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水着イベント。聞いてはいたが、やはり気恥しいものはある。
リアルで水着になる訳では無いので、そこまで深く考えなければいいのだか。
そう思ってもなかなか割り切れないティアは、できるだけ露出の少ない水着をレンタルした。
海に出ると、そこかしこで海を満喫している人々がいた。その中にハクトとケーゴの姿があった。
「お! ティアちゃん、かわええ水着を選んだんやな。ええと思うで」
「ありがとうございます。なんか慣れないので恥ずかしいです」
「まあ、最初はやな。慣れればそんなこと気にせんようになるで」
リアルではないから、そういうものなのだろうか。少し悩んでいるとモカとミフユがやってきた。
「お待たせいたしました」
「ごめんね。水着選びにちょっと迷っちゃって」
モカは可愛らしいフリルのついた水着である。問題はそこじゃない。
ミフユはなかなかに際どい水着を着ている。
「ちょっとミフユ、それ恥ずかしくないの?」
ティアは思わず問いかけてしまった。
「別にリアルじゃないんだから良いって。ティアは随分とお淑やかな物にしたのね」
くすりとミフユが笑った。そういうものなら可愛いものを選べば良かったと思った。
「そういえば、コテツさんとテトラくんは?」
周りを見回したが見当たらなかった。
「二人はお留守番。っていうか、コテツさんは街作りに奔走してるし、テトラくんはフラフラしてるから」
ミフユの言い草にティアは、ぷっと吹き出してしまった。二人とも参加しているイメージがあまりできないからだ。
「じゃあ、ここにいる人たちだけで遊びましょうか?」
「いや、灼熱ゾンビのサバイバルゲームがもうすぐ始まるから、それまで体力は温存していた方が良いかもな」
ハクトの言葉を聞いてティアは思い出した。水着とサバイバルゲームが今回のイベントであった。
となると、この格好で戦うのか。
「ちょっと恥ずかしい格好で戦うんですね」
水着に水鉄砲を構えている姿はおかしくは無いのだが。悩んでいるとケーゴが笑った。
「安心しいや。周りも同じやし気にしてるだけ損やで。バンバン撃って商品をゲットしようや」
「商品って、アバター用の装備とかですか」
「せや。入賞商品は背中から炎が上がるアバターや。かなり高く売れるで」
それはかっこいいのだろうか。と思いつつ、高値で売れるならいい金策になる。
ティアは俄然やる気になってきた。
「分かりました! 頑張ります」
「その意気やで。ほなら、会場まで行こか」
ケーゴに連れられて、サバイバルゲームの会場へと向かった。
◇
灼熱ゾンビのサバイバルゲームの会場へ来た。
そこは中規模な町で、中央にタワーがそびえ立っていた。
呆けて見ていると、大音量の声が聞こえた。
「さあ、今年も始まりました! 灼熱ゾンビとのサバイバルゲーム。誰が最初にタワーの頂点に立てるのか楽しみです」
なるほど。あのタワーの上に行けば良いわけだ。ふむふむと納得しているティアに、更に声が響く。
「ルールは簡単!水鉄砲を使って、ゾンビを鎮火させるだけ! 水鉄砲以外にもオブジェクトを使用して鎮火させる方法もあるから、頭も使って立ち回ってください」
水鉄砲以外の攻撃もあるのか。考えることが増えたし、初見にはなかなか厳しそうだ。
ここはベテランそうなハクトとケーゴに話を聞いてみよう。
「ハクトさん、ケーゴさん。これって難しいんですか?」
「難易度はなかなかだな。奥に進めば進むほどゾンビの数は増えるし、水鉄砲だけで倒すのは難しい」
「せや。やから、スプリンクラーや消化器なんかをつこうて、大量に鎮火させる方法もあるんや」
そういう事か。進めば難易度は上がるし、ゾンビを鎮火させる方法も様々ということだ。
なかなか奥が深そうなゲームだが楽しめそうだ。
早速、支給された水鉄砲を手にしてゲーム開始の合図を待つ。
実況者のカウントダウンが始まり、ゼロを迎えたところで参加者は一斉に駆け出した。
ティアもハクト達と足並みを揃えて走り出す。タワーまで一直線で向かう人達も入れば、一本奥の道に入っていく人もいた。
「あれ? 真っ直ぐ行かないんですか?」
ティアは思った疑問を言葉にすると、ハクトが返す、
「あれは罠だ。最短距離で行ったら大量のゾンビが待ち構えているんだ。だから、俺達はゾンビの配置が少ない裏路地から行くぞ」
「はい!」
ハクトとケーゴに先導されて、大通りから一本路地に入り、タワーを目指す。
その向かっている先に灼熱ゾンビが三体現れた。
「ハクト行くで」
「ああ」
二人は水鉄砲でゾンビに水を当てると、鎮火されたゾンビは地面に倒れた。
路地に入っても、それなりにゾンビはいるようで、ハクトとケーゴだけではさばききれなくなった。
ティアもゾンビ目掛けて水鉄砲を撃つ。水によって火を消すとゾンビが崩れ落ちる。
これ、楽しいかも。そう思うと、現れるゾンビに驚くことも無くなった。
全員で路地を突破しようとした時、突如、ゾンビが前方と後方から迫ってきた。
前方のゾンビの方が多い。これを倒していたら、後ろのゾンビに襲われるかもしれない。
ティアが逡巡していると、それを察したようにケーゴが言う。
「ハクト、前は頼んだで。後ろは任せろや」
「任せた。ティア、モカ、ミフユ、このまま突破するぞ」
ケーゴがUターンをした。誰かが残らないといけない選択に迫られた中で、一瞬で分担を決めたのはさすがだと思った。
正面に立ち塞がるゾンビに向け水鉄砲を発射する。ゾンビがバタバタと倒れていく、その上を駆けて行ったティア達はゴールとなるタワーの傍まで来た。
だが、ケーゴがまだ来ていない。遅れて到着するのか。それとも。
嫌な予感が頭をよぎっていると、ハクトがモカに指示を出した。
「ティアとミフユを連れて、タワーを登ってくれ。俺はケーゴの所へ向かう」
「……分かりました。ハクトさん、無理はされないでくださいね」
「ああ、俺もアバターは欲しいからな」
ニヤリと笑ったハクトが来た道を戻っていく。止めたい気持ちはあった。
でも、ケーゴのことも心配だ。ここはハクトに任せるしかない。
モカに連れられて、タワーの正面にあるロビーへと辿り着いた。
そこで驚愕してしまった。多くのプレイヤーがゾンビに襲われ、倒れていたのだ。
ロビーにひしめき合うゾンビたちの目がティア達に向いた。
振り返れば別のゾンビが向かってきている。ここは正面突破しかないが、ゾンビの数があまりにもおおい。
行くも引くもできない状況。身動きができなくなったティア達の横を颯爽と駆け抜ける影があった。
その影は高々と宙に舞うと、ロビーの天井にあるスプリンクラー目掛けて水鉄砲を放った。
水の直撃を受けたスプリンクラーから大量の水がロビーに降り注ぐ。
一斉に鎮火されたゾンビの奥から一人の男が姿を見せた。
肩の辺りまで金髪を伸ばした男は濡れた髪をかきあげた。
「無事かい? レディ達」
爽やかな笑みとウィンクを見せた。




