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「あの? 今、私たちって、ギガントワームの中にいるんじゃないんですか?」
ティアは戸惑ったように言った。
ギガントワームを討伐する。コテツは言ったが、腹の中から攻撃するということなのだろうか。
「うむ。ここはギガントワームの中。じゃが、実際は違う」
「違うんですか?」
「ギガントワームは確かに巨大じゃ。じゃが、その巨躯以上にここは広く、奥も深い」
コテツに言われて、ティアは気づいた。
確かに数十メートルはあるギガントワームとはいえ、中にこんな町が作れるわけがない。
では、ここはどこだというのだろうか。
「ここはギガントワームの中であり、別のフィールドなんじゃよ」
「どうして、コテツさんはそんなことが分かるんですか?」
「ここに来た冒険者の中に、わしがいたのは先ほど聞いた通りじゃ。じゃが、わしらはテレポートを使ってはおらぬ。このフィールドを進み、踏破したのじゃ」
「クリアしたんですか?」
ティアの問いかけにコテツは静かに頷いた。
ギガントワームの中からテレポートでも出れるが、コテツ達は冒険者として困難に挑みクリアしたということだ。
だが、それとギガントワームの討伐がどう繋がるのか。
「コテツさんはギガントワームを討伐したいって、仰いましたけど、クリアするだけじゃダメなんですか?」
「フィールドを踏破しただけで、ギガントワームは倒せてはおらん。やつを倒すにはタイミングがあるのじゃ」
「タイミングですか? 外に出て、フィールドでエンカウントするのではダメなんですか?」
その言葉にコテツは首を横に振った。
「お前達も聞いた通り、ここに来た冒険者はわしら一行と、お前達だけじゃ。このことから、ギガントワームは幻獣に分類される極めてレアなモンスターじゃ。フィールドで出会うのはかなりの運がなければ無理じゃろう」
ティアはハッと気づいた。
幻獣の出現率はかなりのレアだと聞いている。
もし、ギガントワームの活動範囲が限定されており、普段は砂の中に潜んでいるような状態であれば、戦うまでにどれだけの時間がかかるか分からない。
そのことにティアが気づいたことが分かったのか、コテツは話を続ける。
「タイミングというのは、ここの最奥にあるゲートを通過した時。ギガントワームから排出された、その時しかない」
「なんで、コテツさんはそこまで知っているんですか?」
そう。コテツはギガントワームの中にいる。
どうして、ここまで細かく知っているのか疑問に思った。
「わしのフレンド……。いや、元か。そやつらから聞いたのじゃ。外に出た瞬間にギガントワームに襲われ、倒されたとな」
幻獣は基本、強敵という話を聞いている。
あれだけの巨大な幻獣だ。簡単に倒すことはできないということだろう。
「わし一人では、フィールドを突破することもできん。頼む、協力してほしい」
そう言ったコテツは頭を深く下げた。
「コテツさん、頭を下げないでください。その、どうしてギガントワームを倒したいんですか?」
「それを言うとらんかったな。わしはな、ここの住人達に外の世界を見てほしいのじゃ。このような暗く狭い世界ではなくな……」
コテツはそういうと、ふっと笑った。
「バカみたいであろう? NPCにこれほど情を抱いておるのだ。じゃが、NPCだからと言って、捨て置けなかった。ギガントワームを倒せば、このフィールドから出ることも叶うじゃろう。……希望的観測じゃがな」
酒の入ったコップを一息に飲み干したコテツ。
その横顔から嘘をついているようには見えなかった。
この人もNPCに思い入れを持てる人なんだ。ティアには、それが嬉しかった。
NPCだって生きている。
少なくとも、そう思ってくれているのだ。
「すまんの。こちらの事情ばかりを押し付けて。じゃが――」
「いえ、お気持ちは分かりました。私で良ければ頑張ります」
「本当か? すまない。恩に着る」
コテツはティアの手を両手で握って、何度も礼を言った。
この話をミフユとテトラにもしよう。きっと賛同してくれるはずだ。
◇
ティアはコテツからの依頼について、ミフユとテトラに説明をした。
二人とも悩ましい表情を浮かべている。
「コテツさんの気持ちも分かるし、私も助けたいと思うけど。でも、幻獣が相手って考えると四人じゃね……」
ミフユが困り顔で言った。
前にオルトロスと戦った時は奇襲を仕掛けたことで、相手にダメージを負わせることができた。
それが正々堂々向かい合っての戦いで勝てるかどうか。
「ミフユの言う通りだね。今のままなら、まず負ける」
「そんな……」
「幻獣相手ならレイド戦くらいを想定して、八人は必要だと思うし、それぞれの練度が高くないと返り討ちだろうね」
「じゃあ、フィールドをみんなで歩いてクリアしたら?」
「それこそ、最悪な事態になると思うよ? 敵もいるだろうし、上手くいって外に出れてもギガントワームと戦うんだ。僕ら冒険者は倒されても復活できるけど、NPCはそうはいかないよ」
テトラの言葉にティアは何も言い返せなかった。
戦う力のない人達がここには大勢いる。そんな人達を連れて戦えるほど簡単な訳ではない。
ティアの表情にくやしさの色が浮かんだ。
「でも、手はある。期待は薄いかもしれないけど」
希望のさす言葉をテトラが放った。
「どんな手!?」
「『ダークハウンド』。幻獣狩りを生業にしている彼らに依頼するんだ」




