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悪鬼王の襲来に対する防衛戦の2日目がスタートした。
今日はイベントの参加を控えて、アンネマリーの率いるスノーフレークの戦いを観戦することにした。
イライジャの北壁に登って平原を見ると冒険者達の集まる一角で、周りとは明らかにまとまりが違うところがあった。
「あれがスノーフレークと、その傘下のギルドの一団やな。違いが分かるやろ?」
ケーゴの言葉通り、周りと違う。
三列の綺麗な陣形が敷かれている。これがどう動くのか楽しみになってきた。
角笛が大きく鳴らされる音が聞こえた。悪鬼王の軍団の進行が始まったということだ。
怒涛の進撃を見せる悪鬼王の軍団を待ち構えているのか、スノーフレーク達には動きがなかった。
じっと、その様子を見ていると、悪鬼王の軍団がもう目前に迫まったとき、スノーフレークに動きがあった。
前線の一列目が一斉に遠距離攻撃を放ったのだ。あれは中距離が主体のアタッカーが中心になって攻撃しているようだ。
一列目の攻撃で敵の進軍スピードが明らかに鈍った。次は二列目の部隊が突撃を開始した。
咆哮が轟いたことからタンクがヘイトを稼ぐスキルを一斉に使用したものと思われる。
敵の攻撃が集中したタンクに三列目のヒーラーが回復を開始した。
安定した回復を得たタンクの後方である二列目に下がっていたアタッカーが前線に合流した。
ここからは乱戦になるかと思った。だが、合流したタンクとアタッカーは交互に攻撃を仕掛けるように忙しなく動いている。
アタッカーに向きかけたヘイトをタンクが取る。タンクがダメージを負えば後方のヒーラーが回復する。
そのおかげか戦列が乱れることなく、敵の圧力をものともしない陣形になっている。
「すごい」
思わず口から心の声が零れたティア。横に並ぶハクトも頷いた。
「統率された軍隊みたいな感じだろう? こういう大規模な戦いでは、スノーフレークに敵うギルドはないだろう」
「分かります。他の人達と全然違います。ここまで揃ってると綺麗に思ってしまいます」
「ギルドマスターのアンネマリーさんのカリスマ性があってできることだろう。ここまでギルドを大きくできるなんて並大抵のことではないからな」
ハクトの言うとおりだ。ギルドの定員は百名までだが、それを運用できるだけでもすごいのに、他のギルドを傘下にしているのは並外れた努力が必要だと思われる。
そんなギルドに誘われたのは本当に光栄なことだったことを改めて知ることができた。
「さてと、観戦はこの程度にしといて、露店でも見に行こか?」
「露店ですか?」
「せや。こんな大イベントやで? 北壁の内側は商人の集まりになっとる。色々なものが集まっとるし、各地の美味いもんも食べれるで」
「すごい緊張感がなくなりますね」
「イベントの参加者が多いから北壁が突破されることはあらへんからな。お祭りみたいなもんや」
「そういうものなんですね。じゃあ、行きます」
観戦を切り上げたティア達は北壁の内側に行くことにした。
北壁の内側はそこら中に露店が集まっていた。
回復アイテムから食べ物、武器や防具までありとあらゆるものが揃っているように思えた。
「悪鬼王の襲来はゴールドとアイテムが手に入るから、ここで色々なもんが買えるで。ティアちゃんもレベル上がったし、装備を変えてもええかもな」
「そうですね。前に売却したアバターのおかげでしばらくお金には困らなさそうなので、ちょっと奮発しちゃおうかなぁ」
「じゃあ、適当に店を回っていこか」
「はい。良いのがあるといいなぁ」
露店の散策を始めたティア達は様々な地方の名物料に舌鼓を打ち、アイテムの補充や武器や防具の見直しを行った。
そうして時間を過ごしていると、メッセージ欄にデビル出現を知らせるシャウトがあった。
ハクトとケーゴは場所を調べ、出現場所がそれほど離れてなかったことからデビル討伐に行くことになった。
ティアは二人を見送ると、再び北壁の内側の散策し始めた。
物珍しいものが多くあるので興味を惹かれて品物を見ていると、肩をトントンと叩かれた。
振り返るとフードを被った人が後ろに立っていた。
男性がフードを脱ぐと、ティアは声を上げた。
「あの時の」
サバイバルゲームのときに手を貸してくれた男であった。
「やあ、レディ。一人でショッピングかい?」
「あ、はい。そうです。すみません。お礼が先でした。先日はありがとうございました」
「ああ、気にしないで。好きでやったことだから。おっと、自己紹介がまだだった。俺はヨハン。君は?」
「私はティアです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。その様子を見て、男は小さく笑った。
「ティアさんは礼儀が正しいね。良ければ、ショッピングについて行っても?」
ティアは少し考えた。よく知らない男性ではあるが、いい人そうだし、助けてもらった。
一緒に買い物するくらいなら良いか。
「はい。一緒に行きましょう」
「ありがとう。ティアさんは、イベントには参加したのかな?」
「はい。昨日出ました。今日はお休みにしました。ヨハンさんはイベントに出ました?」
ティアの問いかけにヨハンは首を横に振った。
「ギルメンに誘われて来たけど、あまり気乗りしなくてね。レベルもカンストだし、欲しいものもないからね」
「そうなんですね。私はレベリングしたいので、また参加すると思います」
会話を交わしながら歩いていると、一つの露店で二人の男が言い合いをしているのが見えた。
怒声を張り上げ出したのを聞いて、思わず身構えてしまった。
「やれやれ。レディを怖がらせるなんてね。ちょっとお仕置が必要かな」
ヨハンはそういうと、男達の間に割って入った。
「見苦しいから、どこかに行ってくれないかな?」
「あ!? なんだ、てぇめ。外野が――」
男は続きの言葉を発することなく、地面に崩れ落ちた。よく見えなかったが、ヨハンが男のあごに、触れたような気がする。
ヨハンはもう一人に目を向けた。
「さあ、どうする?」
「ひっ!」
男はヨハンに背中を見せて走り出した。ヨハンは倒れた男の上体をあげると、トンと背中を叩いた。
気を失っていた男が目を覚ますと、キョロキョロと辺りを見回した。
「続きをやるかい?」
ヨハンが笑みを浮かべ言うと、男は悲鳴を上げて去っていった。
「ごめんね、ティアさん。これで安心して続きが見れるね」
何事も無かったかのように振る舞うヨハンに、ティアは確認したいことがあった。
「さっき、あの人のあごに何かしました?」
ティアの言葉を受け、ヨハンは目を丸くした。ついで、クックックッと低く笑った。
「まさか見えてたなんてね。あごを揺らしてちょっと気絶させたんだよ。怪我はしてないから安心して」
「それなら、良いんですけど……あ、でも、私のために止めに入ったんですよね? ありがとうございます」
「どういたしまして。うん、君は本当に面白い子だ。もっと話したいところだけど」
ヨハンはそういうとステータス画面を表示させた。それを見て苦笑した。
「ギルメンがキレそうになってるから、今日はここまでかな。ティアさん、もし何かあったら助けを求めてほしい。君の頼みなら大歓迎さ」
「え? 悪いですよ、そんな」
「大丈夫。僕は求めるより、求められたいからね。じゃあ、またね」
ヨハンは笑みを浮かべて人混みに消えていった。不思議な人だ。いい人なんだろうけど。
掴みどころのない人だった。ティアはヨハンをそう評するとハクト達との集結ポイントへと向かった。




