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ティアは目を覚ますと、視界が暗闇に染まっていた。
ここはどこだろう。ぼんやりと考えていると、次第に意識が明瞭になってきた。
ヘルダインにソード・オブ・オベリスクを叩きこんだあと、その余波に巻き込まれたのだった。
この世界は自傷行為としてカウントされたペナルティなのだろうか。
真っ暗闇の世界で、ただ下に引きずり込まれていくような不快感を覚える。
人によっては恐怖に感じるだろう。だが、今のティアの心配事は違った。
戦いはどうなったのだろう。
あの一撃でヘルダインを倒せたのだろうか。全員で掴んだ勝機を活かすことができただろうか。
それだけが心配でならない。
このペナルティの世界は三十分で終わると聞いているが、もどかしい時間である。
早く戻って結果を知りたい。自分が倒せてなくても、他の人が倒してくれているかもしれない。
誰か結果を教えてほしい。そう願っていると、暗闇にわずかに波紋が広がったような気がした。
その波紋の中心から姿を見せたのは、ウルブラッドであった。
「やあ、ティアさん」
「ウルさん……。どうしてここに?」
「君と話がしたくてね。普通に倒れたときじゃ、ゆっくり話せないからさ」
「どういうことですか?」
ティアの問いかけに、ウルブラッドは微かに口角を上げた。
「君たちと僕たちの世界は、この闇で繋がっているのさ。いや、闇で隔たれているとも言えるね。何が言いたいかというと、この死の世界から僕たちは君たちの世界に干渉しているんだ」
デビルが出現するときに空間に入るひび割れたところが、この世界だということだ。
ウルブラッドは話を続ける。
「ここなら君と話すのにうってつけだと思ってね。ティアさん、君はヘルダインを殺したんだ。彼は消滅した。一つの欠片も残さずにね」
ヘルダインを倒すことができた。よかった。そう思ったが、手放しでは喜べなかった。
ウルブラッドにしてみれば、同族殺しの本人が目の前にいるのだから。
「君が思っているほど、僕は悲しんでいない。彼と僕とでは思想が違ったからね。君たちに負けたのも、その思想のせいさ」
「思想? 一体、どんな?」
「ヘルダインは軍勢を率いる武人としての自分を選んだ。だから、個人としての力よりも体力を減らしてでも軍団を築きたかったんだ。彼を倒すことができたのは、彼が自分をすり減らした結果さ」
「そうでなければ、勝てなかったと?」
「そうだよ。僕らは君たちより強い。今のところはね。だから、もう一度聞きたいんだ。ティアさん、君はエクソシストとして僕たちと戦うのかを」
ティアは少しだけ思案した。
エクソシストとしてデビルと戦う。それはウルブラッドたちと敵対することになる。
そうはなりたくない自分がいる。話で解決できるなら、それが一番だ。
「ウルさん、デビルは私達と共存できないのでしょうか?」
「残念だけど、それは無理だろう。他の者達も自分の思想のために、デビルを作り出している。戦わない僕が異常なだけさ」
「そうなんですね……」
「僕も今のままではいられない。ヘルダインが討たれたとあれば、他のデビルたちも黙ってはいないだろう。でも、一つでも憂いを取り除きたいのさ。君という不確定要素をね」
「私は……」
ティアは一度、口をつぐんだ。
色々な言葉が頭の中を過る。ヘルダインを倒してしまった以上、周りからエクソシストと認知されるだろう。
それに選挙のときにも言った。エクソシストとして、デビルと戦うと。
もし、またヘルダインのような脅威が現れたとき、自分はどうするのか。どうしたいのか。
答えは出た。
「私は、この世界を守るためにエクソシストになります。たとえ、それがウルさんと敵対することになっても」
ティアが言い放った言葉を聞いたウルブラッドは、視線をティアから逸らした。
「この世界……か。君にも守るべき世界ができたんだね。それなら、僕も答えを出そう。ティアさん、僕は君の敵になるよ。守るべき世界が僕にもあるからね」
「ウルさん……」
「そんな目をしてはダメだよ。僕らは分かり合えない。ただ、それだけのことさ」
悲し気な瞳でウルブラッドは言うと、ゆっくりと闇に溶けていく。
「君が守りたい世界を僕は壊す。さようなら、エクソシスト」
そういうと、完全に闇の中に消えてしまった。
自分の出した答えに迷いはない。もう、悲しい思いはさせたくないから。
決意を固めていると、どこからか声が聞こえた。
「ティアー!」
ハクトの声だ。何故、ここにハクトがいるの。
分からないが、声に応じる。
「ハクトさーん! 私はここです!」
「ティア! すまない、まったく見えないんだ。でも、そこにいるんだな?」
「はい、いますー!」
「良かった……」
ハクトが安堵の声で言った。
何故、ここにハクトがいるのか。それを確認しようと口を開いた。
「ハクト――」
「すまなかった。俺はティアを助けられなかった。結局、ティアの手を汚してしまった。エクソシストになることに迷いがあったのに。だから、すまない」
「ハクトさん……」
「ティアのおかげでたくさんの人が救われた。でも、同時に君にエクソシストとしての生き方を決めてしまったことでもあるんだ。ティア、俺は君の未来の可能性を潰してしまった」
ハクトの言葉を聞き、ティアは口をきゅっと結んだ。
真剣に悩んでくれたハクトに対して、なんと言葉を返せばいいのか。
簡単に返す言葉ならばいくつも出てくる。でも、それはハクトに対して正面から向き合っていないと思う。
それならば、自分の心の内を晒そう。
「ハクトさん、私はただの冒険者ではなくなりました。でも、一緒に並べる人ができて嬉しいです。ハクトさん達がどうしてエクソシストを続けているのか分かりませんでした。でも、今なら分かる気がします。守りたい何かがあるんだってことを」
「ティア……」
「私もそうなりました。守りたいものができました。だから、私はエクソシストとして戦いたいです。きっと、もっと守りたいものが増えていくと思います。守りたい何かのために、私は強くなりたいんです。ハクトさん達のように」
「……ありがとう、ティア。俺も強くなるよ。もっと守れるように」
暗闇の世界ではハクトの顔は見えない。
だが、きっと微笑んでくれているであろう。
だって、私がそうだから。




