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ダークハウンドのギルドマスター、クロウ。
ハクトは聞き覚えのある名前だった。トッププレイヤーとして、その名はゲーム内に広がっている。
そのような者が直接コンタクトを取ってきたのだ。
「ギルマス自ら来てくれるとは、話が早くて助かるわ」
ケーゴが皮肉っぽく言った。
「ほう。俺たちを探していたようだな。なら、その口の聞き方は改めるべきだ」
「そらすまんな。これは生まれつきや」
「そうか。なら、話を切り上げても良いんだぞ? どのような情報を持っているのか知らんが、聞く価値よりも不快感が勝る」
「ちょっと待ってくれ」
ハクトが再び間に割って入った。
「ケーゴ、ここは俺に任せてくれないか?」
「……すまん、ちょいと頭に血が上ってしもたわ」
そういってケーゴは一歩下がった。
ハクトは安堵の息をつくと、クロウに視線を向けた。
「ギガントワームについて知っていることを話す。だから、力を貸してほしい」
「話次第だ。どうするかは聞いて判断する」
「分かった」
ハクトはギガントワームにティアが飲み込まれたこと。そして、ギガントワームと戦う条件を伝えた。
その間、クロウは口を挟むことはなく、ただ黙って聞いていた。
知っている情報をすべて話し終えたハクトは、クロウの言葉を待った。
「今の情報を知っている者は他にいるのか?」
クロウは慎重に聞いてきた。
「俺の仲間だけだ」
「そうか。話は聞かせてもらった。俺達からの条件を伝えるが良いか?」
「手伝ってくれるのか?」
「話を急かすな。条件は二つ。一つ目は討伐報酬を得た場合、すべて俺達が貰う。二つ目が作戦は俺達が決め、それに従ってもらう。悪くはないだろう」
クロウの提案は、当然のものだとハクトは思った。
こちらは依頼する身だ。ギガントワームが討伐できれば文句はない。
「分かった。それで問題ない」
「交渉成立だな。作戦が決まったら連絡する。じゃあな」
階段から立ち上がると出口へと歩み始めた。
ドアを開けて外へと出たクロウの背中を見送ったハクトは、緊張の糸が切れたようでどっと疲れが押し寄せた。
「なんとかまとまったな」
「すまんな、ハクト。助かったわ」
「ハクトさん、ありがとうございます」
ケーゴとモカが感謝の言葉を告げた。
「いや、勝手に条件を飲んでしまったが大丈夫か?」
「わいはええで。元々はティアちゃんの助けになれればと思うただけやからな」
「私も異論はありません。作戦が成功すると良いですね」
ハクトは頷くと、ティアに連絡を入れることにした。
◇
「ハクトさん、本当ですか!?」
ティアは弾んだ声を上げた。
ダークハウンドのメンバーではなく、ギルマスと接触できただけでなく、承諾を得たのだ。
これ以上の成果はないと言っていい。
(作戦についてはまだ知らされてはいないがな。まずは第一ステップクリアだ)
「良かったぁ。じゃあ、私達は作戦決行までにレベル上げをします」
(それが良い。クロウから連絡が来たら、そちらにも伝える。それまでは無理をするなよ)
「はい。ありがとうございます」
ティアは上機嫌で通話を終えた。
その様子を見ていたコテツがティアに声をかける。
「上手く行ったのか?」
「はい! 話はまとまったみたいです」
「そうか……。ありがとう。わしの願いなど無視できたのに」
「そんなことないですよ。私もここの人達を助けたいと思っています。だから、頑張りましょうね」
「うむ、そうじゃな。テトラ、ミフユ。わしのレベル上げに付き合ってくれ。目指せカンストじゃ」
意気揚々とコテツが言った。
その様子にミフユは笑みを浮かべ、テトラは肩をすくめた。
コテツのレベルは59だ。ティアのレベルより高いがカンストの70まで遠い。
ギガントワームとの戦いがどれほど大変なことかは分からないが、レベルが高いに越したことはない。
「私も行きます。ミフユ、テトラくん、よろしくね」
四人でモンスターの出現するフィールドの奥へと向かった。
◇
クロウから連絡が入ったのは、話をして現実世界で一日が経過した後であった。
指定された座標に向かうと、寂れたバーがそこにはあった。
リンデンの裏路地にあるバーの看板が、オーブンからクローズへと変わった。
バーの中にはハクトとケーゴ、モカ、そしてクロウがいた。
余人を交えないためにバーを貸し切りにしたのだ。
バーのマスターも店の外へと出て行った。
これでここには四人以外誰もいないことになった。
「さて、作戦を伝えるとしようか」
クロウが話を切り出した。ハクト達は緊張した面持ちで次の言葉を待った。
「まずはギガントワームにいるお前達のお友達がワープホールを通過するのに合わせて、俺達がフィールドに散開しギガントワーム出現に備える。ここで重要なのが、お友達がギガントワームと対峙して生き残ることだ。やられてしまえば、ギガントワームは地面に引っ込んでしまうだろう」
「砂漠は広い。すぐには合流できない、ということか?」
「そうだ。ギルドメンバーを総動員しても、砂漠のすべてをカバーはできない。運が良ければ、すぐに合流できるだろうが、そう簡単な話でもないだろうよ」
「分かった。攻撃よりも守りに重きを置くように伝えておく」
クロウが頷く。
「次だ。こちらのメンバーが合流したら順次攻撃を仕掛ける。お友達には、俺達のメンバーが集まりだしたら逃げてもらう。邪魔になるからな」
クロウの発言にあからさまに不機嫌さを見せたケーゴ。
ハクトも癇に障ったが抑え込んだ。
「了解した。作戦はそれだけか?」
「ああ。細かなところはこちらで決めさせてもらう。問題はないだろう?」
「大丈夫だ」
「よし。タイミングが決まったら連絡しろ」
「分かった」
ハクトが言うと、クロウは無言でバーのドアに向かった。
その背中にハクトが声を掛けた。
「感謝する」
「慣れあうつもりはない。これが終われば、もう交わることもないだろうよ」
「たとえ、そうだとしても、礼は言っておく。ありがとう」
「……ふん」
そう鼻を鳴らすとクロウはバーを後にした。




