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裏路地は表の通りとは違って活気に満ちているとはいえなかった。
並ぶ建物も簡素な作りが多く、生活水準は高くないように見える。
ティアの様子を見てか、カゲツが声を掛けてきた。
「驚いた?」
「えっ?」
「表と違って、裏はこんな感じさ。ギルドハウスや商人なんかの金持ちとは違って、ここは仕事を求めてやってきたNPCが住むところだからね」
「NPCにも貧富の差があるんですね」
リンデンやヘリオット、それ以外に訪れた小さな集落でも感じたことの無い貧富の差。
それを知り、どこか物悲しさを覚えた。
通りを歩く人を話しかけるが、誰も知らないようで冷たく返されることが多かった。
そのまま裏路地を進むと、酒場の看板が見えた。
その酒場の前でカゲツが足を止めた。
「疲れたでしょ? 少し休もうか」
そういうと、酒場のドアを開けて中に入っていった。
酒場の中に入るとアルコールの香りと客の刺すような視線に晒された。
居心地の悪さを感じながら、カウンターの席に座った。
「冒険者の方がなんの用ですか?」
酒場の店主が二人の首元を見て言った。
「そんな怖い顔しないでよ。アルコールじゃない飲み物貰える?」
店主は少しだけ怪訝そうな表情をしたが、了承したのか無言でグラスを二つ手にした。
グラスに注がれたのはブドウジュースだ。それを二人の前に置いた。
ジュースを一口飲んだカゲツが世間話のように切り出した。
「最近、ここいらで上手い話があるって聞いたんだけどね」
「そうですかい? どこも不景気なんですがね」
「そうなの? おっかしいなぁ。本当に知らない?」
カゲツはいうと、懐から1000ゴールドの硬貨を取り出してカウンターにそっと置いた。
1000ゴールドは冒険者にならば、そんなに高価ではない。
ただ、宿屋などに泊まる際に求められるのが50ゴールド程度なので、NPCにはそれなりの価値なのだろう。
店主がチラリと硬貨に目を向けた。
「どうだったかなぁ」
店主が言うと、カゲツは2枚目の硬貨を置いた。
「些細なことでもいいんだけどなぁ」
カゲツはジュースをもう一度飲むと、「おかわり」と言った。
注がれるジュースを見ながらカゲツが言う。
「女性の涙は見たくなくてね。なんとかしてあげたいわけよ」
更にもう一枚、硬貨が乗せられた。
それを見た店主が「そういえば」と切り出した。
「採掘場で働き手を探しているやつがいたなぁ。割のいい金額を提示していたのを聞いたが」
「へぇー。どんな人?」
カゲツの手からまた1枚の硬貨が取り出された。
「ここいらじゃ見ない顔だったね。ただ、顔なら覚えている」
「誰かに書いてもらえるかな?」
「ああ、良いだろう。場所はどこって言ってたかなぁ」
店主が少しとぼけるように言った。
カゲツは更にもう一枚硬貨を追加した。
「ああ、思い出した。ロックディード山だ。そこに採掘場を作るって話だったな」
「ありがとう。助かったよ。人相書きを貰ったら出ていくからさ」
「ええ、すぐに書かせますよ」
そういうと店主はカウンターに置いてあった硬貨を手にして奥に消えた。
ジュースを飲むカゲツにティアが小声で問いかける。
「お金を出さないといけなかったんですか?」
「お金と酒には人の口を緩くする効果があるからね。時には必要な事だよ。あ、でも、あの二人には内緒ね。汚い世界をあんまり見せたくないし」
「分かりました」
ティアは納得するとジュースを飲み干した。
◇
酒場で人相書きをもらうとカゲツはトーカに通話をした。
表通りで落ち合う約束をすると、酒場を出て裏路地を後にする。
待ち合わせの場所に行くと、すでにトーカとハルアキがいた。
「遅い」
会って早々、トーカが言った。
「ごめんごめん。なにか聞けたかな?」
「さっぱり。そっちは?」
「こっちは収穫ありだよ。話は歩きながらするから」
そういってカゲツは歩き出すと、トーカとハルアキに先程聞いた事を伝えた。
ホランドを出るとそれぞれがマウントユニットを召喚した。
トーカとハルアキは馬であったが、カゲツは空飛ぶ絨毯であった。
「すごい!空飛ぶ絨毯だ!」
「ありがと。でも、君のユニコーンもすごいよ」
お互いで褒めあっていると、トーカが「さっさと行こう」と言い出したので、ロックディード山に向かった。
荒野を走り、山並みに日が沈んでいく。
ロックディード山に着いた時にはすでに夜であった。
「どうするの? もう夜だけど」
「うーん、もう少し様子見ようと思ったけど」
「何の話?」
トーカの問いかけにカゲツは答えず、闇に向かって声を上げた。
「ほら、出ておいでよ」
カゲツ以外は全員目を丸くした。
目を凝らすと闇の中、何かが動いたのが見えた。
「気づいていたか」
闇から聞こえたのは男の声だ。
カゲツがフフン、と笑った。
「冒険者のようだけど、誰に雇われたのかな?」
「さあな。邪魔者は消すだけだ」
「そっちは一人なのに強気だね」
「ふん。ここは奴らの縄張りだ」
男は言うと、ヒューッと笛の音を鳴らした。
すると、少し離れた場所に火の光が灯った。
数は六つ。そして、地面を踏みしめる音はそれ以上の数だった。
光に照らされて、何が近づいて来ているのか分かった。
人と同じくらいの背格好だが、肌が闇のように黒く、顔が虎のようであった。
「アムール族か。こんなところで悪さをしていたとはねぇ」
カゲツが言うと、そのアムール族に囲まれてしまった。
十体を超えるアムール族は敵意をむき出しにした目を見せている。
「カゲツさん、これはまずいんじゃ?」
ティアは周りを見ながら言った。だが、カゲツは飄々としていた。
「大丈夫。ね? トーカちゃん、ハルアキくん?」
言われた二人を見ると、すでに臨戦態勢に入っていた。
トーカは槍を手に持って、クルクルと回した。
ハルアキは大剣を地面に指すと、大きな柄から紐を引っ張った。
すると、低いエンジン音が鳴りだした。
ハルアキの手にする大剣はまるでチェーンソーのようであった。
「もちろん。余裕よ」
「うっす。やってやります」
二人は答えると、前後に分かれてアムール族に飛びかかった。




