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雨がパラパラと降っている昼下がりに、紗友里は美羽と共にファミレスに来ていた。
昼食を食べ終え、今はドリンクバーを楽しんでいるところだ。
紅茶を飲む紗友里を見て、美羽が言う。
「なんかさぁ、紗友里変わったよね」
「え? 何か変わったかな?」
「ん~、言葉遣いとかは変わっていないけど、所作って言えば良いのかな。なんかおとなしくなったというか、落ち着いた感じになってる」
美羽の言うことがイマイチ理解できない紗友里は、ティーカップを取っ手を摘まんで紅茶を飲んだ。
「その飲み方もそうだよ」
飲み方。紗友里は自分の仕草を見て、心当たりが見つかった。
「アレルトさんのマナー教室のおかげかな」
「マナー教室? あ~、『ユニティ』で厳しい先生がいるって言ってたっけ」
「そうそう。会いに行くたびに指導が入るから、自然と身についた感じ」
「へ~、すごじゃん。がさつだった紗友里がおしとやかな振る舞いができるなんてさ」
「がさつって言うな!」
確かに、今思い返せば大雑把なところがあったと思う。
まさかゲームをしながら、大人の所作を学ぶことができるだなんて。ゲームの奥深さを知った。
「今、レベルっていくつなの?」
美羽の問いかけに紗友里が携帯を取り出して、『ユニティ』のアプリを起動した。
「32だよ」
「カンストの折り返しまでもうちょっとだね。大型アップデートまでにできるだけ進めて置きたいよね」
「うん! 夏休みになったら、ガッツリ遊ぶんだ」
紗友里の言葉を聞いて、美羽がため息を吐いた。
「あんたさ、夏休みの前に何があるか分かってんの?」
ん? という表情を浮かべた紗友里を見て、今度はあきれ顔を見せた。
「テスト。前期の期末テストがあるんだよ? あんたゲームかバイトしかしてないけど、大丈夫なの?」
「あ、あ~、テストね……。いやぁ、テストかぁ」
美羽の冷たい視線を受ける紗友里は目を逸らして乾いた笑いをした。
正直、学力には自信がない。なんとか合格できた大学で授業について行くのも、やっとな時がある。
「まぁ~、なんとか――」
「ならんでしょ。勉強にも精を出しなよ。私も手伝ってあげるからさ」
「美羽様、ありがとうございます。持つべきものは親友だよねぇ」
「都合の良いこと言って。もう6月だし、ボチボチ勉強しないとね」
「じゃあ、来週から休みが合う日に集まって勉強しようよ?」
「そうだね。そうしよっか」
賑やかな談笑は続いた。
◇
家に帰った紗友里がリビングに行くと、兄がくつろいでいた。
「ただいま~。お兄ちゃん、『ユニティ』してないんだ」
「今、休憩中。もう少ししたら戻る」
「そうなんだ。私も――」
言いかけたところで、美羽との今日の会話を思い出した。
くぅ、と渋い顔を見せた紗友里を見て、兄が不思議そうな顔を見せた。
「どうかしたのか?」
「いや、勉強しなくちゃならないんだった。ログインするのは勉強が終わってからにする」
「ま、学生の本分は勉強だからな。なんでも程々にしとけよ」
「は~い。ところでお兄ちゃんは、『ユニティ』ではどんなことしてるの? 私、この間、大変なお使いクエストをしたんだよね。それですごい感謝されちゃって」
思い出すと、あの夜はとても楽しいものだった。
大勢から感謝の言葉を貰って、笑顔を見ることができた。現実世界ではなかなか体験できないことだ。
「あ~、お使いも様々だからな。良い経験したじゃないか」
「でしょ~。もっと色々なことがあるんでしょ? お兄ちゃんはどんなことしてるの?」
「教えませ~ん」
「ケチ。家族なんだから良いじゃん?」
「家族にもプライバシーってものがあるんだよ。……そうだな。レベルがカンストになったら、少しは教えてやるよ」
兄の口から珍しく優しい言葉が出てきた。
意地悪はするが嘘は吐かない性格なのは知っている。
「その条件、飲もう」
「なんで偉そうなんだよ」
「私の成長率を舐めてもらったら困るよ。すぐにお兄ちゃんに追いつくから」
「ほ~ん。ま、楽しみにしてるわ。じゃあ、俺、戻るから」
そう言ってリビングを後にした兄の背中を見送ると、紗友里も自分の部屋へと戻った。
ベッドに腰かけると、そのままぱたりと横になった。
「はぁ、ゲームしたいなぁ……」
ゲームのヘッドギアを眺めながら言った。
思わず伸びそうになる手をグッとこらえると、体を起こして机の椅子に座った。
よし、頑張るぞ。
紗友里はフンッと気合を入れると、大学のテキストとノートを開いて勉強に取り掛かった。
が、30分後には『ユニティ』の世界にダイブしていた。




