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自由都市ホランドの中心に位置する、一番大きなギルドハウスを間借りして指令室とした。
ここに集まるのは冒険者達と連絡を取るための大勢の通信士と盟主のティア、幕僚長のアンネマリー、アドバイザーのカゲツであった。
冒険者連合は八つの大隊に分けて、そこからさらに中隊、小隊と細分化している。
通信士に選ばれたのはレベルが低い者達が中心となっており、高レベルやカンスト勢は前線へと配置されている。
デビルの軍団が動きだした状況が各小隊から上がってくる。
「最前線にアタッカー配置。必殺技を使用後、後衛に回ったタンクと交代。各小隊は通常のフォーマンセルで一体のデビルを相手にせよ」
アンネマリーより指示が飛んだ。
通信士は、それぞれの小隊長に通信で指示を伝えた。
ティアは指令室の窓から、その戦いの様子を眺めることしかできないでいた。
後ろでは大きく広げた紙の上に、駒のようなものを机に並べてある。
それを通信士たちが上げる報告に合わせて、カゲツが動かしていく。
「いやぁ、さすがにこの数を動かすのは大変だ」
カゲツは駒を世話しなく動かしながら、ティアに言う。
「まだ、始まったばっかりだし、そんなに心配しなくても良いよ」
「そうでしょうか? どうしても心配しちゃって……。上手く行くでしょうか?」
「銀の血盟のペガサス隊からの報告の感じからすると、デビルの軍は前回よりも少し多いみたいだよ。ま、こっちも前回の倍以上の数をぶつけているから、早々崩れることはないよ」
引っ切り無しに入ってくる戦況を分析し、指示を出すアンネマリーとそれに合わせて駒を動かすカゲツ。
この連携があって、スノーフレークは大きくなったのかもしれない。
そう思わせるほど、スムーズな連携であった。
「各小隊から通信! 敵の動きに変化がみられると」
「上空から監視しているペガサス小隊の通信は?」
「はい! ……横に伸びていたデビル軍がいくつかの塊になったそうです」
通信士が張り上げる声を聞いたカゲツが駒をまとめて動かす。
「アンネちゃん、これは罠だ。敵を囲んだら、薄くなった位置が突破されちゃう」
「小隊ごとに指示。現状を維持しつつ、敵の動向に注意せよ」
「これで敵さんはある程度の統率の取れた軍団ってことが分かったね」
「カゲツ、お前の見立てではどうだ?」
「どうだろうね。デビルの戦力をなめちゃだめだけど、勢いを削いでいけばやれない戦いじゃない」
アンネマリーがあごに手を当てて考え込んだ。
次の行動を考えているのであろう。通信士が上げてくる連絡は、そこまで逼迫している感じではない。
十分に戦えている証拠かもしれない。
作戦の第一段階は成功と言っていいかもしれない。
膠着状態が生まれれば、かならず次の一手を打ってくる。
ヘルダイン自身の出陣という一手を。
◇
ヘルダインは冒険者連合の動きの良さが思ったよりも良いことに驚きを覚えた。
前回の戦いではこちらの動きについてこれず、各個撃破されていくというお粗末なものだった。
だが、それがどうだ。今回は陣形を組み、戦い方も緻密なものに変わっているではないか。
デビルの突破力を活かそうと陣を変えても、それに横槍を入れるように冒険者達が動きだす。
突撃で押しつぶすこともできず、あえて隙を見せても乗ってこない。
これはあちらにも指揮官がいるということになる。
上空を飛んでいる冒険者が数名いることから、総大将はどこかに陣取っているはずだ。
この状況を把握しつつ、軍団の指揮をする者。潰すなら、そこが最良。
離れた場所からでは軍団の士気を維持することは難しい。大将が近くにいるというだけで兵は強くなる。
「ならば」
ヘルダインは椅子から立ち上がると、大仰な大斧を手にして先陣へと向かった。
◇
「ペガサス小隊から連絡です! ヘルダインが動き出したと」
その言葉にカゲツは大きな駒を戦場の近くへと置いた。
ここからだ。戦場は大荒れになる予想しかできない。戦線を維持する方法を考えろ。
通信士たちから聞こえる声に集中しつつ、駒を動かす手は止めない。
「ヘルダインが前線に到着します」
カゲツが大きな駒をカッと動かした。
「正念場だね」
カゲツの頬に冷たい汗が伝った。
◇
デビルの軍勢が二つに割れていく。
それは指揮したものではなく、ヘルダインの発する気に圧されたからであった。
圧倒的な熱量を持ったヘルダインは、その花道を激走した。
「ウオォォォ」
大斧を振り上げて、一気に叩き落とした。
その瞬間、冒険者は光になって飛んでいった。
ヘルダインの一撃で死んだことに冒険者たちに動揺が走った。
ジリジリと後ずさりをする冒険者達にヘルダインは飛び掛かった。
大斧を振り回し、冒険者を薙ぎ払い、逃げようとする冒険者の頭を掴み他の冒険者にぶん投げた。
ヘルダインが来ただけで、戦いは一気にデビル側に傾いた。
勢いづいたデビルはヘルダインに続けとばかりに、果敢に冒険者に攻めかかった。
怯んでいた冒険者達だったが、なんとか踏みとどまっている。
優秀な指揮官がいるに違いない。だが、ヘルダインの前進を止めることができるものはいない。
立ちふさがる者は全て光となって、天へと昇って行った。
俺を止めることができるものはいない。そう言わんばかりに前進を続けると、ふっと冒険者達の姿が消えた。
大勢の冒険者を刈ったヘルダインは、その用意されたような間に虚を突かれた。
先ほどまでデビルと戦っていた冒険者達の半数が振り返って、ヘルダインに武器の先を向けた。
◇
突出したヘルダインへの集中砲火。
その火力は遠目に見ても、ありありと分かるものであった。
大量の砂煙が上がり、デビルも冒険者もその姿が見えなくなってしまった。
砂煙が風に流されると、軍勢の状況が分かってきた。
通信士が声を上げた。
「ヘルダインは健在です!」
「くっ」
ティアは思わず歯を嚙み締めた。
ここで倒すことができれば。そう思っていたが、うまくことは運ばなかったようだ。
続けて通信士が言う。
「ヘルダインに動きあり」
その報告と同時に、強烈な火柱がヘルダインの周辺に燃え上がった。
火柱は次第に消えて行く。いや、消えるのではなく、内側に取り込まれている。
消えて行く炎とは別に、何かが動いているのが見えた。
炎を吸い込みながら大きくなっていくそれは、まさに燃える巨人であった。
その高さは十メートルは超えている。
「これが悪魔四大貴族ヘルダインの本当の姿か」
アンネマリーが窓越しに炎の巨人を見て言った。
「カゲツ、次の作戦に移行するぞ」
「だね。ティアちゃん、よろしく」
託されたティアは、窓を大きく開けてバルコニーに出ると、マイクを手にした。
「ヘルダイン! 私はここです! 逃げも隠れもしません! 掛かってきなさい」
ティアの声が大音量で響いた。それが聞こえたのだろう。
ヘルダインは首をこちらに向けて、ゆっくりと一歩を踏み出した。
踏みしめた地が燃えていく。その足取りは次第に早くなり、自由都市ホランドの中に入る頃には全速力になっていた。
ティア達の司令部の目前にまで迫ったとき、建物の屋根に動きがあった。
「グラビティ・プレッシャー」
ソウイチの声がした。それと同時にヘルダインの周囲十メートルを押しつぶす重力が発生した。
ウォーロックの必殺技グラビティ・プレッシャーで足を止められたヘルダインの周りを人が囲んだ。
五十四名のエクソシスト達。
「いくでぇ! みんなー!」
ケーゴの声を皮切りに全員が持てる全ての必殺技を放った。




