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冒険者連合の盟主を選ぶ為の選挙が各冒険者に発表されてから数日後。
ティアはステージの片隅でブルブル震えていた。
選挙の参加者は十五人。あみだくじで順番を決めた結果、ティアは最後にスピーチをすることになった。
壇上でスピーチする人も様々だ。ティアと同じように緊張で上手く喋れない人。
皆を鼓舞するような熱い言葉を投げかける人。カンペを片手に淡々と読み上げる人などだ。
ティアは原稿を覚えてからスピーチをすると決めたので、事前に何度も読み込み練習を重ねた。
スピーチの原稿はスプーキーの皆で考えたもので、しっかりとした内容の言葉が並んでいる。
原稿を何度も読み返していると、ひょいっとその原稿が取られてしまった。
視線を向けると、そこにはヨハンの姿があった。
「へぇー。これがティアさんのスピーチの原稿か。どれどれ……」
勝手に原稿を読まれてしまった。
でも、もしかしたら、何かアドバイスを貰えるかもしれない。
ティアはヨハンの言葉を待った。
「うん。よくできていると思うよ」
「本当ですか? 良かったです。安心しました」
「ただね、これは本当に君が伝えたい言葉なのかな?」
「え?」
ヨハンの言葉の意図が読めず、呆けた声を上げてしまった。
本当に伝えたいこと。皆で考えたのだから、伝えたいことはしっかり書いてあるつもりだ。
「ちゃんと書いていますよ? 私も考えて作りましたし」
「考えた……ね。ティアさんは、デビルの軍団と出会ってどう思った? どう感じた? どうしたいと思った」
「えっと、それはそこに」
「これはただの紙切れだ。君の情景は君の中にしかない。それを文字に起こしただけで、皆に伝わるのかい?」
「それは……」
否定しようとした。だが、その考えは間違っていると断じることもできなかった。
自分の中の思い。それが文字で伝えられるものなのか。分からない。この原稿に書かれた事が全てのようで、全てが嘘のようにも思えてきた。
「他の誰でもない、君自身の思いをぶつける。それが話を聞く人に対しての誠意というものじゃないかな」
「……私は」
次の言葉を出そうとしたとき、観客席から歓声が上がった。
いいスピーチだったのだろう。今までで一番の拍手が送られていた。
次は自分の番だ。壇上へ向かおう。
その時に気づいた。自分の心が軽くなったことに。
気負いもない。緊張もない。なんで、こんなに軽くなってしまったのか。
「ティアさん」
ヨハンが呼びかけた。その表情には笑みが浮かんでいた。
「今の君なら大丈夫さ」
「……はい。行ってきます」
ヨハンに一礼して、壇上へと向かった。
会場には各ギルドのマスターと聴衆に参加した冒険者達だ。
見知った顔を探すことは不可能だろう。それくらいの人数で埋め尽くされていた。
ティアは進行役の人からマイクを受け取る。
すうっと一息吸って、吐いて、もう一度吸う。
「ごめんなさい!」
第一声がそれだった。
「私は何もできませんでした。自由都市ミルディンが焼かれるのも見ることしかできなくて。ヘルダインに言い放った言葉も、皆さんの総意のように取られてしまいました。だから、ごめんなさい」
戸惑う聴衆の声が聞こえる。でも、これでいいのだ。伝えたい言葉はまだまだあるのだから。
「私は悔しかったです。皆さんで築き上げた街が無くなったことが。私は辛かったです。NPCの人達が住む街も仕事も無くして途方に暮れている姿が目に焼き付いて離れません」
行け。感情を止めるな。思いのままに伝えろ。
「私はゲームを始めてまだ半年も経っていないです。そんなビギナーに盟主が務まるとも思えないと仰られても構いません。でも、私は怒っています! 私達の大好きなゲームをできなくしようとするデビルに対してです。たかがゲームと言われれば、そうかもしれません。でも、皆さんの心が、想いが詰まっているのも事実です。だから、デビルに負けたらダメなんです!」
そうだ。デビルに屈しない。その心が大事なんだ。
「私は宣言します! 冒険者として、エクソシストとしてデビルを倒すと! ですから、皆さんの力を貸してください!」
言い終えるのと同時に頭を深々と下げた。
原稿とはまったく違うスピーチになってしまった。
でも、これが私にできる最高のスピーチだったと思う。
誰が何と言おうと、私が思ったこと、感じたことをすべて出し切ったのだから。
ちらほらと拍手が聞こえてきた。
それは次第に大きくなり、歓声も上がった。
大勢の人たちが私のスピーチを聞いて、拍手をしてくれている。思いを感じ取ってくれた。
それだけでも、この選挙に出たかいがあった。
歓声に見送られながら、舞台袖へと向かって歩く。
そこにはヨハンの姿はもうなかった。
どこかで私のスピーチを聞いてくれたのかもしれないし、聞かずに去ったのかもしれない。
どちらにせよ、伝えるべき言葉は一つだ。
「ヨハンさん、ありがとうございました」
◇
投票形式で選挙が行われたため結果発表の集計作業などで長い時間待たされることとなった。
どのような結果が出るにせよ、自分はやり切った。そのことは誇って良いだろう。
「開票結果はまだかなぁ」
隣に座っているミュウが言った。
心配してくれている様子は全く感じない。まるで私の勝利を確信しているようだ。
「もうそろそろ終わるかもね」
「盟主になったら何すんの? 面白いこと考えてよ」
「決まってないんだから、考えても仕方ないでしょ」
「そうかなぁ。ティアの演説が一番良かった気がするけどぉ」
不敵な笑みを浮かべるミュウにティアはプイっと顔を背けて抗議した。
スプーキーのメンバーも開票結果が今か今かと待ちわびていた。
祈ることしかできない時間が過ぎると、開票が終わったとの通知が入った。
皆、食い入るようにチャット欄を凝視している。
お願い、神様。こんな時だけ祈るのもなんだけど、お願いします。
ティアの目に開票結果が表示された。
一位 ティア
二位 ヨルベルト
三位 フレデリカ
メンバー全員がわっと驚きの声を上げた。
「ティア、やったな」
「ティアちゃん、おめでとう。がんばったなぁ」
「ティアさん、おめでとうございます」
皆から祝福の言葉をもらった。
現実味が全くわかない。一位になれた。一位に。
バッと横に座るミュウを見た。
したり顔で親指を立てる仕草をしたのを見て、やっと現実だと分かった。
「やったー! 一位になれたんだー」
ミュウをきつく抱きしめると、頭を優しく撫でられた。
「だから言ったでしょ。あんたが一番良かったって」
「うん! ありがとう。ありがとう」
ティア達の歓喜の声が静まるのは、それからしばらく経ってからだった。




