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『デビル』が放った炎は空を焦がさんばかりの勢いであった。

 その熱風は離れたティア達の元へも届いていた。


「熱いっ」


 思わず声を上げたティアは、手で顔を隠した。

 肌が焦げそうな程の熱量。もし近くにいたら、丸焦げではすまないだろう。

 現れた『デビル』があの男の言ったビヒーモスということなのだろうか。


 ビヒーモスは遠目から見ても巨大さが伝わってくる。

 大きなクジラのような体格をしており、四本の手足からは炎が漂っている。

 憤怒の表情の仮面が向いた先は、街道を行きかう人々であった。


「あかん! 行くで、ハクト」


「ああ」


 そう応じたハクトがティアに視線を向けた。


「君は早く街の中に入るんだ。街には何重もの魔法障壁があるから、突破されることはない」


「えっ? でも」


「君を守れる余裕がないと言っているんだ。下がっていてくれ。頼んだぞ」


 言うが早く駆け出したハクトとケーゴ。その背中を見送ることしかティアにはできなかった。



 ビヒーモスが街道に向けて突進を始めた。

 まだ人々の避難は終わっていない。『エクソシスト』もハクトとケーゴしかいない状態だ。

 分が悪い。二人で倒すことができるだろうか。


「ハクト、人への被害を減らすのが優先や。他の『エクソシスト』か冒険者が集まるまで、足を止めるで」


「分かった。初撃は任せろ」


 ハクトは言うと、ホルスターから大型のリボルバー拳銃を取り出した。

 その拳銃をビヒーモスに向ける。


「石弾装填! クレイ・ショット!」


 拳銃を土気色の光が包むと、銃口からそれと同じ光が放たれた。

 光に包まれた銃弾がビヒーモスの前足に着弾した。その瞬間、ビヒーモスの足首から下を石が包んだ。

 石の重みのせいか、ビヒーモスの進撃に陰りが見えた。


「ハクト、ナイスや! わいも行くで」


 ケーゴはカイザーナックルを両手にはめると、天高く飛び上がった。


「バード・ダイブ!」


 上空で身を縮め、飛び蹴りの構えを取ると、急加速をした。

 ビヒーモスの右側頭部にケーゴの右足がめり込んだ。


「ゴアアァァァ!」


 ダメージがあったのだろうか。ビヒーモスは吠えると、敵としてケーゴを認識したのか石で固まっていない前足をケーゴに向けて振るう。

 迫る前足が届く前に、ケーゴはビヒーモスの顔を蹴りつけながら飛びのくと、ファイティングポーズをとった。


「お前の相手はわいらやで。来いや!」



 ハクトとケーゴが去った後も、ティアはその場に立ったまま動けないでいた。


 あれだけ強そうな『デビル』をたった二人で倒せるの。

 助けに行きたい。でも、今の自分に何ができるというのだろうか。

 初心者があの戦場に飛び込んでも待っているのは、死だけだろう。


 二人が戦い始めたのが見えた。それを見てもティアは立ち尽くしたまま動かなかった。


「ショーン! どこなの!? ショーン!」


 中年くらいの女性の声が聞こえた。

 振り向くと女性が必死に声を上げて、誰かを探している姿があった。

 だが、その声は『デビル』から逃げる人々の悲鳴のせいでかき消されている。


 ティアは悲痛な表情の女性の元へと駆け寄った。


「どうしました?」


「ああっ! 息子のショーンが外に遊びに行ったきり帰ってこないの! あなた、冒険者よね? お願い、ショーンを探してきて」


「え、でも、私……」


「お願いします! お礼ならいくらでもしますから」


 女性は言うと泣き崩れてしまった。この人だかりから子供を探すのは不可能に近い。

 もしかしたら、もっと街道の先に行っていてビヒーモスから逃げきれないでいるかもしれない。

 ティアですら簡単につく想像が、この女性の中では最悪なものとして浮かんでいるのだろう。


 この騒ぎの現況のビヒーモスを倒さないと、人探しどころではない。

 では、どうやったら倒せるのか。もしかしたら、他の『エクソシスト』が来るかもしれない。でも、それを待っていたら。

 今度はティアの頭の中で最悪な想像が過った。


 それと同時に、一つの可能性も頭に浮かんだ。もしかしたら、少しは助けになるかもしれない。

 意を決したティアはビヒーモスと戦う二人の元へと駆けだした。



 ビヒーモスが石で覆われた前足を無理やり持ち上げると、足を拘束していた石がバラバラと崩れ落ちた。


 一瞬、足は止めることができた。あとは、どう戦っていくかだ。

 ハクトは冷静に戦況を分析し始めた。

 ケーゴが前衛としてビヒーモスを引き付けるだろうが、一人であの『デビル』の攻撃を受けきれるとは思えない。


 現実的には、ビヒーモスの攻撃を避けつつ、応援を待つのが良いだろう。

 問題は、その応援がいつになるかだ。

 このような事態に即応できる者たちもいるにはいる。ただ、それを悠長に待てる程の時間は。


 分析をしていた時、ビヒーモスの手足に漂っていた炎の勢いが増したのが見えた。


「ケーゴ!」


 ケーゴもそれが分かったのか、ビヒーモスから距離を取ろうとした。

 次の瞬間、爆炎が放たれ、周囲は火の渦に包まれてしまった。

 ケーゴは大丈夫なのか。ハクトの心配を打ち消すように、炎の中からケーゴが飛び出してきた。


 まだ戦えそうだが、確実にダメージは負っている。

 距離を取って戦うか。だが、ビヒーモスの注意がまだ避難を終えていない人々に向いたら。


「ハクト! わいはまだまだやれるで! 魔眼をつこうたれ」


 ビヒーモスと対峙したままのケーゴが言った。

 その背中から闘志はまだ消えていない。ならば、自分にできることをするしかない。

 ハクトは眼鏡を外す。黒のレンズで隠されていた右目があらわになった。


 燃えるような深紅の瞳。その瞳には銃の照準のようなものが浮かんでいる。

 その目でビヒーモスの核を探す。核とは『デビル』の心臓で弱点でもある。

 核さえピンポイントで破壊できれば、こちらの勝ちだ。


 ちまちまダメージを与えて、核が露出するまで戦える状況ではない。

 狙うは核、一点のみ。

 ハクトの目が怪しく光る。


「ケーゴ! 捉えた! こいつの弱点は脇腹だ」


「よっしゃ! あとはこいつの足止めやな。フィニッシュは任せるで」


 炎が静まると、ビヒーモスがその巨体でケーゴへと突進を掛けてきた。


「自分から突っ込んで来るなんて、ええ子やなぁ! アイロン・トータス!」


 ケーゴが自分の胸の前で両手を交差した。その瞬間、ケーゴに黒いオーラが宿った。

 ビヒーモスがその巨大な口を開けてケーゴに襲い掛かる。

 嚙まれればグチャグチャに潰されてしまいそうな迫力の噛みつきが繰り出された。


 だが、ビヒーモスの鋭い牙はケーゴの体に刺さらなかった。


 アイロン・トータス。5秒間だけ、あらゆる攻撃から身を守ることができる技だ。

 その5秒間がハクト達の反撃の時間だった。

 ハクトの目が鋭く光る。


「銀弾装填。シルバー・ノヴァ!」


 ハクトの持ちうる最大火力の攻撃。銃から吐き出された弾に銀色の光が宿ると、それはビヒーモスの脇腹を貫いた。


「やったか!?」


 ケーゴが期待のこもった声を上げたが、ハクトの表情は苦々しいものだった。

 ビヒーモスは倒れることなく、その巨体から再び爆炎を放った。


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