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自由都市ミルディン。中世ヨーロッパの街並みをコンセプトに作られた街である。
ここには調理師をメインにやっているギルドが多くあり、別名スイーツの天国と呼ばれている自由都市である。
ティアとミュウはここに話題のクレープを食べに来ていた。
「美味しーい! ねぇ、ミュウ、ここめちゃくちゃ当たりじゃない?」
「うん。かなり美味しいね」
クレープの美味しさに舌鼓を打っていると、一人の女性が近づいてきた。
「やっぱりティアじゃない。元気にしてる?」
声を掛けてきたのは、トーカであった。
トーカもクレープを手にしていた。
「トーカ、久しぶり。トーカもここのクレープ食べに来たの?」
「私はついでよ。連れて来られたのはあいつが行きたいって行ったからよ」
あいつとは、と思っているとクレープを手に持ったカゲツとハルアキがこちらに向かって来ていた。
「トーカちゃん待ってよ。あれ? ティアちゃんじゃん。久しぶりー」
「ティアさん、お久しぶりっす」
カゲツとハルアキが言ったので、ティアも挨拶を返した。
この二人のどちらかが、スイーツ好きということだが。と思ってみていると、カゲツは両手にクレープを持っていた。
どうやら、カゲツに連れてこられたようだ。
「どお? トーカちゃん、ここのクレープ美味しいでしょ?」
「まあまあね。もうちょっと甘みが強くても良いけど」
「そこがいいところなんじゃない。いくらでも食べられちゃうよ」
スイーツ談義に花を咲かせているカゲツがクレープを食べ終わるとティアの隣りのミュウを見た。
「あれ? ティアちゃんのフレンドさん? どうも~、カゲツです」
「ミュウだよ。よろしくね」
「ミュウちゃんか。いやぁ、可愛い子が増えたね」
ミュウがきょとんとしていると、カゲツが笑みを浮かべた。
「こっちの話だよ~。気にしない気にしない。ねぇ、トーカちゃん、せっかく人が増えたんだし、もう一軒行かない?」
「嫌よ。おなかいっぱい。あんたの胃袋どうなってんの?」
「甘いものは別腹さ」
カラカラと笑うカゲツを見て、ティアも小さく笑った。
相変わらず、この二人の掛け合いは楽しい。
そう思っていると、にわかに騒がしくなった。皆が都市の入口の方へと集まっている。
「なにかイベントでもあってんの?」
トーカの問いかけにカゲツが眉をひそめて返す。
「いや、そんな感じじゃないね。僕らも見に行ってみないかい?」
「仕方ないわねぇ。じゃあ、行きましょ」
トーカを先頭に人の流れに乗って都市の入口へと向かった。
都市の入口は人でごった返していて、なにを見ているのか分からない。
人混みをかき分けながら先頭までたどり着くと、遠くから黒い何かがうごめいているように見えた。
「あれ、なんでしょう?」
ティアは隣りのカゲツに言うと、カゲツは口に手を当てて黒い何かを凝視していた。
そうしていると、一つの影がこちらに駆けて来るのが見えた。
恐怖に支配されたような表情が分かると、次に首にチョーカーを巻いているのが見えた。
冒険者がなにを慌てているのだろうか。都市の入口に着くなり、馬から地面に崩れ落ちた。
ティアは慌てて駆け寄り、冒険者の上体を起こす。
「どうかしたんですか?」
ティアの問いかけに冒険者は震える目で訴えてきた。
「化け物だ! 化け物達が群れでやってきたんだ!」
冒険者は黒い何かに指をさした。
「あれだよ! あれは化け物の集団だ! みんな殺されてしまった」
冒険者はガクガクと震えている。
「伝えたからな? 俺は逃げるぞ! お前たちも早く逃げろ」
そういうと、冒険者はテレポートをして去っていった。
化け物の集団。あれが全てそうだと言うのだろうか。
困惑しているティアよりも先に動いたのはカゲツだった。
「冒険者がいれば前に集合してー」
カゲツ問いかけに冒険者達がゾロゾロと集まってきた。
「じゃあ、残りの人達は街の外に避難! ゆっくりで良いからね」
手をパンパンと叩いたが、まだ動く人は少なかった。
「あれはモンスターの集団だ。恐らく狙いはここ。あの数を相手にできるとは思えないから、皆は避難して。ほら、行った行った」
カゲツの言葉を聞いたNPCは慌てて都市の中に戻って行く。
それを見ていると、カゲツは今度はステータス画面を開いて何かを打ち込んでいた。
ピロンと音がなったので、ステータス画面を表示するとカゲツがシャウトをしていた。
(冒険者各位、ミルディンに集合。化け物の大群接近中。協力を求む)
「カゲツさん、これって?」
「信じたくないけど、あの冒険者の慌てようから、間違いは無さそうだね」
「あんな数を倒せるんですか?」
ティアは周りを見ると、それなりに冒険者が集まってはいるが、とてもでは無いが勝てる気がしない。
「あれだけの大軍を倒すのは無理でしょ。NPCが逃げる時間を稼げる程度だよ」
そうか。時間を稼ぐために戦うならできる。冒険者は倒れても復活できるから戦えば時間稼ぎになる。
そう思っていると、他の冒険者達がざわつき始めた。
「おい? 俺達も逃げようぜ?」
「あんな数相手にできるわけないじゃない」
「俺は嫌だぜ。あんなの怖すぎだろ」
不安がピークに達したのか、一人、また一人とテレポートをして去っていった。
残ったのは十数名だけであった。ティアはその少なさに愕然とした。
「これだけ? これじゃあ、戦えないですよ?」
「予想より少ないけど、時間稼ぎはできるでしょ」
この人数でどれだけの時間が稼げると言うのだろうか。
真っ向から勝負を仕掛けても、数で押し切られるのは目に見えている。
「運が良いのか悪いのか分からないけど、ここは入り組んだ街だ。敵が侵入してきても建物が邪魔で数で圧倒される時間は稼げる」
「じゃあ、街中で戦うんですか? この都市はどうなっちゃうんですか?」
「残念だけど放棄するしかないね」
ここまで作り上げた都市を放棄する。この自由都市を作り上げるのにどれだけ苦労があったのだろうか。
それを考えると、悔しい気持ちでいっぱいになる。
しかし、人命には変えられない。
気持ちを切り替えて戦うしかないのだ。
カゲツが再び、手を叩いた。
「さあ、パーティーを組んだら配置に着こう。突撃する必要は無い。押されたら引く。これで行こう」
残った冒険者は皆頷いた。
カゲツはそれぞれの冒険者たちに、何処に布陣するかを説明に回った。
化け物の大軍は、もうそこまで迫ってきている。
避難がどれだけできているか分からないが、限界まで耐えるしかない。
せめて、NPCが一人でも多く逃げられるよう頑張る。ティアは心を決めて、配置場所に向かった。




