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 一体、また一体と確実に倒されるクシャール族。


 残ったのは槍を持った鎧兜姿のクシャール族だけになった。

 しかし、こいつは他の者よりも強かった。

 シゲンが他の者にヘイトが向かないように上手に戦っており、アタッカーのミフユとモカの攻撃も決まっている。


 だが、なかなか倒れない。

 レベルがカンストしている者たちでも手こずる相手なのか。

 更に自分の居場所がないと思ったティアの視線の先にアパッチが映った。


 シゲンの後方に立つアパッチは声援を送っている。

 そうだ。せめて、応援だけでも。そう思い、声を上げた。


「シゲンさん、頑張ってください!」


 クシャール族とつばぜり合いになったシゲンの口元に笑みが浮かぶ。


「こいつは負けられんよなぁ」


 そう言ったシゲンがクシャール族を突き飛ばした。


「これで終いだ。青嵐」


 下から切り上げた一刀から風が巻き上がった。

 深い傷を負ったことは明白だ。これで倒せた。

 そのとき、後ろによろめいたクシャール族が息を吹き返したように、手にした槍を大きく振りかぶった。


 しかし、シゲンとの距離はまだある。何をしようとしているのか。

 それが何か。ティアはハッとした。

 クシャール族の視線がシゲンの先。アパッチに向いていたのだ。


 まずい。そう思ったときにはすでに体が動いていた。

 クシャール族の渾身の投擲。その槍がアパッチ目掛けて飛んでいく。


「ソニックステップ!」


 そう叫んだ瞬間、一瞬でアパッチの前にティアが姿を現した。

 それと同時に槍がティアの腹部に直撃した。

 強い衝撃と共に吹き飛ばされたティア。


 地面に叩きつけられたところで、意識が遠のいていった。



「――おい――」


 シゲンの声に反応し、少しずつ意識を取り戻してきた。


「ティア、しっかりして」


 この声はミフユだ。しっかりしてとは、どういう。

 脳裏に蘇ったのはクシャール族の放った槍に突き刺さられたことだった。

 パッと目を覚ますと、そこには心配そうにティアを見つめるシゲン達がいた。


「大丈夫か?」


「シゲンさん、私……」


「傷は心配ない。テトラがすぐに回復してくれたからよ。どうだ、体は起こせそうか?」


 ティアはゆっくりと上体を起こしてから、手をついて立ち上がった。


「大丈夫です。テトラくん、回復してくれてありがとね」


「そのためのヒーラーだしね。でも、無茶するなぁ」


 無茶? そう思ったティアはもう一つの事柄を思いだした。


「アパッチさん!?」


 周りを見ると、今にも泣きだしそうなアパッチの姿があった。


「姉さん、ありがとうございます。助けてくれて、ありがとうございます」


 何度も頭を下げるアパッチ。

 ティアは頭を上げるように言った。


「私も無事だったし、アパッチさんも無事だったので大丈夫ですよ」


「さすがは姉さん。心が広いや」


「あの、姉さんって?」


「俺の命を救ってくれたんですよ? 俺にとっては立派な姉さんっすよ」


「はぁ?」


 姉さん呼びの定義がいまいち分からないティアだが、アパッチは良いように自分のことを捉えているようだ。

 傍にいるシゲンが苦笑していた。


「まあ、アパッチはこういうやつでな。情に厚い奴なんだよ」


「シゲンの旦那、他の皆々様方、助けてくださり、ありがとうございました。なんとお礼を言ったら良いか」


 アパッチは皆に向けて、ペコペコと頭を下げた。


「よお、アパッチ? 他に仲間はいないのか?」


「いたんですけど、先に逃げてガルム鉱山に向かっていると思いやす」


「囮になったってことか? 相変わらず率先して貧乏くじを引くやつだぜ」


 シゲンの言葉にアパッチは照れ臭そうに笑った。

 その様子からアパッチの人の良さが伺えた。

 自分を囮にして仲間を助けるなんて、早々できることではない。


「ま、ティアちゃんが起きたんなら、さっさとここを離れようぜ。また、クシャール族に襲われたらたまらんからな」


 その言葉に異論を唱えるものはおらず、足早にこの場を去って行った。



 シルクスの森を抜けた。

 クシャール族の追っても来ていないようだ。

 ホッと一息ついたティアは、大荷物のアパッチを見て言う。


「アパッチさん、そのリュックの中身ってなんですか?」


「ああ、こいつは医薬品です。俺達は冒険者じゃないから、所持品はこうやって持って行かないとダメなんすよ」


「そうなんですか?」


 確かに街で商人を見かけた際には、大荷物で歩いている姿を見かけたことがある。

 冒険者では当たり前に所持品に保管できることが、NPCにはできないのだ。


「ガルム鉱山に医薬品を持って行っているてことは、依頼を受けたんですか?」


「そうです。俺達みたいなフリーランスで働いている奴もいるんすよ。冒険者だけだと不安だったのかもしれないっすね」


 クエストを途中で放棄される恐れがあったからだろう。

 依頼人は色々な人に頼むことでリスクを減らしたということだ。


「じゃあ、ガルム鉱山まで一緒ですね」


「はい。あっちに行ったら仲間達もいると思うんで紹介しやすよ」


「楽しみです。あの、ところで、アパッチさんのその耳って?」


 ティアは気になっていたことを聞いた。

 今まで見たことがなかったからだ。


「ああ、これっすか。ヴェア族を知らないんですね。まあ、人間に比べると数が少ないから仕方のないことっすけど」


 初めて聞いた言葉にティアは首を傾げた。

 その姿を見てか、シゲンが言う。


「獣人って言えば分かりやすいか? 他にも色々な種族がいるぞ。エルフやらドワーフやらも暮らしているのが、この世界だ」


「そうだったんですね。今まで人間のNPCしか見てこなかったもので」


「序盤はな。メインストーリーを進めれば、あとで出てくるからその時を楽しみにしてると良いぜ」


 ティアは期待に胸を膨らませ、笑顔で頷いた。



 ガルム鉱山に到着した一行は、その悲惨な光景に圧倒されていた。


 宿舎では大勢の人々が呻き声を上げており、軽症のものは建物の外でうなだれていた。

 シゲンは責任者の元へ行くと、持ってきた医薬品を全て引き渡すようにティア達に言った。

 大量に積まれた医薬品を持って、仲間の傷を癒して回る鉱山労働者達。


 ティア達も手伝いをと考え、医薬品を持って怪我人の元へと届けて回った。

 アパッチと同じヴェア族の者達も、同じように医薬品を渡している。

 呻き声が聞こえなくなったのは夜を迎えた頃であった。


 怪我の癒えた者たちが、医薬品を届けてくれた人たちに恩返しということで酒宴が開かれた。

 シゲンは大いに飲んだが、ティア達はお酒ではなく水を飲むことにした。

 あんなに辛そうな顔をしていた人達が笑顔を見せている。そのことがティアは無性に嬉しかった。


「悪いもんじゃねぇだろ?」


 隣で酒を飲んでいるシゲンが言った。


「はい。色々な人の笑顔が見れて嬉しいです」


「NPCもな、生きてるんだよ。この世界で。苦しい時だってあるし、辛い時だってある。それを助けてやるのも冒険者の務めだと俺は思うぜ」


「そうですね。私もそうなりたいです」


「なら、今日がその一歩だな。おめでとう」


 くいッと酒を飲むと、シゲンは盛り上がっているアパッチ達の元へと行った。

 人助けならぬ、NPC助け。良い経験ができた。ティアの中で新たな価値観が芽生えた日になった。


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