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『ユニティ・オンライン』とは全世界でプレイヤー数一億人を突破したフルダイブ型のMMORPGである。
◇
『ユニティ』にダイブした紗友里はティアとなって、ゲームの世界に降り立った。
ログアウトした場所からのスタートのようで、リンデンの傍にいることが分かった。
まずはリンデンに行こうと思ったとき、リーン、リーン、と頭の中に音が響いた。
ビクッとしてしまった。またデビルの襲来かと思っていたところ、視界にケーゴの名前と着信中という文字が浮かび上がった。
ホッと胸を撫でおろすと、通話をするためのアイコンを選択する。
(ティアちゃん、お疲れ様~)
「お疲れ様です、ケーゴさん。どうして私がログインしたこと分かったんですか?」
(フレンド登録したからなぁ。ログインしたことが表示されるようにしとったんや。昨日、クエストの途中やったろ? 良かったら、クエスト進行の手伝いするで?)
「ほんとですか? 嬉しいです。どこに行ったら良いでしょうか?」
(せやなぁ。冒険者ギルドでどうや?)
冒険者ギルドなら昨日行ったことがある。
セーヌへのクエスト報告もできるし、そこがいいだろう。
「分かりました。では、冒険者ギルドで」
(は~い。ほな、また後でなぁ)
通話を終えると、ティアはリンデンの街の中へと向かった。
が、足を止めた。
ステータス画面を開き、フレンドリストからケーゴを選択した。
TELを選ぶと、ケーゴの声が聞こえた。
(ティアちゃん、どしたん?)
「……冒険者ギルドって、どこでしたっけ?」
(あ……)
方向音痴であったことを思い出した二人であった。
◇
結局、リンデンの南門で集合ということになり、ティアは南門の傍に立ってケーゴの到着を待っていた。
行きかう人々を見ていると、首元にチョーカーを着けている人を何人も見かけた。
冒険者も結構いるのね。私も慣れてきたら、ああやって冒険に出るんだろうなぁ。
しみじみと見ていると、こちらに近づいてくる人の存在に気付いた。
ケーゴとハクトだ。
「やあ、ティアちゃん」
「お疲れ様」
ケーゴとハクトが言った。
「お疲れ様です。すみません、迎えにきていただいて」
「ええてええて。方向音痴だったの、すっかり忘れとったわ。ほな、行こか」
ケーゴとハクトに連れられる形でリンデンの街を歩くティア。
今日は霧が掛かっておらず、街の様子が良くわかる。産業革命時代のヨーロッパを彷彿とさせる街並みは、とても興味深いものだった。
しばらく歩くと冒険者ギルドが視界に入った。
クエストの報告に行かなきゃ。
思わず走り出しそうになったが、グッとこらえた。
テンションが上がると、すぐに行動に移してしまうの良くない。
うずうずしてしまうが、なんとか自分を抑えて冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに入ると、奥のカウンターで冒険者と話しているセーヌがいた。
話が終わったのか、冒険者がカウンターから離れたので、セーヌの元へと行く。
「あら、ティアさん、加護は分かった?」
「はい。分かりました」
「良かった。じゃあ、次のクエストをお願いしたいけど、大丈夫かしら?」
「はい!」
次のクエストにワクワクしてしまい、声を大にしてしまった。
セーヌがくすりと笑った。少し恥ずかしくなった。
「あなたのジョブはまだノービスなの」
「ノービス……ですか?」
「初心者ってことよ。使えるスキルも装備できる武器も最低限のものしかないわ。だから、好きなジョブに転職することをお勧めしているの」
「もう、好きなジョブに変われるんですか!?」
もっとゲームを進めてからかと思っていたティアは、思わぬ話にテンションが上がった。
再びセーヌにクスクスと笑われ、また恥ずかしくなってしまった。
「そうよ。大きな都市にはジョブ会館っていうのがあるの。ジョブ会館にはそれぞれのマスターがいて、そこで師事を受けることができるのよ」
「じゃあ、リンデンにも、そのジョブ会館が?」
「そう。あるのよ。次のクエストは、ノービスから別のジョブに変わること。受けてくれるかしら?」
「はい! もちろんです」
「ふふっ。場所は……ケーゴさんとハクトさんがいるからいいかしら?」
私が方向音痴って覚えてる。
三度、恥ずかしくなったティアは顔を手で覆った。
「ええで~。最初から、そのつもりやったからな。ティアちゃん、行こか」
「はい。セーヌさん、ありがとうございました」
そう言って冒険者ギルドを後にした。
◇
ジョブ会館に向かっていると、ケーゴが語り掛けてきた。
「ティアちゃん、まだジョブのことよう分かっとらんのちゃう?」
「公式ページで調べた知識くらいしかないです。一応、やりたいジョブは決めて来たんですけど」
「お~。ちなみに何にしたん?」
「秘密です」
「なんや、もったいぶるなぁ。ロールくらい教えてや」
ロールって役割のことよね。それくらいなら良いか。
「アタッカーにしようと思ってます」
「アタッカーかぁ。意外やなぁ。ヒーラーかと思っとったわ。なぁ? ハクト}
「女性のヒーラー率は高いからな。だが、アタッカーも楽しいと思うぞ。敵に大ダメージを与えることができるし、爽快感も高い」
ハクトが言うと、ケーゴが肩を落とした。
「タンクは人口少な目やからなぁ。でも、パーティーの壁になるんやし、かっこええと思わんか?」
「どのジョブもカッコいいさ。違うなと感じたら、ジョブチェンジすることもできるしな」
「そうなんですか?」
ティアがハクトに問いかける。
頷いたハクトが言う。
「俺もタンクのグラディエーターをやったことがある。ただ、性に合わないところがあってな。ガンスリンガーにジョブチェンジしたんだ」
「銃使いですね。かっこいいですよね。ケーゴさんは?」
「わいは最初は槍が使いたくてな、アタッカーのランサーにしとったんや。まあ、色々あって今はタンクのバトルマイスターや」
「バトルマイスター?」
タンクについては興味が向かなかったため、ジョブを調べていなかった。
ケーゴは大げさにため息を吐いた。
「タンクには興味なしかぁ。バトルマイスターってのは、拳で戦う超近接戦闘ジョブや。グラディエーターやパラディンよりも防御力は低めやが、素早い動きができるのが特徴やな」
「そうなんですね。バトルマイスターもカッコいいと思いますよ」
「ティアちゃんはええ子やなぁ」
泣きマネをしたケーゴを見て、ティアは乾いた笑い声をあげた。
そうこう話していると、ジョブと英語で書かれた看板のある建物が見えた。
あれがジョブ会館なのだろう。
二人に連れられてジョブ会館に入ると、大きなホールが出迎えてくれた。
ジョブ会館は四階建てで、案内板を見ると一階がタンク、二階と三階がアタッカー、四階がヒーラーとすみ分けているようだ。
「ほな、二階に行こか」
階段を使って二階へと向かう。
「で、ティアちゃんがなりたいジョブってなんなん?」
「ファントムフェンサー(幻影剣士)になろうと思っています」
そういうと、ハクトがピクリと反応し、ティアを一瞥した。
「ハクトさん? どうしました?」
「いや、なんでもない。ファントムフェンサーなら三階だな」
そっけない反応であった。何かあるのだろうか。
三階への階段を上るハクトを見て、そう思った。