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 アルディスの言葉に息を飲んだテトラが呟くように言う。


「一夜にして滅んだって話だけど……」


「そうだ。もう百年は前の話だが、ギガントワームが我らの首都に突如出現したのだ。立ち向かった者、逃げ惑った者を等しく、その腹の中に吸いこんだのだ。その中には王族も多く含まれていた」


「そうか。それで国としての機能が失われて、マハトリク朝は崩壊したんだ」


 確信に至ったテトラの思考を止めるように、アルディスが手を前に突き出した。


「まだ崩壊はしておらん。我らは生きてる。化け物の腹の中とはいえ、生きているのだ」


「そう……だよね。ごめん」


「そう思うのも無理はないだろうがな。ここを訪れたことがある者はほとんどいないのが現実だ。世界から忘れ去られるのも仕方がない話だ」


 アルディスの言葉に少し引っ掛かりを覚えたティアは、小さく手を上げて発言する。


「あの、ここに来たことがある人って?」


「ああ、冒険者だ。なあ、コテツ殿?」


 口元を緩めたアルディスが視線をコテツに向けた。

 その顔を見て、コテツは苦々しい表情を浮かべた。


「あの薄情者たちと一緒にされるのは心外じゃの」


「コテツ殿は情に厚いな」


「こそばゆい話をするでないわい」


 少しだけ顔を赤らめたコテツが言った。

 話が飲み込めないティアは再び問いかける。


「コテツさんと一緒に来られた方って、今は?」


「さあの。どこぞを冒険しとるのではないかの」


「じゃあ、コテツさんは、ここで何をしているんですか? テレポートで外に出ることができるようですけど」


「用心棒じゃよ。ここにもモンスターが出現するのでな。ここの者たちだけでは撃退するのも一苦労だったからのぉ。それに手を貸しているということじゃ」


 なるほど、とティアは小さく頷いた。

 コテツはここの人たちを守るために、ギガントワームの中に残る選択をしたのだ。

 ぶっきらぼうなところはあるが、優しい人のようだ。


「久方ぶりの客人だ。大したもてなしもできぬが、今宵はささやかな宴を設けようと思う。参加してもらえるか?」


「えーっと……」


 ティアはミフユとテトラに視線を向けた。

 二人ともお互いを見あって、最後に頷いた。


「分かりました。参加させていただきます」


「それは良かった。準備をするゆえ、しばらくは外を散策してみてはどうかな?」


「ならば、わしが連れて行くとしようかの。ほれ、付いてこい」


 立ち上がったコテツに促されて、立ち上がった三人はアルディスの屋敷を後にした。



 コテツに案内され、町の中を歩いていた。

 とは言っても、市場のようなものはなく、個人商店といえるものがある程度だ。

 驚いたのはギガントワームの腹の中なのに土があるため畑があった。


 畑で取れるもの以外は、モンスターを狩って集めているとコテツは言った。

 畑の食料とモンスターから取れるもので、細々と生活をしていることが伺えた。


「とまあ、たいして何もないところじゃが、生きていける程度のものは揃っておる」


 一通り町の中を見て回ったところで、コテツが言った。

 ティアはここに来て疑問に思っていたことを問う。


「あの、空に浮かんでいる光って、なんなんですか?」


 ここに来て最初に思ったことだ。小さな太陽のようにも見えるが。


「ああ、あれか。マハトリク朝の宝物の一つで、ラーガの瞳じゃ。あれがここでは太陽の役割を果たしておる」


「そんなにすごい宝物があるんですね」


「マハトリクの宝物は不思議な力を持つものが多いと聞く。ただ、ほとんどは、あの水の底じゃがな」


「水って、私たちが落ちてきたところのですか?」


 ティアの問いかけに、コテツが「うむ」と言った。


「ギガントワームは定期的に水を飲んでいるようでな。じゃから、宝物を取りに行こうとしても無理なんじゃよ」


 水源が確保されているのは良いが、生活を豊かにできるかもしれない宝物を取れないのは少し歯がゆいかもしれない。

 そうこうしていると、アルディスの屋敷へと戻ってきた。

 そこではちょうど宴の準備が終わったところだったようで、ティア達はそのまま宴席に加わった。


 ただ、ティアはお酒が飲めないので、固辞して水を飲んだ。

 料理を摘まんでいると、小さな女の子がティアの傍に来ていた。


「お姉ちゃん、コテツさんと同じ冒険者さんなんだよね?」


「うん。そうだよ」


「外って、どんなところ? 私、外の世界に行ってみたいの」


「外かぁ……」


 この閉塞感のある所と違って、青い空、雄大な台地、草原に吹く風。それらを経験できていないのだ。

 どのように伝えるのが良いのか。そう思案していると、コテツが少女の頭を優しくなでた。


「安心せい。わしが見せてやるからの。それまでは我慢じゃ。ほれ、あっちで菓子を配っているから貰ってこい」


「コテツさん、約束だよ」


 少女はそういうと、ティア達の下から去っていった。


「あの、コテツさん、さっきの約束って――」


「言わんでも分かるわい。難しいじゃろうな。わし一人ではモンスターを撃退するので、精一杯じゃ。あの子らに本当の太陽を拝ませる日は近くはない」


「コテツさんはここから出れるんですよね? それでもここに留まっているのは何故なんですか?」


「ふむ……。情かの」


「情、ですか?」


「この世界での一年は365日ではない。現実世界で一年がこの世界では一年になる。ただ、わしらはここで一日過ごしても、現実世界では一時間しか経っておらん。たとえば、毎日二時間ゲームをしたら、一か月後には六十日を過ごしたことになる」


 コテツの言葉に、ティアは相槌を打った。

 ゲームの世界の一日と現実の世界はリンクしていない。


「わしがここに来て、どれくらいになると思う?」


「えっと……」


「二年じゃよ。現実の時間でな。それがゲームの世界であれば、膨大な時間を過ごしたことになる。その間にの、様々なことが起きるのじゃよ。現実世界と同じようにな。新たな生命の誕生に立ち会ったり、必死に生きたいと願う者を看取ったこともある。そうして、わしはここの者らに情が湧いてしまった」


 どれだけの時をここで過ごしたのだろう。

 コテツの表情からは伺い知れないが、今語ったことよりもまだまだ思い入れがある話があるに違いない。

 短い期間でも名残惜しいと思うことがティアにもある。


 長い時間を共に過ごしたコテツと、ここの住人との間には深い絆で結ばれているのかもしれない。


「ティア、といったかの? お前さんらに頼みたいことがある」


「はい。なんでしょうか?」


「ギガントワームを討伐したい。力を貸してくれぬか?」


 コテツの目に揺らぎはなかった。



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