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夕飯の前にユニティをログアウトした紗友里の携帯に着信を告げるメロディーが鳴った。
ディスプレイに表示された名前は美羽だった。通話を選択して電話に出た。
「美羽? どうかした?」
「ヘッドギア届いたよぉ。今、ユニティの設定中」
「本当に!? やったじゃん! これで一緒にできるね」
「あんたほど廃人になるかは分からないけどね」
「廃人いうな! じゃあ、準備できたら早速始めようよ」
「だね。夕飯が終わる頃には設定終わるだろうから」
美羽の言葉でウキウキな紗友里は通話を止めると、リビングへの向かった。
今日は土曜日なので家族が揃って夕飯を食べる日だ。美羽がユニティを始めたことを兄に伝える。
「ねぇ、お兄ちゃん。美羽もユニティ始めるってさ」
「へー。良かったじゃないか。リアルの友達とするのも楽しいからな」
「だよねぇ。ああ~、楽しみだなぁ」
紗友里は夕飯を食べ、洗い物を手伝うと早速自分の部屋に行って美羽にメッセージを送った。
もう準備も出来たそうなので、一緒のホームポイントのリンデンの門の前にいることを伝え、ユニティの世界へ ダイブした。
◇
先日、ログアウトしたのがギルドハウスだったので、INするとカーミラがカウンターの奥にある棚から飲みものを取っているところであった。
「カーミラさん、お疲れ様です」
「ティアちゃん、お疲れ様」
「ちょっと用事がありますので、失礼します」
ペコッと頭を下げたティアはバタバタと駆けて行った。
待ち合わせはリンデンの南門。リンデンをホームポイントに設定した場合は必ずここを通ることになる。
冒険者の初期装備の人達は何人も見受けられるが、美羽はどこにいるのだろうか。
そう思って見ていると、一人の少女が手を振っているのが見えた。
顔立ちや身長などはあまりいじってないようではあるが、リアルのときと違った可愛さがある。
「紗友里~!っと、違った。ティア~」
ティアは美羽のステータスを表示すると、名前がミュウとなっていた。
美羽とあまり変わらないでは無いか。と思いながら、ミュウの名を呼ぶ。
「ミュウ~。やっとゲームできるね。これからよろしくね」
「はいはい。こちらこそ、ほどほどにねぇ」
ティアがあれやこれやと話しながら、冒険者ギルドへ連れていき、登録を済ませる。
次に大聖堂へと向かい、ミュウの加護を調べてもらう。ミュウが祈りを捧げ終えて振り返ると、Vサインを見せた。
「私の加護は漆黒だってさ」
「おー!レアな加護じゃん!」
「あんたほどじゃないよ。っと、その話は禁止だったね」
辺りを見回したが、ティア達に気にしている人は少ないように見える。
下手に話しかけられる前にここを去ろう。
再び冒険者ギルドに戻り、次のクエストであるジョブ選びを受注した。
「そういえば、ミュウはジョブ決めてるの?」
「決めてるよぉ。ヒーラーのシャーマンってやつ。巫女さんみたいで可愛いんだよ」
ミュウのヒーラー姿を考えてみる。なんとピッタリな職であろうか。
それにハクトとケーゴがアタッカーとタンクである。これはバランスの良いパーティーでは無いだろうか。
ギルド会館に着いた。ヒーラーのシャーマンの部屋の前まで来ると、ティアはミュウに声を潜めて伝える。
「いい? ノックは三回だからね?」
「たぶん、あんたのところのギルドマスター以外はそんなにうるさくないんじゃない?」
「第一印象って、大事なの。ほら?」
やれやれ、といった具合にミュウはドアを三回ノックした。
部屋の中から招く声が聞こえたので、ミュウだけが入っていった。
ティアは心の中で応援し、出てくるのを待った。
しばらくするとギルドマスターと共にミュウが出てきた。
「今からシャーマンのレクチャーしてくれるんだってさ」
「じゃあ、あたしも着いていこうかな」
「お好きにどうぞ」
三人で修練場へ行き、シャーマンのギルドマスターからミュウは手ほどきを受けていた。
回復の光が発せられているのを見ていると、これから本当にユニティを一緒に始めるんだなと感慨深く思った。
一通りのレクチャーを終えたミュウがティアの方に近づいてきた。
「問題ないってさ」
「良かったぁ。ドキドキするよねぇ。じゃあ、冒険者ギルドに戻ってサクサククエスト進めちゃおう」
「はいはい。お手柔らかにね」
◇
冒険者ギルドからのクエストで、モブゴブリンの三体討伐を受けたミュウをティアは見守っていた。
初めてモブゴブリンを見た時は生理的に無理だと思っていたけど、慣れれば倒せないこともなかった。
ミュウはどうだろうか。
シャーマンのミュウの武器は短い棒の先に鈴が付いたものという、あまり強そうに見えない武器だ。
街道を逸れたところでモブゴブリンが姿を見せた。
醜悪な顔をしているが、ミュウは大丈夫だろうか。
「えいっ!」
ガンッという音と鈴のシャンシャンという音が響いた。
「えいっ! やあっ!」
ミュウがモブゴブリンを容赦なく殴っている。モブゴブリンが倒れて消滅すると、ミュウが振り返って親指を立てた。
「余裕じゃん。さっさと次、見つけよう」
「えっと……。怖くなかった?」
「あんまり?」
小首を傾げたミュウを見て思う。あまり怒らせない方が良さそうだと。
◇
モブゴブリンの討伐や他のクエストをミュウはガンガン受けていたが、疲れたのか足を止めた。
「最初から飛ばしすぎじゃない? ちょっと疲れた」
「えぇー? ここからが楽しいところなのに」
「どっかで休もう。ほら、そこの喫茶店なんてどう?」
ミュウの指さした方には、テラス付きのカフェがあった。まあ、最初から飛ばしすぎるのも良くないか。
そう考えたティアはミュウの提案に乗るとカフェに入った。
カフェではティアは紅茶、ミュウはカフェオレを頼み今日の出来事を振り返った。
談笑していると、二人の人影が近づいてくるのが見えた。ハクトとケーゴであった。
「ティア、お疲れ様。ん? その子は?」
「ティアちゃん、おつかれー。もしかして、その子ってティアちゃんリアフレの?」
勘のいいケーゴが察してくれたので、話が早い。
「そうです。私の友達のミュウです」
バーン、と紹介した。
「ハクトさんとケーゴさん? はじめまして、ミュウだよ~」
「ちょっと、先輩に対して失礼だよ?」
「だって、ゲームじゃん。上下関係とかなしの方が良くない?」
ミュウの言葉に一理あると思ったティアは、むぅっと腕組みした。
そうしていると、ケーゴが声を上げて笑った。
「せやな。全然、砕けた感じでええで」
「そうだな。よろしくな、ミュウ」
「だってさ?」
ニヤリと笑ったミュウを見て、ぐぬぬ、としか言えなかった。
まあ、当人達が良ければいいのか。
「そういえば、ミュウの次のクエストはピルレの洞窟を野良パーティでクリアなんですけど、練習で一回一緒に行ってもらえませんか?」
「そうなのか? 全然構わないぞ」
「ありがとうございます、ほら? ミュウからもお礼言いなよ」
「ハクトさん、ケーゴさん、ありがとね」
ミュウは笑顔でお礼を言った。
「ちなみにジョブはなんなん?」
「ヒーラーのシャーマンだよぉ」
「ヒーラーか。ありがたいわ。バランスのええパーティーになったな」
たしかにタンクにアタッカーが二名とヒーラーは基本的なパーティーの組み方だ。
「じゃあ、ハクトさんとケーゴさんもお茶しませんか? その後にピルレの洞窟に行きましょう」
ハクトとケーゴが頷き席につく。楽しい話は尽きることがなかった。




