、頭を撫でてくれた温度も、髪を結ってくれた手付きも、忘れません。

 カーレカーロお姉様は大丈夫でしょうか?お姉様は無理をしすぎる方ですから心配です。嫁ぐとき、花輪をのせる役目がもらえたら、それほど嬉しいことはないでしょう。願わくば、選んでもらえますように。

 ルートルーカは、あの日がお別れだというのはあの子には受け入れがたいことかもしれません。私にも苦しいことなのですから。

 できればもっとたくさんの本を読んであげたかった。もっとたくさんのお話を聞かせてあげたかった。私も、あの本棚に並べる絵本を作ってみたかった。ユゼであるうちに、あの子が幼いうちに、やってあげたいことがあったのです。



 どれもおしまい。


 だけど、ユゼを出ても、ユゼの血を継ぐものです。

 逃げられないのなら、覚悟しておくしかありません。


 おやすみなさい、ユーメイラねえさま。

 はじめまして、ヴィーコナーの精霊、我らが神様。

 枝葉の主。



 これよりあなたにおつかえします、カーナカロル。

 祈歌、定められたみこ。

 すでに、ここに。







 何もかもがかわり、森は冬をまとい、春を迎え夏をみせ、繰り返す日々を過ごし。

 私の周囲も外もどんどん移ろいゆくのです。

 たくさんのみこ様へ挨拶し、やがてたくさんみこが挨拶に来るようになって、それでも変わらず過ぎていくのです。






 そうやって過ごしたその先で。

 愛しい子がいつかこの腕の中にやってきて、抱き上げられなくなった頃。私は後悔するでしょう。



 でも責任をとるのが、私なりのこたえ。

 私が選んだ巫女としての道。

 

 


 


 どうか、どうか。







 継ぐもの現るその日まで、ここに。



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